第16話 助っ人は颯爽と現れる

 有吉実梨は保健室で目を覚ました。

 涼やかな香りがする。


「…………?」


 そばには女性が立っていた。

 会ったことがあるような、ないような……頭がまだ少し混乱していた。


「ご無沙汰しております、先生」


 慇懃に礼をされて、記憶をたどる。


「坂本めぐみの母でございます」


 ああ、と彼女は声を上げた――転校の挨拶のときにそういえば会っていた。


「ここは学院の保健室です――ご記憶は?」


 順にそう聞かれて、有吉は首を振る。

 でしょうねと順は言って、これまでのことを彼女に話した。


「わたしが……レディース仮面のニセモノに……!?」


 有吉は愕然とする。


「いまレディース仮面はかつてない危機にさらされています。先生、ご加勢をお願いいたします」


 順はもう一度慇懃に頭を下げた。

 だが有吉は首を振る。


「ニセモノとして活動してきたわたしに、今更……なにができると……」

「あなたにしかできないことがあります」


 断言する順。

 彼女はポケットからひとそろいのカードを出した。


「これを――あなたに受け継いでほしいのです、先生」

「…………」



 藤山は倒れたレディース仮面を見下ろし、こみ上げる笑みを抑えきれずにいた。


「俺の勝ちだ、レディース仮面」

「…………っ」


 レディース仮面は左手を押さえたまま、苦しそうに息を吐いている。

 もはや立ち上がる力も残されていなかった。


「その仮面の下の素顔――――見せてもらおう」


 藤山の手が伸びる。


「だめっ……!」


 美幸がその身も顧みず、飛び出しかけたその時だった。

 シュルシュルシュル――――カッ!


「!」


 藤山の手元を狙って、地面に何かが当たる。


「なんだっ」


 それはトランプのカードだった。

 投げられた方向にいたのは――さっきまで、【ニセモノ】として立っていた、有吉!


「先生っ……!?」


 美幸は賢に聞こえないようにつぶやいた。


「あれっ!? あいつ、さっきのニセモノ……!」


 賢も気がついたらしい。

 藤山は有吉をにらみつけた。


「何をしている? レディース仮面……『動け』!」

「わたしはレディース仮面じゃないわ」


 有吉は静かに言い放つ。

 藤山は彼女の洗脳が解けたことを理解し、ぐっと奥歯を噛んだ。


「だったらなんだというんだ!」

「新世紀の女神! レディースクイーンよ!」


 短めのマントが風にひらめく。


「レ、レディースクイーン!! すごいや、これはスクープだ!!」


 賢は大興奮がおさまらない様子で写真を撮る。

 有吉、もといレディースクイーンは、藤山のほうへゆっくりと近づいた。


「レディースクイーン……だと……」

「レディース仮面は返してもらうわ。これ以上あなたの思う通りにはさせなくてよ」


 藤山は針をレディースクイーンの方向へ向ける。


「そうはいくか。それ以上近づけばお前ももういちど洗脳してやる」


 はっきり洗脳と言った。

 美幸はこの学校のヤンキーどもが増えていた理由、レディース仮面が木刀クラッシャーで衝撃を与えることでヤンキーどもの絶対数が減っていく理由を一度に理解した。

 自分もヤンキーどもの一員になるところだったのだ、と、レディース仮面に助けられる直前のことを思い起こして、美幸はひとりゾッとする。

 だが、彼はそうして何を企んでいるのだろう――


「さて、わたしのカードとそちらの針と、どちらが速いかしらね?」

「……試してみるか……?」


 言うなり、藤山は持っていた針を放った。

 レディースクイーンは素早くカードを扇形にして、顔を防ぐ。

 キン……!

 針は鋭い音を立てて落ちた。


「鋼のカード……だと……!」

「去りなさい! レディース仮面に手を出せば、わたしが次に狙うのはあなたの脳天よ」


 カードを構えるレディースクイーンに、藤山はちっ、と小さく舌打ちをした。


「ふん……次はこうはいかんぞ、レディースクイーンとやら。レディース仮面ともども、必ず倒してやる……!」


 藤山は分の悪さを悟った。

 ゆっくりレディース仮面から離れ、後ずさりする。

 レディースクイーンはレディース仮面を支えて起こすと、走り去る藤山の背中を見つめた。


「行きましょう、レディース仮面」

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