第9話 企みは静かに進行をはじめる
走り出すめぐみの後を、美幸は追った。
「どうしてメタメタにしなかったの? あ、わたしの家、あっち」
「メタメタって……まあ、今の私は【坂本めぐみ】ですからね」
無駄に正体を明かすことはしたくないんですよ、とめぐみは走りながら言った。
「わかったでしょう。私に関わると、危ないです」
美幸は立ち止まる。
「いまのは、違うよ。坂本さんはわたしを守ってくれた」
「…………」
めぐみは少し顔を伏せると、「お家は、どっちですか」と聞いた。
ちょうど、美幸の家まであと数メートルというところだった。
「あそこが、わたしの家」
「ですか。では、ここで」
めぐみは美幸を引き離すようにそう言うと、美幸が家に入るまで見守った。
「また、明日ね? 坂本さん」
「ええ、明日」
美幸は大きく手を振る。
めぐみも、少し迷って、小さく胸のところで手を振った。
暗い部屋に、テーブルがひとつ。
藤山は静かにその部屋に入り、テーブルをはさんだ片方のソファにかけた。
「レディース仮面が現れたそうだな」
「ご存じでしたか」
テーブルの向かいに座る影がグラスを揺らす。
「悪い噂ほどよく耳に入るものよ」
「申し訳ございません」
藤山は素直に頭を下げた。
「まあ、よいさ……泳がせても面白いとは思うが、あまり遊びすぎるな」
「意外な。あなたからそんな言葉を聞くとは」
藤山は本当に意外そうな顔をして、対面の影――老紳士を見た。
老紳士はにい、と笑うと、グラスの中身を一口飲んだ。
「私もたまには寄り道を楽しんでもよかろう。それに――お前はただ奴を倒すのはつまらぬと思っておろうが?」
「参りましたね、すっかりお見通しですか」
そうですとも、と藤山は続ける。
強い者は好きだ、ことに自分に噛みついてくるような奴は。――そういう意味で、藤山はレディース仮面を自分の側に置いておきたいと思っていた。
「そのつもりで洗脳用の香を準備していたのですがね――」
先般は失敗に終わった。
あの場でめぐみが香の力に負けて「はい」とでも言おうものなら、藤山のもくろみは成功していたのだ。
あの忌々しいハウリングさえなければ。
「仮に協力者がいるとすれば厄介だな」
「ですから、こちらも手駒をそろえておこうかと――」
「目星は?」
「ついております」
「お前に任せよう、誠一。ただくれぐれも侮ることはするな」
その言葉に藤山はいぶかしがる。
「――なにか、ご存じで?」
「間違っていなければ因縁がある……。遊んでも構わぬが、ほどほどにな」
「承知しました」
老紳士は満足そうにうなずくと、どこへともなく去っていった。
テーブルの上に置かれたチェス盤に、藤山は手を伸ばす。
かつ、こつ、と駒を動かしながら、彼はひとり、思案にふけっていた。
翌日、教室に入った美幸はすぐにめぐみを探した。
めぐみは静かに自分の席で本を読んでいた。
「おはよう、坂本さん」
「……おはようございます……」
ぱたんと本を閉じて、めぐみはふうと息をつく。
「……あまり、話しかけないほうが」
「いいじゃない、友達なんだもの」
美幸はぱちんとウインクしてみせた。
めぐみはほんの少し、また、苦笑する。
彼女の笑顔をもっと見たい。美幸はそう思いつつ、授業の準備を始めるのだった。
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