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 帰国した竜一は、広島支店の営業として長崎時代のような生活に戻った。ニュージーランドでの1年間を経て、若さと勢いだけの仕事ぶりではなく、落ち着きが増していた。それでいて積極性を失わない、良い変化があった。竜一を入社当時から知る上司も竜一の成長に気付き、頼もしくなったと言って重要な案件も任されるようになった。

 順調な仕事ぶりの中で、竜一はどこか心の中に空虚な部分があるような感覚を持っていた。それは紛れもなく海外でのゆったりとした生活を懐かしむ思いであり、真理がいないことへの喪失感でもあった。その虚ろな思いを忘れるためには、仕事に没頭するしかなかった。

 真理とは連絡をとらないようにしていた。連絡すると、会いたくなり、心の穴が大きくなってしまう予感がしたからだ。その代わり、ニュージーランドに赴任するまで付き合っていた亜希子と久しぶりに広島で会って近況を報告し合った。

 亜希子は変わらず長崎にいて病院で働いていた。紅茶のカップを片手に「私も1年くらい海外で気ままに暮らしたい」と竜一のことをうらやんでいた。竜一はコーヒーカップを片手に「僕は一応仕事で行ったんだけどね」と念押しし、「気ままな生活ではあったけど」と付け加えた。

 ガトーショコラを口に運んだ亜希子は真理についても質問した。竜一から一方的に別れを切り出したのだから、質問するのは当然のことだった。竜一は真理のことを包み隠さず話した。オークランドのバーで藍に語った話同様、竜一があまりに楽しそうに話すので、亜希子はもう一度紅茶を飲みながら「よっぽど好きなのね」と笑った。

「なんだか前より顔つきが優しくなった」と亜希子は竜一の顔をまじまじと見て言った。

 「そうかな?会社の上司には性格が変わったって言われたけど」と竜一は答え、「中身も外見も変わったなんて、まるで別人だ」と飲み干したコーヒーを机において苦笑いした。

 竜一は帰国してから、テレビやネットなどでニュージーランドの話題を目にすると、番組に見入ったり、ネット記事を読んだりすることが多くなった。ニュージーランドが懐かしくなるたびに、送別会でもらったプレゼントを見て懐かしさに浸った。真理がくれたアルバムも何十回も見返した。帰国してから1カ月ほどした頃、どうしてもニュージーランドのことが頭から離れず、真理から誕生日プレゼントとしてもらったアロマキャンドルに火を灯した。なるべく使わないでおこうと決めていたため、まだろうそくの大きさはほとんど変わっていなかった。

 部屋の電気を消すと、ろうそくの淡い光がゆらめいた。真理の使っていた香水の香りがほのかに漂うと、竜一は目を閉じて砂浜で見た星空の光景を思い浮かべた。そして、しばらく夢見心地で目を閉じて思い出に浸った。

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