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 半月が経ち、真理もようやくオークランドでの新しい生活リズムがつかめてきた。

 語学学校の人たちも優しく接してくれた。特に男性校長はやさしいまなざしでいつもニコニコと真理のことを気にかけてくれ、真理と同じタイミングで仕事を始めたスペイン人の女性と一緒に自宅に招いて歓迎のホームパーティーをしてくれた。校長と同じようにやさしそうな、白髪の奥さんが、真理の大好きなサーモンを使った料理を出して優しくもてなしてくれた。イギリスなまりの強い、アルファベットの表記をそのまま発音するような英語が時々聞き取れなかったが、ある程度会話も楽しめた。「何か困ったことがあったらいつでも来ていいわよ」と奥さんに言われ、真理は優しさに胸が熱くなった。

 自宅に帰る途中、携帯を確認すると竜一から「生活には馴染めましたか」というメッセージが届いていた。少しずつ落ち着いてきたと返信すると、「今度食事に行きましょう」と返ってきた。空港まで迎えに来てくれていろいろと手伝ってくれたお礼をと思い、OKした。2日後、オークランドの中心を貫くクイーンズストリート沿いの、市民劇場近くにある竜一が行ってみたかったというタイ料理屋に行くことにした。

 当日、早く店に着いた真理が席で待っていると、5分ほどして竜一が店に駆け込んできた。窓際にいたため、横断歩道を斜めに横切って必死に走ってくる竜一の姿が見えた。真理はそんなに焦らなくてもいいのに、と思わず笑みがこぼれた。

 「すいません!仕事が長引いてしまって」と何度も謝る竜一に「いま来たところですよ」と笑って返した。トムヤムクンと生春巻きを頼み、シンハービールで乾杯すると、竜一が驚いたように真理の手元を見つめてきた。

 「真理さんって結婚してるんですか?」と目が点になって聞いてきた。

 「結婚はまだです。婚約中です」と答え、カイからもらった左手の薬指に光る指輪に目をやった。

 竜一は引きつったような笑顔を浮かべ、「そうですか…」と力なげに答えた。竜一から好意を抱かれていると薄々感づいていた真理だったが、その表情を見て、確信に変わった。気持ちはありがたいが、私にはカイがいる。竜一のことは恋愛対象としては見ていなかった。

 ちょうど生春巻きが運ばれてきて、パクチーが大好きな真理は大きな口を開けてほおばった。竜一も春巻きにかぶりついたが、よほど真理が婚約していたことがショックだったのか、ぎこちない笑顔を浮かべて何度も「おいしい、おいしい」と繰り返すばかりだった。トムヤムクンも運ばれてきて、辛いモノが好きな真理はおいしそうにスープをすすった。竜一は慣れない辛さからか、汗が額に玉のように浮かんでいた。最初は自分の出身や仕事の話をしていたが、竜一から聞かれたため、隠すことではないとカイのことを一通り話した。帰国したら結婚する予定だということも伝えた。

竜一は追加で注文したタイ風やきそばを口に運びながら真理の話を聞いていたが、途中から何かをひらめいたように表情が変わり、尋ねてきた。

 「でも真理さん、まだ結婚してないんですよね?」

 真理がうなずくと、「じゃあ僕と遊ぶくらいなら大丈夫ですよね」と自信満々にこちらを見つめてきた。

 「彼氏にはなりませんよ?」

 真理は念を押したが、竜一は「まあそれは置いといて」とよくわからない返事をした。

 「これからも遊びに行きましょうね」ともう一度言われたため、真理は会話を終わらせようと「はいはい」と雑な相づちを打った。真理は、婚約者がいるのにこれほどしつこく誘ってくる男性は失礼だと思った。さすがに左手の薬指に指輪をはめていたら、すっと身を引くのが男だろうと思っていたが、竜一の場合、そうではないらしい。

 注文した料理も食べ終えていたため、真理は時計を見て「そろそろ出ますか」と促すと、竜一は意外にもあっさり応じ、会計を済ませた。真理が割り勘にしましょうと現金を手渡すと、「今日は僕から誘ったからいいですよ。次からは割り勘にしますから」と言って受け取らなかった。「次から?」という言葉に真理は引っかかったが、おごってくれた以上、「ごちそうさまでした」と言って店を出た。

 2人の家は途中まで帰り道が一緒で、歩いて帰った。分かれ道になって真理が「じゃあありがとうございました」とお礼を言って一人で行こうとすると、「家まで送りますよ。女性を夜一人で歩かせるのは危ないでしょう」とついてきた。悪気はないのだろうが、近くのスーパーで買い物もしたかったので、「いつも仕事帰りは一人ですから大丈夫ですよ」と丁重に断った。さすがの竜一も「じゃあ、気をつけて」と手を振って別の方向へ歩いて行った。

 ようやく一人になれた真理は歩きながら竜一のことを考えてみた。想像していたより強引で、想像通り、自分に自信を持っているように感じた。遊びに行こうという提案には空返事をしていたが、2人きりで遊びにいくことはやめておこうと思った。

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