28
年が明け、よさこいを披露する「ジャパンデイ」が近づいていた。
真理は既に踊りを完璧に覚え、動きがぎこちない人に指導するほどになっていた。本格的によさこいを踊るのは始めてだったが、全員の動きがそろって、鳴子が一斉に音を響かせる様子を見ると、よさこいの楽しさがより一層感じられるようになった。そして、おそろいの衣装で踊るステージに早く立ちたいと思った。
ある日、練習場所に行くと、竜一が困り顔で近づいてきて、「大会の事務局から、よさこいとは別に踊りを作って披露してほしいと頼まれたんだけど」と言った。聞くところによると、ジャパンデイに合わせてニュージーランドの若い日系人が琴や尺八といった和楽器の音を取り入れた曲を作ったらしい。しかし、ただ音楽を流すだけでは盛り上がらない。何か踊りをつけてステージで披露してほしく、その踊りを「作ってくれ」と竜一が依頼されたのだ。
本番まで1カ月を切っていたことや、肝心のよさこいの練習の追い込みをしないといけないと思っていた竜一は断った。しかし、事務局のおじさんも粘り腰で、なんとかならないかとまだあきらめていないらしく、「どうしようかな」と竜一にしては珍しく弱気な顔をのぞかせた。
真理は「一緒にやりましょうよ」と軽い調子で提案した。竜一は事務局に断ることを真理から勧められると思って聞いてみたのだが、真逆の回答が返ってきて驚いた様子だった。
「でも、いろいろあって大変だと思わない?」
まだ竜一が女々しいことを言ってきたので、真理は「大丈夫ですよ!もう一つ踊りが披露できるなんて、絶対楽しいじゃないですか」と言った。
ここまで真理に強く背中を押されると竜一も折れるしかなく、「じゃあ真理さんが一緒に踊ってくれるなら」と事務局の提案を受け入れることにした。「2人で特訓してもらいますよ」と竜一が言うと、「喜んで!」と真理は笑顔で返事をした。
よさこいには詳しい竜一も、和の雰囲気を表現する踊りは初体験で、自分が踊りを創作することも初めてのようだった。真理とあれこれ意見を出し合いながら約4分の踊りを作り上げていった。曲を聴いて2人が共通して頭に浮かんだのは神主と巫女だった。雅楽のような音色が続き、どこか日本の八百万の神を描いた雰囲気を持つ曲だった。よさこいの激しい踊りとは違いゆったりとした動きと、鳴子ではなく鈴を手に持ってシャンシャンと余韻のある音を加えた踊りに決まった。全ての踊りが完成したのは、祭りの10日前だった。
真理は、本番の前に度胸をつけておきたいと思い、竜一を誘ってオークランド市内の公園で創作ダンスをストリートパフェーマンスのように披露することにした。ここで踊れば本番は怖くないだろうと提案すると、竜一も「それはいいアイデア」とすぐにOKしてくれた。
日曜日の昼下がり、地元の人が散歩に訪れる大きな噴水のある公園で踊りを始めた。散歩中の「観客」はちらほらいたが、いかんせん2人で踊るだけだと練習をしているようにしか見えない。竜一が持ってきたポータブルのスピーカーを使って大きな音楽をかけているが、なかなか興味を示してくれる人はいなかった。途中から、ストリートパフォーマンスだからという理由で竜一が上着を脱いで地面に広げ、その上に麦わら帽子をひっくり返した。そして小銭を何枚か投げ入れた。パフォーマンスへの投げ銭をもらおうというのだ。真理は初めての体験に最初は戸惑ったが、せっかくだからと気合いを入れ直し、一層、踊りに力を込めた。
計10回以上、1時間は踊ったが、獲得金額はゼロだった。ただ、完璧に踊れるようにはなった。もうこれで最後にしようかと思っていたところ、小さい男の子と母親が不思議そうにこちらを見ながら近づいてきた。真理と竜一は「今だ」と目で合図し合い、音楽に乗せて踊りを披露し始めた。母親は早く先に行きたそうだったが、3歳くらいの男の子が身体を揺らしながら2人の前で踊りだした。4分の演技を終えると、男の子は「もっと、もっと」とねだりだしたので、2人はもう一度踊りを披露した。2回目が終わると、母親が男の子を呼んで公園を出ようとした。2人は遠ざかる親子に手を振った。すると母親が子どもに言葉をかけ、右手に何かを握らせた。男の子はニコニコと笑いながら2人に近づいてきて、竜一が置いた麦わら帽子に硬貨を2枚投げ入れて母親の元へ走っていった。2人は親子の姿が見えなくなるまで手を振り続け、その後ハイタッチを交わした。
1時間半の踊りで得た収穫は2ドルだけだった。ただ、真理にとっても、竜一にとっても、この2枚の硬貨は宝物のように輝いて見えた。
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