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2日後、仕事終わりに真理を誘って公園で白ワインのボトルを飲んでいた竜一は、真理から「なぜ、あのビーチでボディタッチが無かったのか」という変わった質問を受けた。
「触って欲しかったってこと?」と竜一が問い返すと、「そんなわけないじゃないですか」と即答された。答えは竜一自身もよくわからないし、抱きしめてキスしたい衝動に駆られていたが、「何というか、大事にしなきゃいけないという思ったからかな」とぼんやりした返事をした。
「以前の竜一さんなら襲ってきていただろうに」と言われ、確かにそうだと思った。ただ、いつからこんなに心境が変化したのかは思い当たらず、変わったという自覚もなかった。
「ところで絶交はどうなったの?」と竜一は切り出した。唐突にもう会わないと宣言し、たが、年末ぎりぎりになってゴミ拾いの誘いには乗ってきた。竜一には真理の真意がわからなかった。何事もなかったかのようにそっとしておいてもよかったが、2人の仲も修復されたし、そろそろ本心を聞いておこうと思った。
真理は「正直に言うと、竜一さんを好きになりかけて怖かったんです」と答えた。星空を見ることも、よさこいをすることも、友人と遊ぶことも、全部楽しすぎて自分を見失いそうになっていた。あの夜、公園からの帰り道で突然その思いが心のなかで膨らみ、怖くなったのだという。
このままでは引き返せなくなる。一線を越えてしまう。そう思い、唐突だったが、関係を遮断することを選んだと真理は打ち明けた。
カイにもすべて話したらしい。すると、カイは竜一との関係はそのまま続けたほうがいいとアドバイスをした。それでも真理を信じていると言ってくれた。真理もカイへの思いが一段と深くなったと胸の内を明かした。
竜一は真理の告白を聞いて、複雑な気持ちだった。
自分を思ってくれていたことは素直にうれしかったが、やはり真理にはカイがいるのだという現実は受け入れたくなかった。それでも、竜一は明るさを装い、ぎこちない笑顔で「友達としては遊びにいってくれますよね」と聞くと、真理は「ええもちろん。友達としてなら」と答えた。
竜一は悲しさを紛らわすためにいつもより飲むペースを上げて酔っ払った。桜の樹の下でハリネズミを探したが、見つからなかった。代わりに初めて見るホームレスのおじさんが、2人で使っていたブランケットを譲ってくれと言ってきた。そのブランケットは2人で夜まで公園で飲むときに肌寒くなると使っていたもので、竜一が自宅から持ってきていた。竜一は一瞬あげようか迷ったが、真理の残り香と、所々散っているワインの赤い染み、それらと共に残る思い出をおじさんにあげるのは惜しいと思い、丁重に断って、代わりに半分ほど残った赤ワインのボトルを渡してその日は公園を後にした。
藍が再び竜一を食事に誘ったのはその2日後だった。
「キス事件」があった同じ店に行き、あの日と同じようにハイネケンを注文した。ただ、スチューデントデイではなかったため、店の雰囲気は落ち着いていた。藍は「その後、真理さんとはどうですか」と質問してきた。「おかげさまで何とか関係は修復できたよ」と答えると、ほんの一瞬だけ間を置いて、「よかったじゃないですか」と返ってきた。
関係修復の詳細をまだ藍に話していたかったため、元日にゴミ拾いをしようとメールをしたら返信が返ってきたこと、よさこいで倒れた後に看病してくれたこと、星空を見に行ったことなど年末に藍に相談して以降、2人の間で起こったことを全て話した。さらに、真理から友達のままなら遊びに行ってもいいと言われたことも話したが、後で余計なことを言い過ぎたと反省した。
「あの晩、私とキスしてくれましたよね?」
微笑みながら藍が聞いてきた。
「そうだったね」と竜一は答えた。
「好きですと言ったら、うれしいと言ってくれましたよね?」
竜一は「うん」とだけ答えた。
藍は竜一の目をのぞき込んで「でも真理さんの方が好きなんですか?」と質問を重ねてきたので、「そうだよ」と簡潔に答えた。ここであいまいな態度や期待を抱かせる返事をすると、ずるずるといってしまうと竜一は感じ、「藍さんとはお友達の関係がいいかな」と先手を打った。
藍の視線は一瞬にして冷たくなり、「竜一さんは酔っ払うと誰とでもキスするんですね」と言った。うまい返事が見つからなかった竜一は申し訳なさそうな顔で黙っていると、「卑怯です」と怒られた。
「真理さんとの関係が悪くなった時だけ私とキスするなんて卑怯です」
藍は今にも泣き出しそうな顔で言った。
「ごめん」と竜一が言うと、「何に対しての謝罪ですか」と藍は反発した。竜一はまた黙るしかなかった。
藍はしばらくしてからこぼれた涙をハンカチで拭き、息を整えてから「取り乱してすみませんでした。でも、竜一さんとの関係をはっきりさせておきたかったので」と言って半分ほど残したハイネケンの瓶を残して店を後にした。一人残された竜一は、ぬるくなって苦みだけが残るビールを一口で飲み干して、いつもはあまり飲まないウイスキーのロックを注文し、もう少しだけ酔うことにした。客がまばらな店内には、むなしくボブ・マーリーの曲が響いていた。
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