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竜一は真理を送り届けた後、少しだけ会社で残務整理をしようと休日出社した。すると、同僚の藍がラフな姿で自席のパソコンと向き合っていた。竜一は藍と共同で受け持っていた案件についての仕事をしようとしていたため、ちょうどよかったと、席を並べて仕事を始めた。2人きりで仕事をすることはこれまでなかったため、微妙な距離感を保った遠慮しあう空気が漂った。それはおそらく竜一から発していたもので、藍は内心、この時間がずっと続いてほしいと思っていた。同い年で故郷も長崎と福岡で近い。まっすぐな性格の竜一を藍は密かに好いていた。
竜一の仕事は多くはなく、1時間もかからずに終わった。藍の仕事もほぼ片付きそうだったため、竜一は「カフェでも行きませんか」と誘った。藍は待ってましたとばかりに目を輝かせ、「行きましょう」と答えて残りの仕事を終わらせた。
竜一はカフェに誘ったが、外に出てみると暑くてビールが飲みたくなった。「やっぱりバーでいいかな?」と聞くと、あまりお酒は飲めない藍だったが、笑顔で「Of course」と言った。海を見ながらビールが飲める港沿いのバーに入り、テラス席で竜一は瓶ビールを、藍も小さなグラスビールで乾杯した。ニュージーランドの11月はサマータイムで、午後8時や9時ごろまで空が明るい。日本にいる時とは違った感覚で、つい飲み過ぎてしまうのがオークランドで身についた竜一の悪い習慣だった。
竜一と藍が一緒にお酒を飲むのは会社の歓迎会などで何度かあったが、2人きりは初めてだった。お互いに九州出身、オークランドでの住まいも近いということくらいしか知らなかった。ただ、会話を重ねるうちに竜一が野球をやっていたことを知り、プロ野球のホークスと高校野球をこよなく愛する藍は大喜びした。オークランド特産の巨大ムール貝を2人でほおばり、白ワインのグラスを傾けて野球談義に花を咲かせた。竜一はオークランドに来てから会社の同僚数人とソフトボールのチームに所属していたこともあり、今度の試合を観戦しないかと誘った。「マネージャーでも応援でも何でもやります!」と藍は酔いが回った赤い顔で即答した。そして、勢いよく自分のワイングラスを竜一のグラスにぶつけ、グビッと白ワインを飲み干した。
竜一が会計を済ませて帰ろうとすると、藍は慣れないワインを飲み過ぎたため足下がふらついていた。竜一と住まいは同じ方向だったのでタクシーを拾い、自宅の前からは手を貸して歩いて部屋まで送り届けた。竜一が帰ろうとしてもなかなか藍が手を離そうとしない。目を潤ませて藍にこちらを見つめられ、竜一は一瞬ドキッとしたが、「少し飲み過ぎちゃったね」と笑顔で応対し、途中で買った水を渡してからバイバイと言って藍の部屋を後にした。自宅のベッドで携帯を確認すると、真理からオークランドの街並みの素晴らしさ、自然の豊かさを褒め称えるメッセージが届いていた。「ニュージーランドは星空もとてもきれいなので、ぜひ今度見に行きましょう」と返信した。竜一は今日一日を振り返り、真理の出迎えと藍との野球談義と濃厚な一日だったと思って部屋の電気を消した。
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