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竜一が真理を誘ってまた星空を見に行こうと誘ったのは、退院してから1週間しか経っていない2月上旬だった。
竜一の下調べではその日は新月で、快晴。この上ない天体観測日和だった。真理に提案してみると、その日は語学学校の校長宅でホームパーティーがあるから難しいと言われた。しかし、年にそう何度もないチャンスだからと食い下がると、「じゃあパーティーが終わって体力が残っていれば」という条件付きでOKをもらった。竜一の経験では、こういう真理の返事は大抵OKだった。
星空を見るのには人里離れた海辺がいいと考え、竜一はオークランドの友人にどこかいい場所はないかと聞くと、ピハビーチという海水浴場が隠れた人気スポットだと教えてくれた。場所を調べると、オークランド中心部から車で30分ほどの辺鄙な場所で、確かに回りに集落もなにもなくきれいに星空が見えるだろうと思い、そこに決めた。
当日は天気予報通り雲一つ無い快晴が昼から続き、夜も雲がかかる心配はなさそうだった。レンタカーを手配していた竜一は日が暮れるのを待ちきれず、ずっとソワソワしていた。時間が余り過ぎて、快晴だと分かっているものの念には念を入れて、てるてる坊主を作ってベランダの物干し竿につるした。日はまだ高く、日没まで5時間近くある。いつもは遅くまで明るいニュージーランドの夏の夜がありがたかったが、今日だけは早く暗くなってくれと一分一秒が長く感じた。
真理が参加していたパーティーはオークランド郊外の校長宅であり、星空を見るピハビーチとは反対の方向だった。夕方6時過ぎから始まり、9時ごろにはお開きになる予定だった。竜一は待ちきれずに8時半にはあらかじめ決めていた校長宅近くの公園脇に車を停めて真理を待った。人を待つという何とも言えないジリジリする気持ちと、その後に待ち構えている、素晴らしいであろう体験が心待ちで、胸の高鳴りが抑えられなかった。
9時過ぎ、空が夜のとばりに包まれたころ、ほろ酔い姿の真理がこちらに歩いてきた。体力が残っていたら、とは言っていたが、律儀に約束を守るはずだという竜一の予想は当たった。竜一はニュージーランドで度々見かけるオーストラリアの車「ホールデン」に一度乗ってみようと思って借りていた。車を見つけた真理が助手席側から車内をのぞき込み、軽く手を振ってドアを開けた。「ごめん遅くなりました」と言ってシートに体を滑らせ、シートベルトを締める。「じゃあ行こうか」と竜一は車を発進させた。
パーティーが楽しく酔っ払ったのか、真理は校長の話や、同僚の話をしきりにしていた。竜一も相づちを打ちながら不慣れな道のりを、地図を頼りに運転していた。
真理の会話が収まると、竜一は音楽をかけ出した。日本で流行っている、流れ星が日本に落ちて男女が入れ替わるというアニメ映画のサウンドトラックで、オークランドでも英語吹き替え版が上映された時に日本人何人かで見に行った。星空を見に行くには格好のBGMだと思い立ち、車内で流した。
目的の海岸まであと5分ほどのところで、竜一が助手席の真理を見るとウトウトしながら睡魔と戦っていた。竜一が音楽のボリュームを落とし、真理の頭をなでると、夢でも見ているのか幸せそうな笑顔を浮かべた。竜一はその顔を見て、心から愛おしいと思った。
ピハビーチは、到着するまでに民家はほとんどなく、漆黒の闇に包まれていた。地図はあるものの、竜一は本当にここが砂浜なのか自信がなかった。ただ、カーナビはここが目的地だと示している。
「着いたよ」と真理を起こすと、寝ぼけ眼をこすりながら、「ありがとう」と言った。「はー」と気の抜けたあくびをしながら真理がドアを開けた瞬間、バタンッとドアを勢いよく閉めた。
竜一が「どうした?」と尋ねると、真理は「やばい」と言って、驚いた表情で空を指さしてこちらを見た。竜一も運転席から外に出てみると、「うわっ」と思わず声を上げた。
例えるなら、世界中の宝石を集めてきて暗幕の上にぶちまけたような、色とりどりのきらめきが夜空をおおっていた。星がこんなにも多く存在するのかというほど、大きな光から小さな光が瞬き、白や青、赤色に光っていた。
竜一は車に積んでいたレジャーシートと毛布を持ち、浜辺に行こうと真理を誘った。しばらく何の言葉も言えずに上を向いていた真理が我に返ったように「あ、はい」と言って波の音がする方向に竜一と共に歩きだした。駐車場から浜辺まではすぐだったが、本当に真っ暗だったこともあり、波打ち際がどこなのかわからなかった。
「ザザー」という絶えず響く柔らかい波音が聞こえ、砂を触っても濡れていない場所を選んで竜一はシートを敷いた。以前オマペレの浜辺で星空を眺めたように、2人並んで寝転び、飽きることなく自然の天体ショーに見入った。
文字通り満天の星空には幾筋もの流星が通り、擦り傷の痕のような小さな光から、ピカッと瞬いて流れる大きなものまで数え切れない流れ星を見た。聞こえる音は波の音と時折吹く風の音だけ。竜一は今この瞬間、世界は2人だけのものだと思った。
風が強くなってきて、2人は一つの毛布にくるまった。互いの身体のぬくもりを感じ、互いの体温で身体を温め合った。どのくらいの時間そうしていたかわからないが、永遠にこの時が続いてくれと竜一は願った。
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