第36話 力はきっとひとりのものじゃない

 瞳に危ない光がよぎる。


「よーう……また会ったな、小娘」

「山尾トオル!?」


 その名を藤山から聞いていた里佳は心底驚いた。

 自分のことを初めて【小娘】と呼んだ相手――まさかこんな場面で出てくるとは。


「そんな馬鹿な……あれだけ痛めつけたのよ、それでまだ立てるなんて……!」


 そばにあった木刀を拾い、レディース仮面――もとい、トオルは肩でトントンともてあそぶ。


「立てるさ。何度だって立ってやらァ、てめえらを倒すまではな!」


 トオルはさっきまで自分の身体を拘束していたヤンキーどもに、木刀で重めの一発をくれてやった。

 レディースクイーンを拘束しているヤンキーどもが逆上して飛びかかってくる。

 トオルは彼らにもそれぞれ突きの一発を放ち、昏倒させた。


「言っとくが俺はレディース仮面と違って手加減しねェからな。覚悟しろ、陣内里佳!」


 里佳は半ば慌てて針を構える。


「レディースクイーン! 上へ行け! ここは俺がなんとかする!!」

「トオル! でもレディース仮面は……」

「安心しろ、ここが片付いたらすぐに代わって追う!」


 里佳は三階から下りてきた。

 ならば今、三階はガラ空きのはず!

 力強くうなずいたレディースクイーンは、ヤンキーどもから奪った武器を担いで、階段を駆け上がった。


「山尾トオル……あんたと戦えるとは思ってなかったわねぇ……」


 里佳はじりじりと距離を保ちながら、トオルに話しかける。


「俺だってここで出てこられると思ってなかったさ。嬉しくてたまんねぇよ!」


 トオルは片手で木刀を構えた。


「さあ、さっさと済まそうぜ。俺は上に行かなきゃなんねぇからな!」


 里佳が片手に針を構えたまま、無言で蹴りを繰り出す。

 トオルはその蹴りを木刀で受け止めた。

 速いスピードで何発も蹴りが出る。

 そのたびにがしんがしんと木刀が揺れた。


「……やるじゃない」

「てめえもな」


 里佳は素早く針を放った。

 すとん、と、ギリギリのところで木刀に刺さる。

 目のあたりをやられたときは特に痺れも何も感じなかったから、きょうは薬を仕込んではいないのだろう。

 それでもあれは食らっていいものではない。

 視界がまだクリアでない中、これ以上のマイナスは避けるべきである。

 あまりよく開かない左目を中途半端にかばいながら、トオルは思案する。

 対、藤山とのために、エネルギーは残しておかなくてはならない。

 ならば――――


「一気に決めるッ!! 木刀クラッシャ――――ッ!!」


 見よう見まねの木刀クラッシャーだった。

 だが、トオルは、めぐみが身体の中から力をくれているような気がしていた。

 身体を低くし、里佳の脇腹のみを狙う。

 一気に木刀を叩きつける――――!


「ふぐ……っ」


 里佳は唾を吐きながら、それでも針を食らわせようとトオルの背中を狙った。

 真っ直ぐにトオルの背中を刺しにかかる針。

 だが、その思いは届かずに終わる。


「!?」


 紗姫の仕込んだ防刃素材が効いたのだった。

 針は無情にも弾かれ、力を失って宙を舞う。

 里佳の身体は一瞬浮き、ゴッ、と床に叩きつけられた。


「…………」


 トオルは肩で息をしながら、様子をうかがっていた。

 いまレディース仮面に交代しようと思えばできる、はずである。

 だが、万が一、里佳が起き上がってきたら。


「……かせない……」

「!」


 トオルはどきりとした。


「行かせ……ない……誠一様のところには……っ……」


 そんなつぶやきを残して、里佳は気を失った。

 トオルは思わずその場にしりもちをつく。


「めぐみ……あともうひと踏ん張り、頑張れよ……俺は少し休むわ」


 すうっと、気が遠くなる感覚。


「ありがとう……トオル」

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