第33話 【花嫁】は謎の場所で目覚める

 美幸が目を覚ますと、そこは暗い、コンクリートが打ちっぱなしの一室だった。

「…………なに、ここ…………」


 自分がなぜここに来たのか、覚えていない。

 英語準備室へ呼び出されて、そこへ向かって――

 入った瞬間、首に何か刺さった。


「そっか、そこから何も……」


 こつ、こつと、音が聞こえる。

 暗い中、目が慣れるまで時間がかかっている。

 誰かいる……?

 ほのかな明かりが見え、人ひとり分のシルエットがわかる。


「誰……?」

「目が覚めたか、【花嫁】」


 美幸は息をのんだ。


「――藤山――」

「ほう……【花嫁】殿に名前を知ってもらえているとは光栄だな」


 どの口がそれを言う、と美幸は思った。

 立ち上がろうとして、じゃり、と音がするのに気がつく。


「……なによコレ……」


 両手と両足が、まるで囚人のような手鎖でつながれていた。


「精一杯の歓迎のつもりだがな」

「【花嫁】って呼んでる人間に対しての歓迎がこれ? きっも」


 美幸は吐き捨てるように言う。


「放してよ」

「そういうわけにはいかん。お前はレディース仮面とレディースクイーンをわが手にするための餌でもある」

「!?」


 そこで美幸にも合点がいった。

 自分が【花嫁】に選ばれた理由。

 あのとき、有吉ばかりが大勢のヤンキーどもを相手にしていた理由。

 めぐみが突然化学準備室に呼び出された理由。

 自分が英語準備室に呼び出された理由――――。


「サイッテー」

「なんとでも言え。最終的にはすべて俺のものになるのだからな、レディース仮面もレディースクイーンも、そして――岡部美幸、お前もだ」


 足手まといになった――美幸はそう思ったが、いまこの状況はどうにもならなかった。


「全部……あんたのものにはならないわ! 絶対に!」


 じゃりじゃりと鎖が音を立てる。


「その強がりがどこまで続くか、見ものだな」


 藤山は立ち去った。

 代わりに、緩やかな香の匂いが、部屋にたちこめる。


「待ちなさいよっ! ……なに……この匂い……?」


 美幸の頭にぐらぐらと響くその匂いは、彼女からまた意識を奪った。



 後頭部のエクステを外しながら六階に戻ってきたトオルは、待機していた理事長と順にさっきの出来事を話した。


「裏手の廃ビル……」

「いつの世もあそこが【城】なのねえ」


 順が首を振りながら言う。


「順母ちゃん、なんか思い出でもあんのか」

「私のとき、最終決戦がそこだったわ。まだその時は廃ビルではなかったけど、中はほとんど変わっていないはず」

「覚えてるか?」

「なんとなくはね」

「なら好都合だ。めぐみにそのへんレクチャーしてやっちゃくんねぇか」

「もちろんよ」


 順はトオルにガッツポーズを見せた。

 理事長はトオルの背中を叩いて、横になるように促す。


「よく頑張ったね、トオル。お疲れさま」

「爺さん、めぐみに伝えてくれ。ぜってー勝てよ、って」

「ああ、伝える」


 トオルは眠った。

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