39

 翌日、真理は竜一が旅立つ昼の飛行機を見送るために語学学校の校長に頼んで長めの昼休みをもらった。

 彰と藍も見送りのために、竜一と一緒に彰の車でオークランド国際空港に向かった。車を持っていない真理は、学校の近くからバスに乗って空港に向かっていた。

 道中、高速道路の事故で渋滞が発生し、予定より遅れてしまった。「間に合わないかもしれない」と彰に連絡してみたが、竜一が乗る予定の飛行機も出発予定が遅れているから大丈夫だという。真理は、はやる気持ちを抑えつつ、一刻も早く空港に到着してくれるよう祈っていた。

 それほど大きくはないオークランド国際空港は1階が手荷物を預けるカウンターと到着ロビー、2階には飲食コーナーと出発ロビーがある。バスが予定より15分遅れて空港に着いてから、真理は急いで空港に駆け込み、2階へ向かうエスカレーターに乗った。落ち着かない気持ちで2階のフロアに目をやると、竜一や彰が固まって飲食スペースの前で立って話している姿が目に入った。周りには、大きなバッグやキャリーバッグを引きずる旅行客の姿や泣き声を上げる子どもの姿があったが、真理は「おーい」とこっちに手を振る竜一と目が合い、空港の喧噪が聞こえなくなった。昨日スカイタワーであんなに涙を流したのに、今日もまた竜一の姿を見て涙がこぼれた。

 真理は走って竜一の元に駆け寄り、「間に合ってよかったです」と言った。竜一も「来てくれてありがとう」と微笑んだ。そして、「もういかなくちゃ。最後に会えてうれしかった」と言って握手のために右手を差し出した。真理が竜一の目を見ると、笑いながらも目は潤んでいる。

 「日本でも元気でいてくださいね」と言って竜一の右手を強く握った。

 彰も竜一の涙を見て、もらい泣きしていた。藍も2人の握手を見ながら泣いていた。4人全員がそれぞれの思いの中で涙を流していた。

 関西国際空港行きの便の搭乗案内がアナウンスされ、竜一が保安検査場に向かう時間になった。竜一は真理の方を見て、「最後はいつものように笑顔で別れよう」と言って顔をクシャクシャにして無邪気な笑顔を見せた。

 真理もニュージーランドに来てから一番の笑顔を作り、全力で竜一に向かって「お元気で!」と大きな声を出して手を振った。

 竜一はずっとこちらに笑顔で手を振りながら、検査場の方に向かっていく。姿が見えなくなるまで、笑顔は絶やしていなかった。真理も竜一が見えるまで笑顔で手を振り、姿が消えてからは再び涙がこぼれ、その場にしゃがみ込んで泣いた。あまりに大きな声で泣いていたため彰が心配して背中をさすってくれた。少し落ち着こうと言われて飲食コーナーの一角のベンチに座り、彰が買ってきてくれたフラットホワイトを飲んで心を落ち着かせた。

 真理は昨日のスカイタワーでの食事を終えた後、竜一がいないニュージーランドでの生活を想像してみた。しかし、どんな生活になるのか全く思い浮かばなかった。一日の仕事をこなして家に帰るというのは想像できたが、休日の楽しかったイベントなど、今までの生活はほとんどが竜一に誘われるがまま参加していたため、まったく味気ない生活になってしまうのではないかと思った。そんな中で再び空港で竜一に会うと、寂しい気持ちが堰を切ったように流れ出て、感情を抑えられなくなった。

 フラットホワイトを飲んだ真理は彰にお礼を言った。真理は今気付いたが、藍も真理のようにずっと涙を流していた。彰の買ったフラットホワイトにも手をつけずにいた。彰が「そろそろ帰ろうか」と言うと、真理も藍も「うん」と言って駐車場に向かった。彰が運転する帰りの車内は、真理と藍が涙を流して鼻水をすする音が響き、無言のまま真理の職場の語学学校に到着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る