2011年4月、竜一は京都の大学を出て旅行代理店に入社した。

 大学4年時に内定をもらってから、「自分は同期で一番の成績を上げる」と心に秘め、与えられていた世界各国の首都、人口、文化などが書かれた参考書をいつも眺めていた。その甲斐あってか、入社直後に全新入社員一斉に実施された基礎能力試験では120人中2番の成績を取った。1番は慶応大卒の優秀な女性だったが、竜一は小学校以来久しぶりに片手で数えられるほど上位の成績を獲得したうれしさがこみ上げた。初任地は出身地でもある長崎県に決まった。試験の結果が反映されたとは思えないが、勝手知ったる故郷で社会人生活のスタートを切れることは少し安心した。

 上昇志向の強い竜一は、新人がやらされる外回りの営業を、がむしゃらに頑張った。法人の団体旅行が多いが、時には個人の旅行も組んだ。高校を卒業するまで暮らしていた土地だから知り合いも多い。地元では有名な高校が母校でもあり、大口の修学旅行を当時の担任を口説き落として獲得した時には九州エリアで会社の表彰も受けた。

 旅行代理店の役得である添乗員業務も2年目以降増えていった。東京や京都、沖縄など国内はもちろん、ハワイやグアム、シンガポールなど海外への付き添いも年次を重ねるごとに任されることが多くなった。それと同時に、海外での勤務を体験してみたいと思うようになった。元々英語が得意なわけではなかったため、英会話教室に通い始め、自宅では洋画を吹き替えや字幕なしでみて英語の上達に時間とお金を注いだ。

 竜一が勤める会社はアメリカやヨーロッパ、アジアなど世界各国に支店を設け、日本からの旅行者の受け入れや、現地から日本への旅行の手配にあたっていた。通常、国内での地方支店に3、4年、東京や大阪、福岡など大都市での本社、支社勤務を2、3年経た後に海外勤務の希望が叶うのが通例だが、竜一は長崎支店から飛び級で海外勤務を希望することにした。4年の勤務でひとしきり会社にも名前が通じるようになった竜一は2015年の秋、翌年度の異動に向けて海外勤務希望を出した。九州エリアで海外枠は2人。希望者は7人いる。勤務地はフィリピンかニュージーランドだという。

 海外勤務を希望した7人には本社との電話面接が英語で実施されたが、以外とあっさりしたものだった。希望する理由、これまでの実績、そして英語力を確かめるような適当な会話を少し。付け焼き刃状態の竜一の英語がどう評価されたか見当もつかなかったが、それでも結果として2人の枠に入った。2枠のうちのもう一人はフィリピンのタガログ語ができたため、ほどなくして竜一はニュージーランド行きが決まった。行き先は首都のウェリントンではなく、経済の中心都市オークランド。「南半球だから季節は日本と逆か」などと漠然とした思いを抱きながら来年から始まる海外勤務に胸を躍らせていた。

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