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 「元日の早朝から街でゴミ拾いをしよう」

 竜一は悩みに悩んだ結果、真理に変わったメールを送った。年越しの夜でゴミが増えるだろうから、街の目抜き通りのクイーンズストリートのゴミを拾ってきれいにするのだ。

 竜一は元日の朝からゴミ拾いをするという奇抜な提案が受け入れられるか少し不安だったが、おもしろいこと好きの真理なら乗ってくれるだろうと自信はあった。彰の意見を参考に、真理を誘い出す「恋人っぽくない」精一杯のアイデアだった。竜一は30日の夜8時にメールを送ったが、返信はなかなか返ってこなかった。

 あきらめかけていた大晦日の夕方6時、「ゴミ拾いならやりましょう」と真理からの返事を見て、竜一は「ついに返ってきた!」と小躍りした。すぐに返信し、朝6時にクイーンズストリート沿いの公園に集合することにした。ただ、2人ではダメだといい、竜一は彰を拝み倒してゴミ拾いに付き合ってもらうことにした。気を利かせた彰は自分の彼女も連れてくるよう調整してくれた。

 当日、竜一が白いジャージ姿に大きなゴミ袋を持って約束の場所で待っていると、真理はよさこいで使う動きやすい紺色のジャージ姿で、髪をポニーテールに束ねていた。「明けましておめでとうございます」と真理がいうと、竜一は「今年もよろしくお願いします」と笑顔で答えた。「元日に早起きして街を掃除するっていうのも気持ちがいいもんだ」と竜一が言うと、真理は「まだ掃除してないですけどね」と付け加えた。

 「ところで他の人は?」と真理があたりを見回しながら尋ねたが、竜一は「2人はたぶんまだ寝てます」と答えた。確かに元旦から職場の先輩の義理でゴミ拾いをする人はいないと思いながら、「結局2人じゃないですか」と少し怒りを込めて竜一を注意した。竜一は「本当にOKしてくれたんだけど」と言ったが、「まあいいや、とりあえず始めますか」と真理は両手に手袋をはめた。

 ニュージーランドでの初日の出を望みながら、ゴミ拾いはスタートした。竜一はしきりに「一年の始まりにこんな素晴らしいことをして縁起がいい」と言ったが、「そういうことは口にしない方がいいんですよ」と真理にたしなめられた。

 オークランド中心部を貫き、海の間際まで約1・5キロあるクイーンズストリートには至る所に年越しパーティーの残骸があり、たばこの吸い殻や酒瓶、花火の燃えかすなどが落ちていた。竜一は、片側2車線ある道路の端から端までゴミを拾っていたが、通行する車の数が増えてきたことと、舐めるように掃除していたら全く先に進まないことから、歩道のゴミに専念することにした。身体を動かすことが好きな真理も、想像以上の数のゴミと、中腰の姿勢が続く時間が長かったため、30分ほどして「休憩しましょう」と提案した。その時点で燃えるゴミはゴミ袋一杯に、ビンの袋も半分以上が埋まっていた。

 真理は準備していた水筒から麦茶をコップに注ぎ、竜一に渡した。額と背中一面に汗をかいていた竜一は美味しそうに一口で麦茶を飲み干し、「うまいっ」と言ってコップを真理に返した。真理も受け取ったコップにお茶を注ぎ、勢いよく飲み干した。竜一もまさか元旦から異国の街の掃除をするとは夢にも思っていなかったが、やり始めると案外楽しかった。道行く散歩の老夫婦が声をかけてきてくれたり、日頃はあまり注意をして見ていなかった野生の鳥の姿もかなり近くで観察できて、きれいな羽の色に感動したりした。

 結局、清掃は2時間かけて海の近くまでやり、ゴミ袋は計5袋が満杯になった。持って帰ることもできないので、街中にあるゴミ箱の横に分別してまとめて置いて帰ることにした。清掃は終わったが、時刻はまだ朝8時過ぎ。2人はジャージ姿のまま、運良く開いていた街中のカフェでクロワッサンとフラットホワイトを注文してモーニングを共にした。

 竜一は「なぜ絶交なんてしたのか」と聞こうかと思ったが、治りかけていたかさぶたをはいでしまうようで、「うまい、うまい」と必要以上にクロワッサンを褒め、1個おかわりした。いつもよりも口数が少ない真理の態度に、真理なりに申し訳なさや整理がつかない部分もあるのだろうと想像した。だからこそ以前と変わらず接しようと努め、竜一は「そろそろよさこいの練習を本格化するから頑張らないと」と声をかけた。真理はうなずき、「追い込み頑張りましょう」と顔の前でグッとこぶしを握った。

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