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3月初旬、竜一は正式に帰国の異動通知を受け取った。広島支店勤務になった。残された1カ月間を思うと、いろいろとやりたいことや真理と行きたいところがあったが、あまりに短すぎて何から手をつけようか迷った。とりあえず通知を受けた日の夜、いつものように真理を誘って公園でワインを飲んだ。
「4月から日本に帰ることになりました」と言うと、真理は「ご栄転おめでとうございます」と定型的な言い方をした。
「あと1カ月しかいられないから、毎日飲もう」と竜一が言うと、「毎日は無理ですけど、出来る限り遊びにいきましょう」と応じてくれた。ただ、実際には竜一もお世話になった取引先や離任のあいさつをすべき人が多くいたので、真理と飲んだり遊んだりできる日は限られていた。
真理が「みんなを誘って送別会を開きましょう。私が幹事しますから」と言ってくれた。竜一は真理の前向きな姿勢を素直にうれしく感じた。「ありがとう。盛大に頼みますよ」と派手好きの竜一らしいお願いをしたら、真理は「任せてください」と笑った。
2人で座るベンチの前の桜の樹の下には、この日もハリネズミがいた。以前と変わらず探し物をしているのか、樹の下の土を掘り起こすような仕草でもぞもぞと動いている。竜一は「君ともお別れだね」といってハリネズミに声をかけた。すると、竜一の方には目もくれずにベンチに座ったままの真理の方へトコトコと動き出した。真理はまだハリネズミには慣れない様子で、「こっちに来た!」と騒いでいた。竜一は「君もやっぱり女の子が好きなんだな」と言い、ベンチに戻った。
それからの1カ月は矢のように過ぎた。一度帰国して広島の家を決め、ニュージーランドではあいさつ回りと後任への引き継ぎ書の作成など、滞在した中で一番忙しい1カ月だった。真理と2人で飲めたのは3日ほどで、とりあえず送別会の日程を決めた。
竜一の出発は3月28日だったので、送別会は25日になった。そして、竜一は真理と2人だけの食事を出発前日の27日にしたいとお願いした。真理はお世話になったからと言ってOKしてくれた。竜一は前から決めていた、オークランドのランドマークでもあるスカイタワーの展望レストランで街並みを見ながらディナーを食べようと提案した。真理は「いいですね。楽しみにしてます」と言って頭を下げた。
目の回るような忙しさに追われ、気がつけば送別会の日になった。前日に荷出しを終え、あとはホテルから会社に通うことになっていた。送別会は竜一たちがよく使っていた日本食レストランを貸し切った。参加したのは真理のほか、彰たち竜一の会社の面々や真理のハウスメートも呼んだ。よさこいのメンバーももちろんいた。総勢30人が集まり、竜一は一人一人の顔を見るだけでニュージーランドの思い出が浮かび、涙がこぼれそうになった。
一人ずつにお酒を注いで回り、仲良くしてくれてありがとうと言った。プレゼントは両手で持ちきれないほどの量になった。キウイのぬいぐるみやマオリ族特有の模様がデザインされたTシャツ、マヌカハニーと呼ばれる高級なハチミツももらった。何よりうれしかったのは、真理や彰が用意してくれたニュージーランドのきれいな景色が載った写真集で、ページの余白に皆が寄せ書きのように竜一へのメッセージを書き込んでくれた。日本に帰ってもこの写真集を見てニュージーランドの思い出に浸ることができると思い、竜一は皆に心からの感謝を述べた。
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