第39話 秘密は誰も知らなかった真実

 最上階である五階には、むせるような香の匂いがたちこめていた。


「……っ……」


 以前の、くらくらとした感覚を思い出して、レディース仮面は髪をかき上げた。

 対策をしているとはいえ、これほどまでに濃い香の匂いだと、危うく引き込まれそうになる。


「岡部さん……!」


 もしも本当にこれだけの匂いの中にいるのなら、かつての自分や有吉のようになっていてもおかしくはない。

 嫌な予感を抱えつつ、レディース仮面は最上階に歩みを進めた。


「……藤山! いるんでしょう!?」

「――やはり来たか、レディース仮面――」


 静かな声が聞こえた。


「出ていらっしゃい、藤山!」


 かつーん、という足音が近づく。

 落ち着き払った藤山が、笑みを浮かべながら姿を現した。


「――【花嫁】は返してもらうわ! どこ?」

「まあそう慌てるな……まずはよくここまで来たと褒めてやろう」


 乾いた拍手。


「褒めてもらっても、あたしはあなたの仲間になるつもりはないわよ」


 レディース仮面は冷静に木刀を構えた。

 だが、藤山はあくまで冷静に笑うばかりだった。


「いつまでその強がりが続くかな?」

「どういうこと……」


 嫌な予感がどんどんと膨らんで止まらない。

 レディース仮面は木刀を握る手に力を込めた。


「紹介しよう。俺の【花嫁】だ」


 藤山がそう言って指し示した先に、レディース仮面は視線をやった。


「!」


 美幸がそこにいた。

 両手両足は鎖につながれており、その瞳は焦点が定まっていない。


「…………」

「藤山! あんたいったい何をしたの!」


 にい、と藤山は邪悪な笑みを浮かべる。


「ご想像通りのことさ……」


 フロア中に漂う香りが、レディース仮面の頭に重くのしかかる。


「こいつは俺の【花嫁】になる女だ。お前に邪魔はさせん……!」

「そうはいかないわ! その子との約束があるんでね!」


 レディース仮面は藤山めがけて木刀を振るった。


「木刀クラッシャ――――!!」


 だが、その攻撃は不発に終わる。

 ぬ、と現れた杖の先が、レディース仮面の肩口を突いたのだった。


「うっ……!」


 レディース仮面はしりもちをつく。

 起き上がろうとする彼女の頭の上から、穏やかな声が降った。


「そう急がずともよかろうにな、レディース仮面」


 その声に、レディース仮面は聞き覚えがあった。

 わずかに入る光が見せた表情は――――


「おじい………さま…………!?」


 彼女は愕然とした。

 その声、その表情、どう見ても、理事長のものだった。


「どうして……どうして、おじいさまが……」

「見間違えるのも当然だろうが、私は理事長の森下ではないよ、レディース仮面――いや、坂本めぐみ」


 あくまで優しくそう語る目の前の老紳士は、レディース仮面を混乱させるに十分なほど理事長に似ていた。


「まさか……あんたが……【あのお方】……」

「そうとも言われているね」

「そんな馬鹿な……なぜおじいさまと同じ……」


 【あのお方】はその時初めて、邪悪な笑みをレディース仮面に向けた。


「私と森下は双子だからだ」

「なんですって……」


 もとは二人で三原中川学院を設立したが、生徒の自主性を育てようとした理事長と、生徒を支配することで国を操ろうとした【あのお方】との意見は真っ向から対立したという。


「私の言うことを聞いていれば、いずれはこの国を手中に収めることもできたろうに、欲のない男よ」

「そんなんじゃない! おじいさまは学院のことを一番に考えて――――」


 そこでレディース仮面ははっとする。


「おじいさまが双子だなんて話、あたしは聞いていない! 嘘をつくのもたいがいになさい!」

「なんだ……あやつは私のことを話していなかったのかね?」


 無論【あのお方】が自分だとは知らないはずだと、彼は言ってのけた。

 対立した後、ひっそり姿を消したように見せかけ、その実裏でずっと学院を操っていたのだ。


「間違いなく森下と私は血を分けた双子だよ。即ちそれがどういうことかわかるかね?」

「…………」

「お前にも悪の血は流れているということだよ、レディース仮面」

「そんな……こと……」

「光と闇は紙一重だ。お前にも覚えがあるのではないかね?」


 レディース仮面は胸を押さえる。

 トオルのことを思い出していた。

 一度暴走すれば、理事長にしかストップのかけられない存在。

 めぐみが光なら、トオルは闇――――


「我々はお前の力が欲しい。これまでの非礼は詫びよう、いくらでもな。山尾トオルの存在も、我々ならサポートできよう。仲間になれ、レディース仮面」

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