第17話 ひとまずは落着と見せかけて

 三人がその場からいなくなってしまって、ようやく建物の陰から出ることができた賢は、慌てて新聞部の部室を目指した。


「さっきの写真、早く取り込んで記事にしないと! あぁーインタビューしたかったー!」


 それは永久に無理だと思うけど、と美幸は思いつつ、賢がいなくなったのを見計らって校舎へ戻った。

 たぶん保健室にいるはず――その目算通り、保健室にはめぐみと順、着替えた有吉がいた。


「お順さん! 坂本さんは……」

「岡部!? どうして……」

「心配しないでください先生。美幸ちゃんはめぐみの正体も先生の正体も知っています。……大丈夫、血と一緒に薬は流れてるはずだから。深い傷でもないし、熱が落ち着けば帰れるわよ」


 順が眠るめぐみをポンと叩いて苦笑した。

 めぐみとそっくりな笑顔だった。


「止めたんだけどね私は。言ったら聞かない、頑固な子だからね……」

「先生は、どうしてレディースクイーンに……」

「今回の戦いには、同じ戦える仲間が必要だわ。あのカードは私がかつて使ったものなの」

「お順さん、レディースクイーンだったんですか!」

「昔の話よ。今の私はただの主婦、だから先生に託したの」


 順は有吉と美幸に向き直る。


「またいずれ、話をするけれど――どうかめぐみの力になってやって。この子は今まで、仲間も友達もいない中でひとりで戦ってきたけれど、今回ばかりは規模が違う」

「規模が……?」

「敵が大きすぎるの。生徒会ひとつぶっ潰せば済むなんて話じゃない」


 だから、どうか――と順は言った。


「もちろんです! わたし、戦うことはできないけど、坂本さんの力になりたい!」

「わたしもです。せっかくレディースクイーンとしてご縁をいただいたんです、学院をもとに戻すために戦えるなら……!!」

「ありがとう」


 帰っていく二人を見送る順の耳に、めぐみの起き上がる音が届いた。


「相変わらずいらんことしいなんだから、母さんは」

「あら、そうお?」

「……でも、ありがとう」

「あなたにもそのうち話すわ。今回はたぶん、厳しい戦いになる」


 二度も藤山に苦杯を舐めさせられたことで、めぐみも今回の戦いの難しさを理解している。

 いままでの相手とは明らかに違う。めぐみは黙ってうなずいた。


「さ、帰りましょ。お夕飯の支度しなくちゃね」



 チェス盤上の駒が、こつ、こつと音を立てて動かされる。

 藤山が難しい顔をしながら駒を握っていた。


「――レディースクイーンが現れたそうだな」


 老紳士が近づいてきて言った。

 藤山は一瞬、身体を固くする。


「……ええ……」

「歴史の再現のつもりか……」

「歴史の再現?」

「島田に――親父のほうだが――その名を言うてみるがいい。南の海の如く青ざめるであろうよ」


 過去に何かあったのだと藤山は察する。

 だが、いま見るべきは現在。


「キングが三原中川学院として――ナイトがレディース仮面とレディースクイーン……」

「ふむ」

「こちら側には圧倒的に駒が少ない状況です」

「島田は役に立つまいからの。陣内の娘を呼ぶか?」

「そうするつもりです」

「いずれ五年ぶりの花嫁も決めねばならんからな」

「クイーンに誰を据えるか、ということになりますね?」

「そうなる」


 花嫁――クイーン。

 藤山は一瞬、美幸の顔を思い浮かべる。

 そうして考える。

 あの娘はレディース仮面とつながりがあるようだった。

 だとすれば――――

 藤山は自分側の駒を動かす。


「うまくやれば、ナイトをこちら側に寄せられましょう」

「ほう?」


 まだ彼はレディース仮面を諦めていなかった。

 あわよくば再度レディースクイーンをも――と考えていたに違いなかった。


「ひとまずはポーンを増やしてまいります。それまでは――せいぜい島田にお山の大将を務めてもらう」

「ふっふ……計画には隠れ蓑も必要だろうしの」

「学院を――ひいてはこの国を手中に収めるため――ですね」


 二人はくくと笑いあう。

 静かな室内に、駒を動かす音と、くぐもった笑い声だけが響いていた。

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