19
星空を見て、真理は故郷を思い出していた。
そして、祖母を思い出していた。津波に飲まれて亡くなった祖母だ。
オマペレの小さな海沿いの町は明かりが少なく、星が見えやすかった。この無数の星を、いまの日本で見られる場所はほとんどないだろうと思った。しかし、あの日、2011年3月11日の夜、三陸の星空は最も星が瞬いていたと聞いたことがあった。津波の被害で沿岸部の街は根こそぎ海にさらわれた。あらゆるライフラインが止まり、電気も消えた。津波が押し寄せた後の海は、いつものようにおだやかになっていた。人の営みの光がない分、あの日の夜はいつもより海と空の闇が濃かった。そして、かつて見たことないほど鮮やかな星が東北の寒い夜に明滅していた。ある人は、津波で亡くなった人の魂が天に昇り、輝いているのだと言った。真理はその言葉を、ニュージーランドの満天の星空の下で思い出し、祖母のやさしく微笑む顔を思い浮かべて涙がこみ上げた。そして、人のぬくもりを感じたくなった。竜一の腕枕に頭を乗せたのも、そういう気持ちからだった。
翌朝目を覚ますと、腕枕の上に頭は乗っていなかったが、竜一の右手がやさしく頭のそばに置かれていた。寝るときに抱きつこうとしたり、キスをしようとしたりしてきたが、寝ている間は何もしてこなかったようだった。それどころか、毛布もほとんど真理をくるんでいて、優しさすら感じた。少しは紳士的なのかと気持ちよさそうに寝ている竜一の顔を見て少しおかしくなった。
美しい星空を見て以降、真理の竜一への気持ちは少しだけ変化した。
恋愛感情ではないのだろうが、これまでのような嫌悪感は抱かなくなった。これまで以上に仕事終わりによさこいの練習を一緒にして、チームのメンバーと一緒に食事に出かける機会が増えた。ある日の帰り道、「ここで結構です」と言っていたいつもの場所で、竜一が「それじゃ気をつけて」と手を振りながら自宅の方へ帰ろうとすると、真理は「たまには家まで送ってくださいよ」と笑顔を見せて帰り道の方を指さした。竜一は驚いた表情を見せたが、「もちろん」といって、大きな歩幅で数歩先にいた真理に追いついた。
そこから歩いて10分程の市民病院の近くに真理の家はある。竜一は歩いて来るのは初めてらしく、よさこいの振り付けを踊りながら、周囲をキョロキョロして真理の家までたどり着いた。いつもよりわずか10分ばかり一緒に帰る時間が延びただけだが、真理はその道のりがいつもより楽しく、短く感じられた。会話は互いの仕事の内容や、近くでうるさく鳴く鳥にあだ名をつけるといった他愛もないものだった。それでも楽しいという思いが芽生えていた。
家の前に着くと、竜一は「それじゃ」と今日2回目の別れのあいさつをした。
「ありがとうございました。竜一さんって意外と紳士なんですね」
真理は声をかけた。竜一は「そうでしょ」と子どもがテストで100点を取った時のように胸を張った。
「今さらですが、あんな星空を見たのは初めてです。誘ってもらってありがとうございました」
真理は頭をペコッと下げた。
「今度は新月の時に見に行こう。もっときれいに見えるはずだから」
「いいですね」
竜一の提案に、真理はうなずいた。
真理は家に戻り、カイと電話した。オマペレという街ですばらしい星空を見たこと、祖母を思い出したこと、できればカイにもこの星空を見てもらいたいと伝えた。
カイは「東京の空からは、薄いけど踏ん張っているオリオン座くらいしか見えないな。自然の景色に感動できる真理の気持ちは素敵だと思う。今しか見ることができない光景をしっかり目に焼き付けないとね」と言ってくれた。
翌日、真理は街中の土産物屋で見つけた満天の星空が印刷された絵はがきを買って、カイと両親宛に手紙を書いた。写真はオマペレではなく、南島のどこかの湖から見える星空だったが、「ニュージーランドにはこんなに素敵な空が広がっています、元気でやっています」と簡潔な内容をしたためてポストに投函した。
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