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翌朝目覚めた竜一は、真理が言っていた「そんなに優しい目をするんですね」という言葉の意味を思い返していた。
自覚はなかったが、真理がそう思ったのだから変わったのだろう。病院で不安だったということもあったのかもしれないが、確かに真理を思う気持ちは以前とは変わった気がする。出会った当初は真理を自分のものにしたい、フィアンセから奪い取りたいという思いが強かったのは確かだった。だからこそぎらぎらしたような、獲物を見る動物のような眼光だったのかもしれなかった。ただ、今は違っていた。いつからか覚えていないが、獲物ではなく、守る対象に変わっていた。真理と接しているうちにそんな思いが膨らんでいった。
竜一は生まれて初めてそういう感情を持った。
それまで守るものと言えば、自分自身しかなかった。付き合っていた彼女も大切ではあったが、今振り返ると、自分を満たすために大切にしていた気がする。優しくすると、向こうも優しくしてくれる。見返りを求めた優しさだった。
しかし、真理に対しては無償の愛と言えばいいのか、ただ大事にしたい、守りたいという思いが初めて湧いた。夫婦になる、家族になりたいというのはこういう思いなのかもしれないと少し人生のヒントを得た気がした。
ただ、真理にはフィアンセがいる。人生はなんでこううまく行かないのかと自嘲気味に笑うと、タイミング良く病室のドアが空いて真理が見舞いに来てくれた。
何かあれば使えるだろうということで、タオルを自宅から5枚ほど持ってきてくれた。「他に何か必要なものはありました?」と尋ねられ、竜一は少し言いにくそうに「パンツとシャツを買ってきてもらえないかな」と言った。よさこいの会場近くで倒れて以来、衣装は病院服に替わったものの、下着はまだ交換していなかった。
「そうでしたね…」と真理が言うと、「サイズはMで」と竜一は付け加えた。真理はすぐに部屋を出て、5分ほどで紺色のトランクスと白いシャツを買って戻ってきた。真理が気を利かせて外に出ている間に竜一は着替えを終え、真理が買ってきたビニール袋にそれまで履いていた下着を押し込んだ。
見舞いに来た真理は携帯電話を取りだし、昨日、よさこいを踊り終えた後に撮ったというメンバーの集合写真を見せてくれた。竜一の携帯電話にも送られているのだろうが、電池切れで確認できないでいた。
写真には朱色に塗られた鳴子を両手に持ち、興奮した様子で写真に収まるメンバーたちが写っている。中にはステージに上がり込んで混ざったであろう、酔っ払いの姿もあった。どの顔も楽しそうだったが、竜一は自分の顔を見つけられなかった。そして、真理の姿もなかった。
「ちょうど救急車が出ていった後にせっかくだからって皆で撮ったらしいんです」
2人が写っていないことは残念だったが、皆の笑顔を見ると、本当に楽しんでもらえたのだと思って胸が熱くなった。
「巻き添えにしちゃってごめんなさい」
竜一が謝ると、真理は笑顔で首を横に振った。
「逆に2人が写っていない写真だからこそ、入院した思い出がよみがえっていいじゃないですか」
翌日、退院した竜一が職場に行くと、皆心配そうに体調を尋ねてきた。疲れと暑さから来る脱水症状でたいしたことはなかったと竜一が言うと、「まあ中村さんなら大丈夫だと思っていましたよ」と皆から笑われ、すぐに日常の雰囲気に戻った。
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