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ジャパンデイの当日、竜一は朝から大忙しだった。
創作ダンスの披露を請け負った関係で事務局の信頼を得て、大会の設営も手伝うことになった。日本らしいものを披露するとあって、餅つきの杵と臼やもち米、日本酒の酒樽など重いものをこれでもかと運ばされ、ステージに立つ前にはもう疲れていた。
真理は創作ダンスを披露する開幕ステージの30分前には会場に姿を見せていた。竜一も真理と合流し、最後の踊りのチェックをしようと思っていた。すでに汗だくになっている竜一を見て、真理は「どうしたんですか?」と声をかけた。竜一は「ウォーミングアップをし過ぎた」と笑顔を見せ、おそろいの神職のような衣装を着て音楽をかけた。真理も部活動の大会の日のように早起きし、軽くジョギングをして身体をほぐしていたため、2人とも動きはバッチリだった。
踊りの最終確認が済んだ後、竜一はポケットからアクセサリーを取り出して真理に渡した。2人で獲得した1ドル硬貨を透明な小さいケースに入れ、ペンダントのようにしたものだった。この日に真理に渡そうと思って、会社の近くの工芸品店でおそろいのものを購入していた。竜一も同じペンダントを首からかけていて、「お守りになるよ」と子どものように白い歯を見せた。真理も素直に受け取ったペンダントを首から下げた。硬貨の入ったケースを握りしめて「うまくいきますように」と願をかけて衣装の中にしまい込んだ。
午前10時。オープニングセレモニーの合図である和太鼓が鳴り響くと、メイン会場の公園に集まった大勢の観客から歓声が上がった。開会宣言の後、早速竜一たちの出番がやってきた。作曲を手がけた日系人の男性の激励を受け、2人は舞台に上がった。音楽が始まる前、竜一は真理の方を見ると、視線がぶつかった。互いに健闘を祈る思いで軽くうなずくと、和楽器の格調高い音色が響きだした。
2人はストリートパフォーマンスの経験を積んだだけあって、堂々と踊りを披露することができた。緊張はしていたが、観客の顔もよく見え、彰や藍、真理のハウスメート、会社の同僚など見に来てくれた友人が手を振る姿も目にとまった。約4分間の踊りが終わると、静かに見入っていた観客から割れんばかりの拍手がわき起こった。
日本の「舞」をニュージーランドで見ることはないらしく、南の島に似合わないおごそかな雰囲気がいい意味で刺激的だったようだ。竜一と真理が舞台袖に引き揚げると、作曲した彼が興奮しながら何か褒め称えるような言葉を言って真理をギュッと抱きしめた。真理は少し困惑した表情を浮かべ、苦笑いしながら竜一の方を見た。すると今度は同じように竜一を強く抱きしめ、竜一はもっと困惑した表情を浮かべてしまい、真理は「ぷっ」と吹き出した。
ともあれ、無事にミスなく踊りを披露できたこと、観客も喜んでくれたこと、何より、真理と2人で苦難を乗り越えられたことで竜一の心は達成感に満たされた。これで真理との共同作業が終わると思うと、寂しさが湧いてきたのも事実だったが、嘆いている暇はなかった。午後2時からはこちらもメインイベントであるよさこい踊りの披露が待っていた。
よさこいのメンバーと昼食を取り、本番に備えて最後の練習をしようとした時、竜一は急に吐き気を感じ、トイレへ駆け込んだ。前日に何か悪いものを食べた覚えはなく、緊張のせいか、疲れのせいかはわからなかった。30分近く戻ってこない竜一を心配して仲間がトイレまで様子を確認しに来た。衣装は汚れていなかったが、竜一の顔は蒼白で、ふらふらになっていた。「大丈夫」と竜一は周囲を心配させないように言ったが、とてもステージに立てる状態ではなかった。だが、断固として本番には出るからと言ってきかない竜一のことを誰も止められず、また、チームの大黒柱だった竜一が一緒に踊ってくれることをメンバーも祈っていた。
午後2時からのステージは暑さのピークに達していた。本場高知のよさこいのように、踊りのメンバーはビールやワインを飲み、気分を盛り上げてからステージに立った。竜一はさすがにアルコールを控えたが、周囲の熱気に浮かされるように気分は盛り上がってきていた。持ち時間は5分の踊りを2回で約10分。竜一と真理はここでもセンターの一番目立つポジションだった。真理は始める前に「大丈夫ですか?」とまだ白い竜一の顔をのぞき込んで心配したが、竜一は「この日のためにやってきたから」とグッと親指を立てて心配ないとアピールをした。
踊りが始まると、こちらもほろ酔いで気分が盛り上がっている観客も見よう見まねでよさこいの振り付けを真似したり、リズムに合わせて身体を動かしたりしていた。日本とはまた違った一体感に、ステージ上の竜一は感動した。
10分間の演舞に竜一や真理、メンバーの全員は今まで練習してきた全ての成果を出し切ろうと、目一杯身体を大きく動かし、最高の笑顔でステージを楽しんだ。メンバー全員の動きがぴたりと揃い、今までで最高の出来栄えで踊り終えた。チームがステージを去ろうとすると、予想していなかったアンコールがわき起こった。リーダーの竜一もどうしたらいいかわからず、戻ろうか迷っていたが、一向に鳴り止まない拍手にうれしくなって皆でステージに駆け戻った。今度は5分だけの演舞だったが、一部の観客がステージに上がり、踊り子と入り乱れて熱気は最高潮に達した。
鳴り続ける拍手を浴びながら、竜一たちメンバーは舞台袖に引き揚げた。これほどの大成功を収めるとは竜一自身、いや、メンバーの誰も想像していなかった。汗にまみれた身体でメンバー同士抱き合い、皆で喜びを分かち合った。感動で涙する人もいた。日本の踊りがこんなにもニュージーランドで受け入れられ、踊る人も見る人も感動させられるのだと竜一はよさこいの素晴らしさを遠い異国の地で思い知った。
大舞台を終えた安堵感と張り詰めていた緊張感から一気に解放されたからか、竜一はスーッと身体に力が入らなくなり、男性メンバーに抱えられて日陰のベンチに座らされた。
めまいがし、次第に意識が遠くなる。真理なのか、女性の「竜一さん、大丈夫ですか!」という声が耳元で聞こえるが、目を開けられない。
頭が割れるように痛くなってきた。横になりたいと思い、身体の重心を動かすと、バタンッとベンチから転げ落ち、意識を失った。
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