第3話契約

「小遣い。2か月なしで良い」


 その言葉に、鬼は母へと戻される。随分と強くて有用な詠唱呪文だ。


「え……。ホントに……」


 正し、この呪文の代償は大きい。


 母は言葉を失う。口を開けたまま唖然としており、頭に「ぽかん」という文字が浮かんでいそうな表情をしている。


 その反応は当然である。僕は毎日小遣いの上昇をねだっていたからだ。

 するといつか母が観念したように「ギャンブルで勝ったらアップしてあげる」と言う。そこまで来たら僕の勝ちだ。母は特別にギャンブルに弱い。僕は今まで全戦全勝である。


 正直、僕がゲームに困らないのは、この多額なお小遣いのお陰でもあった。

 そのお小遣いは少なからず、我が家の家計を圧迫しているはずである。

 その小遣いがなくなるのは僕にとって、大分というかかなりやばいが、背に腹は代えられない。


 小遣いをどこかで下げればいいものの、母は「一度決めたのは筋通す」となぜかそこは頑なに拒否する。謎のプライドという奴を持っているのだ。


 その僕のゲーム代がなくなるというのは、僕以外の家族にとっては嬉しいことだろう。


 母がルンルン気分で帰っていった部屋で、僕は押し入れから少女を出しながらそう思う。


 銀髪の少女はひどく震えていて、押し入れから出てくるとき、僕の手をぎゅっと握った。

 そこで愛くるしいなと微かに思うが、腰元の妖光を放つナイフを見て、少女が自分を殺しに来たことを思い出す。


 ベッドに行き、少女は暫く震えていたが、僕の生暖かい視線に気づくと、はっと気づいたように足を組み、高飛車な態度をとった。

 そして、「こほん」と咳払いをし、その見た目に反した、経験を積んでいるような、年齢を重ねているような声音で、僕に問いかける。

 その雰囲気だけで、僕は大分年の離れた年上と話しているような気分になる。


「どうしたじっと見つめて。何か可笑しな所でもあるかの」


 もうそのキャラで行くのは無理があるだろと思いつつも、僕は気になっていたことを聞く。


「君は僕を殺しに来たんじゃないのか」


 その言葉に少し間が開く。

 すると少女ははっと思い出したような表情をする。が、すぐにそれに気づき、取り繕う。


「そう思っとったんだが、貴様は怖がらんようだしなあ……」


「き、きさま……貴様?」


 聞き間違いかと思った。 

 この天使のような容姿から出てくる言葉とは到底思えない。


「それに、殺してもおもしろくないしのぅ」


 口から発せられるその内容が少女と大きく乖離している。不思議な感覚だ。


「ただの強がりなら———」


 突如、少女が目の前から消えた。

 瞬きはしていない、眼も少女から離していない。にもかかわらず消えた。もともとそこには何もなかったように、視界から忽然と姿が消えた。


 少女のいた場所を確認しようと身を乗り出そうとしたとき、首に冷たいものが当たる感触が伝わる。


「———これだけで、気絶するんだがの」


 耳元で吐息交じりにそう囁かれる。

 首筋の毛が一斉に恐怖を要因として逆立つのを感じる。

 危険信号を体が出している。心臓の鼓動が早まる。


 しかし、それに反して、不思議な程、意識ははっきりと尚且つ冷静にその場に留まっていた。

 自分でもおかしいと思える冷静ぶりだった。


 少女は僕から体を離す。その時、僕は自分が少女と密着していたことに気づいた。


 少女は音もなくベッドに戻り、腰掛け、僕を見下ろし、足を組む。


「どうやら、本当に生に執着がないようだの。それもここ最近の付け焼刃じゃなく、何年も前から、いや、元来、生まれた時から備わっているような感じだなぁ」


 僕はその場を動かない。

 その心中は恐怖ではなく、少女の動きを目で捉えられなかったことによるショックで満たされていた。

 でも少しして、「目の前の少女は人間じゃないから、眼で追えなくても仕方ない」ということに気づき、我に返る。


 見ると目の前では少女が「んー。どうしようかのー」と何やら呟きながら考え込んでいる。


 僕はその答えが出るまで、ただ待とうと決める。

 そこにははっきりとした理由は無かったが、そうしないといけないような気がしたのだ。


 時間が経ち、不意になんの兆候もなく、少女は満足のいく答えが出たように、パッと顔をあげた。自分の膝に肘を置いたままの、傲岸不遜の態度のまま、彼女は僕に提案をするかのように言った。


「契りを結ぼうじゃないか。私と」


 その口元は外道の様に歪んでいた。

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