10
真理たちがニュージーランドに来て4日目の朝、竜一の勤める旅行会社がバスを手配してオークランドを案内する予定だった。竜一は別の仕事が入っていて、担当ではなかったし、バスに乗って添乗員として迎えに行くのはマイクの役目だった。ところが、例のごとくマイクは遅刻し、代役を立てないといけなくなった。竜一が何とか都合をつけ、10分遅れで一行の待つホテルのロビーに駆け込んだ。
駐車場に横付けしているバスに案内する時、竜一はすぐに真理の姿が目に入った。真理も竜一に気付き、目であいさつした。パーティーの時のスーツ姿とは違い、若葉色のトレンチコートにチノパンというラフな格好で現れた真理に、竜一は釘付けになった。バスに乗り込む際、「よろしくお願いします」と笑顔で声をかけられ、こちらも自然と笑顔になった。
バスは、ホテルを出て地元で有名なミッションベイに向かった。街の中心部を湾の反対側から一望できる丘がある観光スポットで、出店が並び観光客で賑わっていた。昼食は丘を下った所にあるレストランで新鮮な魚介類の蒸し焼きをこれでもかというほど食べさせた。添乗員の竜一は一行と同じ食事を楽しんでいたが、この先の行程の準備もあり、先にバスに戻っていた。そういえば、本来はマイクがやるはずだった仕事だったなと思い返しながら、「まああの女性にまた会えたからいいか」とむしろマイクに感謝する気持ちもあった。会社に電話してみると、やはり何食わぬ顔で出社してきたというマイクは「いい女がいたっていうから竜一に任せたのさ」と強気な発言をして堂々とコーヒーを飲んでいると報告があった。竜一が苦笑いを浮かべて電話を切ると、バスの入り口に笑顔でこっちを向いている真理の姿があった。
「こないだのパーティーで名刺をお渡しできなかったので」と言って真理は国際交流協会の肩書きが入った名刺を差し出した。
「佐々木真理さん、ですか。先日はありがとうございました」と竜一は名刺と真理の顔を交互に見た。
「ずっとあのパーティーの時のことが頭から離れなくて、今日もタイミングがないかと思っていたら、ようやく抜け出すことができました」と真理は頭を下げた。
お互いに出身はどこか、仕事は何をしているのか。ニュージーランドはどんなところかを質問したり、答えたりしながらいると、食事を終えた一行がバスの方に戻ってきた。これからの行程をざっくりと真理に伝えると、竜一はもう一度名刺を真理に渡した。
「もういただいてますよ?」と答えると、PCのメールアドレスと携帯アプリのIDを書き込んだ部分を指さして白い歯を見せた。
「よかったら、真理さんの連絡先も教えてくれませんか?」と竜一が言うと、真理はこれからもニュージーランドのことやクライストチャーチのことを教えてもらおうと思い、さっき渡した自分の名刺に、竜一と同じようにアドレスとIDを書き込んだ。
一行は、明日の帰国に備え、休憩を挟んで夕方から軽い会食を開いた。竜一は代役のため中途半端になっていた仕事の整理をするため参加しなかったが、招待された支店長によると、東北各県のお偉い方は皆、今回のニュージーランド訪問に満足していて、次回来る時もアテンドを君たちにお願いしたいと言ってくれたそうだ。旅行代理店、添乗員の身としてはこれほどうれしい褒め言葉はなかった。竜一は残務を終え、会社に残っていたマイクを誘って近くのバーで乾杯した。
事情を知っているマイクは「どうなった?」としきりに「代役」の成果を聞いてきた。竜一が連絡先をゲットしたよと答えると、マイクは我が事のように喜び、「猛アタックしろ」とまくし立てる。しかし、竜一は「彼女はどこか落ち着いていてたぶん彼氏がいると思う。でもこの縁をゆっくり、大事に育てていきたい」といつになく真剣な表情でビール瓶を見ながらつぶやいた。マイクは、半分は自分の手柄だと言わんばかりに、「今日は竜一のおごりだな」と言い、店員を呼んで竜一の分も合わせてビールを2本注文した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます