第二章 ニセモノ参上、だれもかれもお熱状態

第10話 ニセモノは案外簡単に作られる

 レディース仮面が連日ヤンキーどもをぶん殴っていくことで、三原中川学院のヤンキー率は日々目減りしているように、美幸には思えていた。

 新聞部が――もちろん、主に、賢が――つど新聞で騒ぐことで、ヤンキーどもの動きも少しは落ち着いているようだった。

 それにしても、と、美幸は思う。

 めぐみは疲れないのだろうか。

 普通の高校生として授業を受け、部活……はしていないにしろ、レディース仮面として日々どたばたと木刀を振り回す日々。

 友達に、とは言ったものの、なにもできていないなぁ――彼女はそう思いながらため息をつくのだった。

 そんなある日のことだった。


「……坂本さん?」


 めぐみの様子が何かおかしい。

 ふらふらとして、まっすぐ歩いていない。


「どこか具合でも悪いんじゃ……」

「……いえ……別に……」


 ぐらっと倒れかかるめぐみを、美幸は慌てて支えた。

 身体が熱い。


「ちょっ、保健室、行こ?」


 熱だけでも測ってもらうべきだ、と美幸は考え、めぐみを引きずるようにして一階の保健室へ連れて行った。

 そこに――それは本当に偶然だった――眼鏡をかけ、優等生然とした姿になっていた藤山が通りかかった。


「…………!」


 藤山は無論、意識の朦朧としているめぐみに気がついた。

 だが、黙ってすれ違う。

 その瞬間だった。

 めぐみの鼻に、あの日嗅いだ香の匂いがほんのわずか、触った。


「!?」


 めぐみははっとして顔を上げたが、そのとき、すでに藤山はそこにいなかった。


「坂本さん? どうかした?」

「……いえ……」



 柱の陰で藤山は保健室に向かうめぐみと美幸の背中を見る。


「今が好機だな……」


 スマホを取り出し、彼はどこかへ電話をかけた。


「俺だ。計画を今夜実行する。人を集めろ」



 保健室で、美幸は呆れて体温計をのぞきこんだ。


「八度六分って。なにコレ」

「大丈夫ですよ、これくらい……」

「大丈夫なわけないでしょっ」


 美幸は無理矢理めぐみをベッドに押し倒した。


「お家の人に迎えに来てもらいましょ、ひとりじゃ心配だわっ」


 帰宅途中に倒れるかどうかということよりも、美幸はめぐみの正義感のほうを懸念した。

 めぐみなら、熱があろうが足が折れようが、間違いなくレディース仮面になる。

 そうさせるわけにはいかなかった。


「ひとりで帰れますよ、子どもじゃあるまいし」


 めぐみは起き上がって、ずれた眼鏡をよろよろと直しながら言った。


「絶対帰る!?」

「……約束します。よかったら岡部さん、おじいさまに、そのように」

「もちろん伝える!! だから早く帰って寝て!!」


 美幸はふらふらと帰るめぐみの背中を追いながら、ひどくならなければいいけど、と思った。

 そうして、ヤンキーどもがまた暴れだしたら厄介だわ、とも思ったのだが、この日、三原中川学院は異様なほどに静かだった。

 

 

 こち、こち、こち……

 時計の秒針が、いやにはっきりとした音を刻む。

 香の匂いが一面にたちこめる生徒会室の中、藤山は椅子に座るひとりの女性に話しかけた。


「さあ、目を覚ます。ゆっくり、ゆっくり、まぶたを開いて」


 ゆらり、と目が開くが、その視線は定まらず、どこか遠くを見ていた。


「あなたの名前は?」

「アリヨシ……ミノリ……」

「そう……けれど今から、もうひとつ、名前を授ける」


 こち、こち、こち……

 藤山はレディース仮面の写真を出した。


「あなたはレディース仮面だ。この学校に来た目的は――俺たちを助けるため」

「タ、ス、ケ、ル…………」

「まだ染まりきっていない生徒たちを、こちら側につけるための手助けをする――そのためにあなたはいる」

「ハ…………イ…………」


 藤山の口角がぎいと上がった。


「目を覚ましたらあなたは日常に戻る。だが俺が合図をしたら、レディース仮面として働く」

「ハイ」


 こくり、とうなずく女性――有吉実梨を見ながら、藤山は満足げに笑うのだった。


「成功だ」

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