18
「星空を見に行こう」と、竜一はいつものように唐突に真理を誘った。
ニュージーランドの北島にあるオマペレという小さなリゾート地の一軒家を、竜一のインド人の同僚がもう予約してくれていた。全部で6人は泊まれるらしく、竜一はインド人の彼と、藍も誘った。真理に警戒感を抱かれないようにという配慮もあったが、泊まりがけの遊びに誘われた藍がどんな反応をするか、怖いもの見たさという思いもあった。
以前から、ニュージーランドに行ったら星を見たほうがいいと友人から言われていた真理も、語学学校の同僚を誘って参加することにした。竜一たちがワゴン車を借り、6人が箱乗りになってオークランドを出て一路、北へ向かった。天気予報では晴れ時々曇りで、月は半月。タイミングが合えば星は見えるだろうと、車内は約2時間の道中もずっと盛り上がっていた。
オマペレには夕方到着し、一軒家でそれぞれが持ち寄った自国の料理やおつまみを披露してパーティーが始まった。インド人の同僚はカレーではなく、手頃なタンドリーチキン。真理の同僚のスペイン人はお手製のパエリアを、ルームメイトの韓国人のハヌルもチヂミを持ってきて皆を喜ばせた。竜一は、おつまみの定番、枝豆を、真理は自宅にあった切り餅を持ってきた。藍はサーモンや貝などを使ったちらし寿司を準備して、得意の料理の腕前を披露した。
借りた家は砂浜が目の前にあるログハウス風の2階建てで、リビングとキッチンの他に1階と2階に個室が合わせて3つあり、夜はそこで分かれて寝ることにした。浜辺を散策してビーチバレーを楽しんだ後、夕方6時過ぎからリビングで始まった宴会は、ワインボトルが8本空くほどの大盛り上がりだった。中でもインド人の彼と竜一、真理の酒量が他を圧倒し、藍はグラス2杯目でダウン。スペイン人と韓国人の女性2人も途中まで頑張っていたが、ボトル5本目あたりで静かになった。
6人はあたりが暗くなって星が見えるようになった時間には酔いつぶれていたが、竜一がふと外を見ると、うっすらと雲がかかっていて「今日は難しいかな」と首を振った。「そのうち晴れるだろうから、とりあえず飲もう」と目の座ったインド人の彼がワインをついできたので、竜一は「よし天気の回復を祈って乾杯だ!」とグラスを高くかかげた。
真理はといえば、さすがに酔っ払っているのか、うっすら顔を赤く染めて目がとろんとしてニコニコしている。真理も持っていたグラスをぶつけてきて、「ガン」と言って赤ワインを飲み干した。
「ガンって何?」と竜一が聞くと、中国で乾杯する時に使う言葉だと返ってきた。フィアンセとお酒を飲む時、よく「ガン」と言ってグラスをぶつけていたらしい。竜一はフィアンセの話が出てきて内心おもしろくなかったが、真理がおいしそうにワイングラスを傾けるので、今日は細かいことは気にしないでおこうと決めて一緒にワインを口に運んだ。
3つある部屋のうち、1部屋はスペイン人の女性が、もう一つは韓国人の女性が使っていた。リビングでうとうとし続けていた藍が目を覚ましたが、酔ったインド人の彼が、藍のあれがいい、これがいいと口説きだした。竜一が時計を見ると夜12時を少し回っていた。もう一度外にでて星を見ようかと思い、真理を誘って浜辺を歩くことにした。サンダルを履いて2人で玄関を出た時、空がやけに明るいと感じた。見上げると、雲がほとんど無くなり、降り注ぐような満天の星空が目の前に広がっていた。静かな波の音と、ゆるやかに吹く風の音以外、そこには暗闇の海ときらめく星空しかなかった。星空を見た瞬間、竜一が「うわっ」と歓声を上げたが、真理は黙ったままだった。
「すごくない・・・?」
竜一が尋ねると、真理は顔を上げてただ必死にうなずくだけで、言葉を失っていた。
5分か10分、ずっと空を見上げ続けたせいで首が痛くなった。竜一はレジャーシートを取りに戻り、砂浜の上に敷いて寝転んで見た。
「これだと楽に見られるよ」と言うと、真理も横に寝転んで、瞬き一つせずに明るい闇を見つめた。寝転んだことで空を広く見渡せるようになったわけではないだろうが、数分に一回は「シュッ」と流れ星が一瞬の筋を引いた。最初は見えるたびに「あっ」と2人で声を上げたが、5個目以降は黙って天然のプラネタリウムのショーに見入っていた。
気がつくと、1時間ほど見入っていた。飽きることなく、いつまでも見ていたかったが、再び雲が広がりだした。真理が「皆を起こして見せた方がよかったかな」と後悔していた。
「そうだったね」と答えた竜一も、せっかく星を見る会と称していたのだから声はかけるべきか迷ったが、星空の下から離れる少しの時間も惜しかったのと、なにより真理と2人だけでレジャーシートで並んで星を見上げる空間を独り占めするためにわざと声をかけなかったことが正直なところだった。
雲が空を隠したところで、「戻りますか」と真理が言ってシートから立ち上がった。竜一も続き、レンタルハウスに戻った。リビングにはすでに誰もおらず、一つだけ空いていたはずの部屋も、おそらくインド人の彼と藍が入っているのか、鍵が閉まって使えなかった。竜一と真理は寝る部屋がなくなったため、仕方なくリビングに一枚あった毛布を共有して寝ることにした。さっき砂浜で並んで寝転んだ時には、竜一にも少し遠慮があって、身体が触れ合わない程度の間を開けていた。しかし、1枚の毛布に2人でくるまろうとすると、どうしても身体が触れあった。
竜一は冗談で、右側で寝ている真理に腕枕を差し出すポーズをしてみると、意外なことに頭を乗せてきた。驚いた竜一は、左腕も真理の身体に回して抱きしめようとしたら、邪険に払われた。腕枕の真理に顔を寄せてキスしようとすると、「こらっ」と言って割と強くビンタされた。OKなのは腕枕だけらしい。それでも竜一は初めてここまで真理と近づけたうれしさに包まれた。
しばらくすると、真理は静かな寝息を立て始めた。ゆっくりと身体が呼吸のリズムに合わせて上下する。竜一は腕枕をそのままにして真理の顔をのぞき込むと、目尻が濡れているように見えた。眠気を我慢していたのだろうと、赤ちゃんの頭をさするように優しく真理の頭を二度なでて、竜一も幸せな一日をかみしめて目を閉じた。
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