第34話 午後五時は戦いの始まり

 昼休み、有吉も理事長室にやってきた。

 そのころには、めぐみも目覚めていたので、二人で順から事の次第を聞いた。


「廃ビルで、藤山くんは何を企んでいるんでしょう」

「あの子の言う【度胸試し】というのはね」


 自分のときと変わっていないのであれば、と、順が説明する。

 まだヤンキーになりたてだったり、幹部級の待遇をするにふさわしい者がいたりするとき、【城】を使って行うものなのだという。


「一階、二階、三階……それぞれ、幹部級だったり、それなりに強いヤンキーだったりを配置する。そこで勝負させるのね」


 その階にいる者を倒さなくては上に登れないシステム。

 つまり、上に行くほど強い者を配置する――――


「今回のシステムがその時と同じかどうかはわからないけど、恐らく最上階には美幸ちゃんがいるはず」

「多分藤山もそこにいる……」

「あのビルは五階建て。あんたたち向きにするとまで言ってたらしいから、三原中川のヤンキーども総動員と考えたほうがよさそうね」

「ちょうどいいよ……全員ぶっ潰すって決めたんだもの」


 めぐみが少しだけ親指の爪を噛んだ。


「たぶん陣内も島田くんも出張ってくるわね。二人で飛び込んでいくことになるのか……」

「私も行きましょうか?」

「母さんは丸腰でしょうが!」


 言って、めぐみは順に、頼むからおじいさまと理事長室で待っていてほしいと頼んだ。


「絶対勝って戻る。大丈夫、先生がいてくれるから」

「わたしだって。坂本がいるから、全力で戦います」


 うん。

 理事長室の中、四人は力強くうなずきあった。



 午後五時。

 廃ビルの前に、レディース仮面とレディースクイーンはいた。

 心臓の音一音一音が聞こえそうな静寂の中、ビルの自動ドアを手でこじ開ける。


「行きましょう、レディースクイーン」

「ええ」


 一歩――――足を踏み入れる。

 その瞬間だった。

 暗いビルの中から、ヤンキーどもがゾンビのように襲ってきた。

 素手の者、武器を持つ者……数えるのも嫌になるくらいの人数!


「光あるところに影あり! 悪あるところに正義あり!」


 木刀が正確にヤンキーどもをとらえていく。

 レディースクイーンのカードも、ヤンキーどもの肩口や手にさっくりと当たっていった。


「山あるところに谷があり、川の先には海がある!」

「そして! 全ての道はローマに通ず!!」

「世紀末の覇者、レディース仮面!」

「新世紀の女神、レディースクイーン! 参上!!」


 なるほど藤山が「お前たち向きに」と言った通りのことはある。

 これは各階のヤンキーどもを倒さないと、上には到底進めそうになかった。

 廃ビルゆえエレベーターも機能していないだろうから、上る手立ては階段しかない。

 この数を見る限り、順が言ったとおり、三原中川のヤンキーどもは総動員されているに違いなかった。

 レディースクイーンがカードで動きを奪ったところに、レディース仮面が次々に木刀をヒットさせていく。

 一階のヤンキーどもは、それでほとんど倒れた。



「下のほうが騒がしいな……来たか、レディース仮面」


 藤山がこつこつとチェス盤をいじり、低く笑った。

 繋がれたままの美幸はどこかぼうっとしながら、その声を遠くに聞いていた。


「レディース……仮面……」

「さて、本当にここまでたどり着けるかな……」


 藤山の対面には老紳士も座っていた。

 ぼうっとしている美幸にはその顔までわからなかったが、なぜか声には聞き覚えがあった。

 だが、彼女は今、深く考えることができないほど、思考能力も体力も落ちていた。


「たどり着けなければそれまでですが、俺はここまでくるとみていますよ。少なくともレディース仮面はね」

「楽しみだの」


 こつこつと、しばらく駒の音が響いていた。

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