26
真理は竜一から度々送られてくるメッセージや、おそらく竜一から送ってと頼まれたであろう藍からの安否確認の連絡も、なるべく返信しないようにしていた。
心苦しく思っていたが、こうでもしないとずるずると竜一との関係が続いてしまいかねないと自分の心を鬼にした。
竜一との連絡を絶ってから初めて気付いたが、真理も竜一中心の生活になっていた。休みの日のイベントや、よさこいの練習、その後の飲み会など、濃厚で楽しいオークランド生活を謳歌できていたのは、間違いなく竜一のおかげだった。真理が勤める語学学校は年末年始の休みに入り、外に出かける用事がなくなった。真理は珍しく部屋の中に閉じこもり、食事の買い出し以外、一歩も家の外に出ない日が続いた。いつもと違う真理の表情を心配したハウスメートのハヌルは得意のキムチ鍋を振る舞ってくれた。真理は優しさとキムチのおいしさに感動し、失っていた元気を少しだけ取り戻した。
自分で決めた「絶交」だったが、その話は竜一との間だけにとどまらず、狭いオークランドの日本人の友人たちにも広まり、真理から竜一を通じて知り合った多くの友人にも連絡を取りづらくなっていた。日本を離れるときに心に決めた、日本人ばかりでなく、多くの国の人と接するという心構えを今だからこそ発揮すべきだと思ったが、自分でもどうしたらいいのか気持ちの整理がついていなかった。心身ともに充実していない状況で新たな世界に飛び込むのには気が引け、少し時間が必要だと感じた。今まで経験したことのない弱気な気持ちに真理は押しつぶされそうになっていた。相談すれば親身になって聞いてくれる友人ばかりだと思うが、自分のなかで心の壁をつくってしまい、ニュージーランドに来て初めて孤独を感じた。
たまらなくなり、「年が明けたら一度日本に帰ろうかな」とカイにメッセージを送った。5分後にカイから着信があり、「真理、大丈夫?体調を崩したの?」と心配する言葉をかけてくれて申し訳ない気持ちになった。
「体は大丈夫だけど、いろいろとうまくいかなくて…」
弱気な気持ちを吐露した。
「もちろんいいことばかりじゃないと思う。僕も日本で仕事をして、改めて異国で生活するのは大変だと思ったよ」
カイは続ける。
「でも、自分で決めた道だから、投げ出すようなことはしたくない。真理も自分で決めた道だから、もう少しだけ頑張ってみたら?」
カイには珍しく、真理に意見する言葉が返ってきた。
「それはわかっているけど、ちょっと弱音を吐きたくなっただけ…」
真理は、カイに竜一のことを打ち明けようか悩んでいた。心のもやもやを根っこから断ち切るとしたら、核となる部分をさらけ出さないと再発しそうな気がした。真理が沈黙して言い淀んでいると、カイは気を利かせて「まだ何か話したいことがあるんじゃない?」と会話をエスコートしてくれた。
うん、と言って真理は竜一という男性とオークランドで知り合って、一緒によさこいを踊ったり、星空を見たりしていると話した。当初は2人で会うことはなかったが、何度か2人でお酒を飲みに行っていることも告げた。竜一からは好意を寄せられているが、カイという婚約がいることも話した。竜一はそれでも私を遊びに誘ってくれて、現地の友人を何人も紹介してくれた。おかげでオークランドの生活が充実している。竜一への思いがこのままだと変わっていきそうで、もう連絡を取らないようにした。そして、私はカイのことを一番愛している――。
それらのことを真理は止めどなく受話器越しのカイにしゃべった。カイは言葉を挟むことなく、たまに相槌を打ちながら聞いてくれた。そして真理は最後に「ごめんなさい」と謝った。
カイは「それは、何のごめんなさいなの?」と言った。
「隠してたわけじゃないけど、今まで話してなかったし、2人で飲んだりしてるし、浮気と言われても仕方がないと思って。もちろん、キスとかそれ以上のことは全く何もしてないよ」
「真理はまだ僕のことが好きなの?」
真理はその言葉を聞いて胸がギュッと締め付けられる感覚がした。カイに本当に申し訳ないことをしてしまったと心から反省し、自分の行動を悔いた。
「もちろん、カイのことを愛してます」
「僕も真理のことを愛しているし、これからも変わらずに愛し続けるよ」
その言葉を聞いて、真理は涙が止まらなかった。
ふとんに潜り込み、声を上げて泣いた。
この人の、とてつもなく大きな優しさと、純粋な気持ちに一生寄り添い、ついて行きたいと思った。
「竜一さんとの遊びはこれからも続けなきゃだめだよ」とカイは意外なアドバイスをしてくれた。
「せっかくの友人を切り捨てて交友関係を狭くすることはやめた方がいい」
異国へ留学と就職をしたカイだからこその、説得力のある意見だった。真理は少し迷ったがカイの言うとおりにすることにした。
「ありがとう。カイのおかげで気持ちが晴れた気がする」
「きっとうまくいくと信じてるよ真理。大丈夫。周りの人に感謝して、真理らしい笑顔でいれば大丈夫」
カイは最後に激励の言葉をかけてくれた。真理はその言葉を声に出して反芻し、洗 面所に行って鏡の前で笑顔の練習をしてみた。
心の霧が晴れて、少しだけ元気が出た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます