20

 竜一はオマペレの星空を見た後、日本に残してきた彼女と別れようと決めた。

 真理に全力を傾注しようと思った。2年付き合った亜希子に申し訳ない気持ちもあったが、「この人に全身全霊でアタックして、本気で結婚したい」と思うほど真理への気持ちは膨らんでいた。

 家族になる――。竜一はそのことを想像してみた。性格もおだやかでよくお酒を飲む亜希子は申し分なかった。ただ、将来結婚して、子どもをつくって、家庭を築く。そのことがどうしても亜希子との間ではイメージできなかった。真理に置き換えて想像してみると、休日に子どもと公園でキャッチボールして、夕食は皆で食卓を囲む姿がはっきりと想像できた。何より、思い浮かんだ映像には笑顔があふれていた。

休日の夜、竜一は亜希子に電話した。日頃の連絡がおろそかになっていたため、突然の電話に亜希子は少し驚いた声だった。

 「もしもし」という、いつもの明るさがない、少し抑制の効いた竜一の声を聞いて、亜希子は内容を察したようだった。

 「変わりない?」と竜一が尋ねると、亜希子は「うん。そっちは?」と答えた。

 「ぼちぼちやってるよ」と竜一は答えたが、用意していた結論までどういう道筋で話をつなげばいいかわからなくなり、少し間が空いた。

 「好きな人ができたの?」

 亜希子は鋭く言い当ててきた。竜一は思いがけない一言に面食らったが、回り道をしてから本論に入らなくてもよくなったと思い、自分の思いを説明した。真理の名前は出さなかったが、亜希子は竜一が思いを寄せる人の姿を想像したらしく、「すごく楽しそうね」と言った後、「あなたが幸せになるなら、それでいいんじゃない」と続けた。

 いつもは竜一さんと呼んでいただけに、あなたという呼び方に予想以上の距離を感じた。「ごめん」と竜一は言いそうになったが、「ありがとう」という言葉に置き換えた。謝って別れるのはすっきりしない。

 「こちらこそ、今までありがとう」と亜希子は言ってくれた。2歳年下なのに、本当に大人な対応ができる人だと竜一は感心した。「元気でね」とお互い言葉を掛け合い、電話を終えた。会話を始めてから、10分も経っていなかった。

 家族とは何だろうと竜一は電話を終えた後、考えていた。一つ屋根の下に暮らす身内、一緒に食事をする人たち、困った時に相談したり、助け合えたりする存在――。でも、竜一自身の家庭を思い出しても、あまり良い記憶は思い浮かばなかった。父親とは今も疎遠が続く。時折母親から安否確認の連絡があるが、「うん」とか「大丈夫」とか一言程度の返事しか返していない。思春期ならまだしも、20代も後半になり、さすがにもっと大人な返事をしないといけないと思いながら、つい家族には冷たく接してしまう。

 「家族なんて、別にいらないんじゃないか」

 竜一は最近までそんなことを考えることもあった。ただ、真理と仲が良くなるにつれ、この人と一緒にいたい、毎日をともに過ごしたいと思うようになった。それが、家族ということなのだろうと竜一なりに心の変化をとらえていた。

 心情の変化に戸惑いもあった。家族のように接するにはどうすればいいのだろうと考えた。子どものころを思い返しても、家族らしい振る舞いに接した記憶は浮かばなかった。ただ、祖父の優しさは鮮明に思い出せた。無償の愛、見返りを求めない善意を惜しげもなく与えてくれた。それは、打算的なものではなく、相手が喜んでくれる、喜ぶ顔を見られる、ただそういう動機でいいのだろうと竜一は思った。

真理の顔を思い浮かべた。同時に彼女のフィアンセのことも頭をよぎった。それでも、竜一は真理が喜ぶ顔や、うれしい、楽しいと言ってくれることを期待し、見返りを求めない思いを態度で示そうと心に決めた。

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