第41話 逆転の一手はギリギリのところに

 藤山は再度指をはじいた。

 美幸の近づくスピードが上がる。

 迫る針を、レディース仮面は美幸の手ごと包んで止めたが、それでも、美幸の手の勢いは止まらない。

 ぐぐぐ、と近づく針。


「くっ……!」

「サす……サ、す……」

「――――わかりました。に刺されるなら、私も本望ですよ」


 レディース仮面の表情がやにわに柔和になり、口調が【めぐみ】のものになる。

 一度、彼女は静かに目を閉じ、胸元の一点を目指して美幸の手を導いた。

 ざくりと、針がレディース仮面の胸元に埋まる。

 藤山はその様子を黙って見つめていた。

 所詮、レディース仮面もその程度だったか――とでも思っているのかもしれなかった。


 だが。


 レディース仮面の胸元に刺さったと思われた針から、何かがほろほろとこぼれた。


「…………!?」


 藤山は我が目を疑った。

 針の先には袋のようなものが刺さっている。そこから粉のようにこぼれているものは……

 フロアに、いままで香っていた匂いとは違う匂いが滑り込む。


「この匂いは――――!?」

「……レディース……仮面……?」


 美幸の瞳に、わずかな光が宿る。


「馬鹿なっ……」


 レディース仮面はにい、と笑った。


「それが馬鹿な話じゃないのよねえ。藤山誠一! あんたの洗脳は解けるのよ!」


 彼女が胸に仕込んでいた袋は、紗姫と順が用意してくれた香袋であった。

 有吉にかけられた洗脳を解いたときにも順が使った香で、レディース仮面とレディースクイーンは再洗脳から自らを守るために、この香を全身に焚き染め、かつ香袋を仕込んでいたのだった。


「そもそもさっき陣内里佳の針も通さなかった防刃素材のスーツよ、あたしがそう簡単に刺されると思ったの?」


 くっ、と藤山は歯噛みした。

 レディース仮面は半分洗脳の解けかけている美幸に「絶対にここを動くな」と声をかけ、藤山と相対する。


「決着をつけましょう……と、今度はあたしが言う番ね、藤山!」

「生意気な!」


 レディース仮面は転がっていた木刀を手に取る。

 たぶん、これが最後の一発になる――――


「木刀クラッシャ――――――!!!!」


 上段の構えをとって、レディース仮面は藤山の肩を狙った。

 藤山は両手に針を持ち、片手で木刀を受け止めにかかる。

 受け止められたところから、ビキビキと音がして木刀が折れた。

 同時に、藤山のもう片方の手に握られていた針が、レディース仮面の肩を刺す。


「づうっ…………!」


 だがレディース仮面はものともせず、折れた木刀の半分をそのまま藤山の肩口めがけて突き刺した。


「ぐあっ……」


 飛んだ半分の木刀の先を受け止め、再度、藤山のみぞおちを突く。


「ぐふっ」


 藤山が初めて床に膝をついた。

 どくどくと心臓の鼓動が集約されたような痛みを覚える肩に手をやって、レディース仮面はその様子を黙って見ていた。

 おそらく肩を刺した針にも何か仕込んであったはずなのだ、実際いま指先までが痺れて動かない状態であった。

 これ以上立ち上がられたら――武器はもうこの身体しかない――

 しかし。

 藤山はそのままぐらりとし、うつぶせに倒れた。


「勝っ……た……」


 安堵のため息とともに、レディース仮面はつぶやいた。


「……レディース仮面……!」


 まだ意識のあやふやな美幸が、声をかける。


「岡部さん……」


 レディース仮面はゆっくり振り向いたが、そのまま崩れ――――

 意識がブラックアウトした。

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