21
クリスマスが迫っていた。
竜一の誕生日はクリスマスイブだ。真理は、竜一から12月24日に遊びに行こうと誘われ、悩んでいた。誕生日を祝ってあげたい気持ちはあるが、もちろん、恋人たちにとって特別な日であることも意識していた。真理が答えを渋っていると竜一が、「24日の夜に彰や藍たちがパーティーを開いてくれることになっているから、一緒にどう?」と重ねて誘ってきた。何となく気が引けた真理は、「夜は用事があるから日中なら大丈夫です」と特に意味のないウソをつき、「美味しいベーグルでも食べに行きましょうか」と提案した。竜一は喜んで快諾し、24日の正午にオークランド中心部の、クイーンズストリートに面したサンタクロースの大きな人形が飾り付けられたデパート前で待ち合わせることにした。
当日、買い物客でごった返すデパートの前で落ち合い、街中のカフェでクロワッサンとベーグル、定番のフラットホワイトを頼んでランチをした。2人とも、ニュージーランドに来てフラットホワイトという飲み物を知ったが、こんなに美味しいものを日本でなぜ知らなかったのだろうと残念がるほどだった。エスプレッソにスチームミルクを注ぎ、一口目には必ず白いきめ細かい泡がたっぷりと口ひげのように付く。カフェの注文の大多数、特にモーニングは8割がフラットホワイトで、仕事がある人も、休みの人も皆、新聞や本を読んだり、家族で会話したりしながらゆったりと午前中のひとときを過ごす。クロワッサンは日本のものより大きいため一つで十分で、表面にざく切りされたアーモンドがまぶされてほんのり甘く、これもまた美味しくて真理はよく食べていた。
ランチを食べ終わったころ、真理は竜一に「誕生日おめでとうございます」と言ってプレゼントを渡した。クリスマスカラーの小箱を開けてみると、中身は手のひらに収まる大きさの、小さな手作りキャンドルが入っていた。以前、竜一との会話でお互いにキャンドルが好きだと意気投合したこともあり、プレゼントに決めた。どこかで買うのも良かったが、日本にいたころ雑誌で読んだ手作りキャンドルを試してみようと思って材料を買ってきた。バレンタインの手作りチョコの要領で、既製品のろうそくを煮詰めて液状化させ、きれいなグラスに流して固める。その際に、真理が日頃使っている香水を何滴か入れて、アロマキャンドル風に仕上げた。想像以上に簡単だったが、受け取った竜一は心からの笑顔で喜んでくれていた。
「実は…」と竜一も何かの箱を取り出し、真理に手渡した。
「誕生日プレゼントじゃないけど、クリスマスプレゼントということで」
真理が「開けていい?」と聞いて中を確認すると、これもまたキャンドルだった。
ステンドグラスのようなコップに入ったもので、火を灯せばあたりをきれいに照らし出せるセンスを感じるものだった。さすがに手作り品ではなかったが、真理の職場の近くの、ニューマーケットという商業エリアの一角にある雑貨屋で見つけたらしい。真理は自分もプレゼントをもらえるとは想像していなかったので驚き、竜一の厚意に感謝した。
「今夜家で使ってみますね」と真理はお礼を言って大事に元通りに箱に戻した。
お互いに夜の「用事」のため、この日はランチだけで分かれた。真理は自宅に帰ってから、カーテンを閉めて部屋を暗くしてろうそくを灯してみた。コップにはオークランドの街並みを描いた模様があり、その模様に沿って青や赤、黄色のゆらゆらとした光が壁を染めた。真理は竜一と会ってプレゼントをもらったのは初めてだった。申し訳ない気持ちと、自分のプレゼントもキャンドルでよかったのだろうかと少し考えた。しかし、無邪気に喜ぶ竜一の顔を思い出して、オーバーリアクションな喜び方がおかしく、淡い光に照らされながら一人、笑顔を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます