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竜一から受けた「よさこい踊りに参加しないか」という提案を、真理は二つ返事で了承した。
真理は昔からミュージカルをよく観劇し、歌ったり踊ったりすることが好きだった。よさこいは経験がなかったが、それほど難しくなさそうで、自分にもできるだろうと思った。しかし、実際にやってみると、鳴子と呼ばれるカチャカチャと音が鳴る楽器のようなものを手にして音楽に合わせて踊ることは、想像よりも大変だった。ただ、一緒に踊る人たちもよさこい初心者で、真理と同レベルもしくは真理よりも動きがぎこちない人も多かった。よさこい経験者の竜一がチームのコーチ役の一人として誰にでも丁寧に振り付けを教え、どうすれば見映えがよくなるのかなど、具体的なアドバイスも提案して演技を仕上げていった。
練習は月曜、木曜の夕方6時半からと、土曜日の午前10時半から。真理は語学学校の仕事を終えてから特に用事がない日は欠かさず練習に参加した。練習場所は「シティ」と呼ばれるオークランドの中心部から歩いて10分ほどの公園。普段は使われていない屋外ライブ用の小さいステージがあり、なんとなく気分が盛り上がるということで、ステージ上で練習を続けている。
練習は、本番が迫っていることもあり、部分ごとの細かなフリの確認と、全体を通した流れの確認作業の両方をこなした。全体で約6分間の音楽を1セットにして、練習では3セットを続ける。途中、飛んだりはねたりするパートもあり、20代と言えども続けて踊ると体力的にきつかった。30人ほどのチームには竜一や真理のような日本人が半分、あと半分は現地のニュージーランド人や、留学、ワーキングホリデーなどで滞在している外国人が友人の紹介で参加していた。
午後6時半に練習開始といっても、時間通りに始まることはあまりなく、おのおのがおしゃべりにいそしんだり、たまにはちゃんと練習するかという人が友人に振り付けをチェックしてもらったりして時間が過ぎることが多かった。なにせ、この時期のオークランドは午後9時まで明るい。2時間練習しても、まだ明るかった。
練習が終わると、真理は毎回、何人かとビールを飲みに出かけた。小柄な身体のどこにそんなにビールが入るのかというほど真理はビールをよく飲んだ。よさこいの練習は、おいしいビールを飲むためにしているのかもしれないと、真理は練習に参加して2週間目で思ったほどだった。竜一も飲み会に参加してよくお酒を飲んだが、酒量でいえば真理が上回っていた。飲み足りない時は竜一がスーパーで買ってきた白ワインを近くの公園のベンチに座って空け、ああでもない、こうでもないとたわいもない話をした。帰りは竜一が真理の家まで送ろうとするが、そこは真理の理性が保たれていて、「途中までで大丈夫です」と丁重にお断りして分かれる日々だった。
真理は、竜一と初めて2人でタイ料理を食べに行った日に感じた積極的すぎる姿勢や、婚約者がいるというのに構わず誘ってくる姿勢は一向に理解できなかった。ただ、竜一の誘いを無碍に断ると気分を害してしまうのではと思い、グループ単位での遊びの誘いにはその後も参加し続けていた。真理の過度な優しさが裏目に出て、竜一が誘い続けているのは明白だったが、狭い日本人のコミュニティーや、友人たちとの関係が切れてしまうのは惜しいという思いもあり、竜一とは顔を合わせ続けた。
日本にいるカイとは基本的に毎日連絡を取った。他愛ないことでも、日記代わりにカイに報告した。他意はないが、竜一の名前はあえて出さなかった。
カイは何の疑問も持たずに「楽しそうでよかった」、「体調は崩していない?」と相変わらず優しさにあふれた言葉をかけてくれる。
簡単な用事の時にはメールでやりとりし、週に2、3日はネットを使った電話で声を聞いた。カイも仕事は順調なようで、博物館の企画展が無事終了したこと、来場者数もほぼ目標通りだったことなどを明るい声で真理に話した。
日本との時差は夏場で4時間ある。カイはあまり遅くなっていけないと真理の体調を気遣って電話をある程度で切り上げようとするが、真理は「もう少しだけ」となかなか切ろうとしない。会話がなくても、姿が見えなくても、ネット上であっても遠くにいるカイとつながっていることがうれしくて、左手の指輪を見つめながら会話を続けることが真理の何よりの癒しだった。
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