資料9 第9節

  正礼暦二一一年○月○日

  エイダ・プラウス記


『妬み令嬢』の脚本家と食事をした時に人魚の話をしたら、彼も人魚の伝説を調べていると言っていた。なんでも次の題材にしたいらしい。

 彼が港町で歌う人魚の伝説も知っていたのには驚かされた。図書館の文献にもないのに、と言うと笑われた。

 情報とは人の記憶さ。だから足で探すんだ。座っていたら誰にも会えないだろう?

 確かにその通りかもしれない。

 君さえ良ければ、と言ってくれたので甘えて港町まで同行した。数日にわたる外出を許可してくれた司祭様に感謝したい。



【土地/時期】

 後述する資料によると、セックトンランド、マンディー、グーベルグ三国戦争中と判明。つまり正礼暦三九年~五七年のどこか。

 場所はセックトンランド王国、港町のルズコート。漁も交易も盛んな町だ。

 魚はもちもん、焼きエビ、小ガニの素揚げも美味しかった。ただしイカは無理。見た目も食感もなじめそうもない。


【人物】

・ギル

 人魚、ターラ、共に面識あり。人魚に人の言葉を教えた。

 相変わらず、どこにでも首を突っ込む人だ。


・ターラ・コベット

 女性。セックトンランド王国の騎士。どの騎士団に所属していたのかは不明。

 騎士団長の裏切りで仲間を失った。復讐ふくしゅうするために団長を探す旅をしている。よく笑い、よく怒る、正直な人。


・人魚

 人魚の存在を信じている人はわずかだが、残されている話は多い。嵐を静めた。船が沈められた。漂流から救われた。命を奪われた。話の数は多いが内容に統一感はない。

 ルズコートの老水夫から第9節の裏付けが取れた。なんと、彼の先祖が当時の出来事を記していたのだ。

 紙束の状態は劣悪、字は汚い、文法はめちゃくちゃだったけど、国民の半分以上の人が読み書きできないのでは資料として残されているだけで奇跡といえる。

 こんな貴重な物をきちんと保存していないと怒りそうになったが、おとぎ話のような物を貴重と思えた自分に驚きを感じた。

 人魚が歌っていた時期はおよそ十年。

 それだけ長期間歌い続けて話題にならなかったのは、騒ぎを起こして人魚が訪れなくなるのを恐れての事だろうか?

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