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 2つの瞳に映り込むこの星の瞬きを、真理は一生忘れないだろうと確信していた。

地球上で、自分の目で、こんなに幻想的な光景を見ることができるなんて想像もしていなかった。オマペレで竜一と星空を見たときは、亡くなった岩手の祖母のことを思い出したが、今は純粋に空の美しさに浸ることができた。

 南十字星のすぐそばを、斜めに流れ星が走った。

 それまで何十個も流れ星を見ていたが、今まで見てきた中で一番大きな光を放ったため、思わず「わっ」と声が出た。竜一も同じ場所を見ていたようで、「おっ」という反応があった。同じ空を見上げていても、案外同じ範囲を見ることは少ないようで、2人同時に流れ星に反応したのはそれが初めてだった。

 「流れ星に何の願い事をしますか?」

 真理は竜一に尋ねた。

 「この時間がずっと続くようにお願いするかな。真理さんは?」

 「私もです」

 真理はそう言って竜一に妙な期待を持たせてしまったかと思ったが、自分の素直な気持ちは本当にこのままずっと星空を眺めていたいと思っていた。

 「竜一さんに誘ってもらわなかったら、こんな経験一生できなかったと思います」

 「僕も想像以上で、興奮してる。真理さんと一緒に見ることができて、一生の思い出になった」

 竜一は包み込むような優しい声で感謝の気持ちを伝えた。

 真理は、せっかくだからと思って携帯電話を取りだして写真を撮ろうとした。これほどの星空なら携帯でも撮影できそうだった。だが、実際に夜空にカメラを向けてみても、真っ暗で全く何も見えなかった。ズームにしてみても真っ暗なまま。竜一の携帯で試してみても同じだった。

 竜一は動画でこの波の音と、風の音を録音すれば、後になっても星空を思い出せると言いだし、動画を撮影した。30秒ほどの映像は真っ暗で何も映っていない。ただ、ビュービューという風の音と、近くで聞こえる波の音が海のそばだということを認識させてくれた。

 時間は午前0時を回っていた。さすがに明日の仕事に響きそうな時間になり、真理は「そろそろ帰りますか」と声をかけた。すると竜一は、「じゃあもう一回2人で同じ流れ星を見たら帰ろう」と言った。「いいですね」と言って真理は寝転び、視線を夜空に移した。

 2、3分経って、南十字の近くで大きめの流れ星が見えた。「あっ、いま南十字の近くで流れたの見ました?」と竜一に聞くと、「ごめん見てなかった」と謝られた。

5分ほど経つと、また南十字の近くで流れ星が見えた。「今度こそ見てましたよね?」と聞くと、竜一は「おかしいなあ、見てたはずなんだけど」と言った。実は見えていてウソをついているのではないかと思い、じゃあ南十字星の周辺だけ見ることにしましょうと提案した。竜一からは「了解」と返ってきた。

 今回も5分と経たないうちに細い光がスッと流れた。「きれいでしたね」と真理が竜一の顔をのぞき込むと、竜一は目をつぶったまま、「ごめんまた見てなかった」ととぼけた。真理が、「ずっと目をつぶってたんですか?」と尋ねると、「同じ流れ星を見たら帰らないといけなくなってしまうから…」と恥ずかしそうに答えた。その申し訳なさそうな感じが小学生のようで、真理はハハハッと声を出して、「ズルしちゃだめですよ」と笑って竜一の太ももをパチンと叩いた。

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