13
オークランドは初夏だが、想像していたよりも暑くなかった。
日差しは強いものの、湿度が少ないため過ごしやすく感じた。空港には竜一が迎えにきてくれていた。「到着便を教えてくれれば迎えに行きます」とメールがあり、返信していた。頼れる人が一人でもいるのは心強かった。会社の車なのだろう、竜一が乗ってきた車には旅行代理店のシールが貼ってあり、さながら旅行者を迎えに来た社員だった。真理の姿を見つけて駆け寄ってきた竜一は「ようこそニュージーランドへ」とこんがり日焼けした顔にかけたサングラスを外して、白い歯をのぞかせた。真理は「いろいろと助けてくださってありがとうございます。あと、これからもよろしくお願いします」と折り目正しくお辞儀した。竜一は「まあまあ、そんな固くならずにね。ここはもう日本じゃなくてニュージーランドだから」と明るい声で応えてトランクに真理の荷物を載せた。真理も「はい!」と元気な返事をして助手席に座った。
真理の家は、郊外にある2階建てのシェアハウスで、オーストラリア人と韓国人の女性2人が先に住んでいた。家財道具などは用意する必要がなく、キッチンも自由に使ってよかった。家に着く前、竜一がよく利用しているスーパーマーケットに寄って大まかなものは買い込んだ。
家にはハウスメートの2人の姿があり、オーストラリア人のマーガレットは観光の勉強をするために1年間の短期留学中、韓国人のハヌルは真理と同じようにワーキングホリデーで1年間の滞在中だった。2人とも快く迎えてくれて何がどこにあるかなどを一通り教えてくれた。ゴミ捨てのルールや掃除の当番などについても順番で決めているらしく、素直に従うことにした。冷蔵庫は自由に使っていいが、人のものは勝手に使ってはだめと言われた。それはもちろんそうでしょうと思って冷蔵庫を開けてみると、ほとんどのスペースをハヌルのキムチが占めていて、さっき真理が買い込んだ食材や調味料は一部しか入らなかった。
荷物の整理が一段落して、真理は勤務する語学学校へ向かった。自宅からバスを使えば10分弱、歩いて30分ほどの場所にある。生徒数は100人前後と中規模な学校で、日本語のほか、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、中国語などの講座があり世界各国の講師や生徒がいた。同僚の日本語の教員に案内されて校長にあいさつした。きれいに手入れされた口ひげが印象的な70歳ほどの痩せた男性だが、背筋がピンと伸びて、優しそうな笑顔を絶やさない、いかにも校長先生という印象を受けた。「何かと不安なことが多いだろうけど、力になれることは何でもします。遠慮無くいってください」と声をかけられ、半年間という短い間ながらも一人の同僚として大切に思ってくれている気遣いを感じて真理は恐縮した。そして、同僚の教員やルームメイトを含め、自分を迎えてくれる温かさに安心感とやる気がみなぎった。
職場からの帰り道、真理はオークランドの街中をゆっくり散歩して回った。海が近く、桟橋には大小のヨットが無数に並んでいる。聞くところによると、オークランド市民は世界一のヨット保有率らしい。海の街に近い独特の磯の香りがただようところが、三陸の故郷に似ていた。海は深い青色や水色など、所々色が変わっていた。海との境界線がわからないほど鮮やかな空も、真理の目には新鮮に映った。白い雲は、大きな筆で幾筋も掃いたような軽さで、濃い青とのコントラストがまぶしい。街中の至る所に公園があり、緑が豊かだった。ジャカランダという藤色のきれいな花をつけた樹があちこちにあり、落下した花が木の下を淡い紫色に染めていた。
真理は、街中にいる鳥がすぐそばまで近づいてくることに驚いた。日本のスズメや野鳥のように、人が近づいても逃げない。むしろ、こちらに近寄ってきたり、木陰から華麗な鳴き声を響かせて自分の存在を知らせたりするようにも感じた。スズメもカラスもいるが、名前も知らない、羽が緑色のきれいな鳥や、目のくりっとしたかわいい小鳥の姿もあった。三陸の自然に包まれながら育った真理はすぐにこの自然と街の雰囲気を好きになった。
帰宅して寝る前、カイにそのことをメールで報告すると、まもなく返事が返ってきた。「無事オークランド生活をスタートできてよかったね。真理が新しく踏み出した一歩を改めて祝福し、応援しています。そんなにきれいな街なら一度は行ってみたいな」。坂道が多いオークランドの街を歩き回った疲れからか、真理はいつのまにか眠りについていた。
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