第10話 樹ー知識チートドヤではお馴染みに出来ないハーバーボッシュ法



「た、タツルぅう!! 魔法の世界でなに化学ばけがくやってるんだよ!!」


 由依が思わずといった感じで俺に詰め寄る。


「おっと、少量とはいえ液体窒素だ。危ないぞ。」



 俺が風の魔法で作り出した液体窒素を由依の手の触れないところに手を伸ばす。


「わかるよ、摂氏−196℃でしょ! わざわざ魔法で作り出しちゃうなんて、どうかしている! あ、土魔法で土台つくったから、置いといて。危ないから」


「ありがと。いやー、できそうだと思ったからな。でもほら、風の魔法だけでここまで応用ができるんだ。みんなも、やろうと思えばかなりの無茶ができるはずだぞ」


「田中も、あとで科学者用の白衣を用意してもらうにゃん………樹にゃんにはあとで理科の授業をして欲しいにゃん」


 魔力切れでへたり込んでいるタナカちゃんも、科学力は力になることを一瞬で把握して、知識だけでも得るために白衣を準備するのだろう。


「とはいえ、全力で窒素に圧力かけてたから、めっちゃんこ疲れた………」


 どかっと、座り込んでポーション瓶を見つめる。

 あー、もうほとんど気化してる。

 外気とポーション瓶の温度に耐えられなくて沸騰しているんだ。


「そういえばね! そういえばね! 液体窒素をね! 真空に放り込んでね! 沸騰させればね! 固体窒素! 固体窒素ができるんだよ!!」



 理系女子というか、物づくりが大好きな安達さくらがふんすふんすと鼻息を荒くしてこちらに近寄ってきた

 黄色い安全第一と描かれたヘルメットに、ゴーグル。ポケットにはスパナやドライバーを忍ばせている。

 安達さくらという物づくりが生きがいの生き物。



「それ、僕も聞いたことがありますね。たしか、真空状態にすることで沸点が下がり、沸騰させることによって気化熱でさらに熱が奪われて固体窒素になると。」



 インテリメガネの硝子烏しょうじからすも、メガネをクイクイさせながら寄ってきた。


「俺も俺も! 俺も聞いたことある!」


 便乗系男子の坂之下鉄太も便乗して名乗り出してきた。お前は本当か?


「俺は誰だ!?」


 おまえは………お前は誰だ?

 しかし、理系の人間がこんなにも。いち理系男子として、語りあいたいものだ。


「まあ、固体にしたって使い道ないけどな。さくら、液体窒素を保存できる魔法瓶ってつくれるか?」


「液体窒素はね! 密閉で保存したらね! 爆発するんだよね! 詳しい作り方は知らないから試行錯誤するけど! 任せて欲しいかな!!!」


「テンションたっけえなおい」


「んふー! ここにきてからというもの、インスピレーションがね! ビンビンなんだよね!!」


 下から覗き込むように、さくらは蹲み込んで俺の目を見る。

 俊平ほどじゃないが、小柄な彼女が両手をぐっと握る姿は、なんというか、可愛らしいな。ほっこりだ。


「あとは、この冷凍サイクルを機械化、もしくは魔道具化できれば、液体窒素の量産ができる。そうなれば………」

「まあ、保存技術の拡大だな。」

「うむ。扱いには最新の注意が必要ではあるがな。すごいな、樹くん。」

「烏の見識の広さもあっぱれだぞ」


 俺は理科しかできないからな。


「俺も俺も!」


「そうか。ところで鉄太。ハーバーボッシュ法って知ってるか?」


「え?」


「じゃあいいや。」


 テレビかなんかで見たことを自慢したかっただけらしい。鉄太は理系じゃなさそうだ。


 ハーバーボッシュ法でぴくりと反応してこちらを向いたのは、園芸好きの裏番長、花咲萌だけだった。

 意外だけど、さすがだな。理系だったのか。

 え? ハーバーボッシュ法を知らない? この世から飢えを根絶させるような技術だぞ。wikiっといて。


「あの、みなさん、すごくはしゃいでますが、そのお水? 煙が出てますけれど、そんなにすごいものなんですか?」


 お姫様がこちらにやってきて、ポーション瓶を見て首を傾げている。


「ああ、これ? 液体窒素っつって、空気中に約70%から80%ほど存在する窒素っていう空気の元を液体にしたやつなんだ。これが液体になると、まあもうべらぼうに冷たい。うかつに触ったら凍って指が持ってかれるから、気をつけてくださいね」


地球では窒素の割合は78%だけど、異世界に来て酸素濃度が変わったら呼吸どうなんのとかそういう疑問は無粋だよな。

きっとその辺は割合同じくらいになってるのがお約束だ。


「そ、そんなものが………」


「すごいでしょ。私は「なにかやっちゃいました?」とかは言いませんよ。こころゆくまでドヤします」


「そういやタツルって、理科の模試だけ県一位とかとってたっけ………。理科一点突破で他の科目が壊滅的みたいだけど。………その得意な分野でイキるのは許してやろう。」


なんかしらんが由依に許された。



「ところで、樹くん。ハーバーボッシュ法と言っていたが………やるのかい?」


 烏がメガネをクイっとやりながら聞いてきた。

 メガネずれてないよ。安心しな。

 ほら動かすな。


「いや、さすがの俺も原理や設備や作り方まではわかんない。なんか四酸化三鉄を触媒に使うことで解決したらしいけど、そこまで詳しくはやり方なんて覚えてない。所詮は中学生の知識だ。それに、戦争が長引く原因にもなるからな。下手に技術を広めると破滅するってだれかが言ってた」



ここがなろうの知識チートドヤの世界なら、確実にハーバーボッシュ法は採用されていただろう。

でもな、俺にはそんな技術は、ない!!


「ふむ。たしかに空気からパンを作る方法。空気から火薬を作る方法とまで言われているからね。地球でも飢えを減らすのに大貢献したけど、人を殺す技術としても優れていたから、広めないが吉だろう」


 また烏がクイクイとメガネをやる。

 だからずれてないって。


「そのメガネ、おしゃれだね」

「ありがとう。」


クイクイクイ。と弄りながらどこかに歩き去る烏。

チップを渡さないと部屋から出ない外国のホテルマンかな?

よくわからないけど、メガネを褒めて欲しかったのかもしれない。


「タツルさま。タツルさまの魔法の適性は火と風だと伺っております。風魔法のように、火魔法も変わった使い方とかありますか?」


 お姫様が俺にそんなことを聞いてきた。

 なんで光彦じゃなくて俺に聞くんですか? さっき面白いことをしてたから? ごもっとも。


「あー………お姫様。火って、何色ですか?」

「火ですか? オレンジとか、赤とかですわ。」


 おけ、じゃあ炎色反応見せればいいのね。


「おーい、誰か銅貨とか持ってるかー?」




………………

………




さて、魔法で遊ぶのもこれくらいにして、と。



あ、ちなみに銅貨を燃やしても緑色に反応しなかった。なんでだろう。何か足りなかったんだろうか。

あれ、塩化銅じゃないと緑にならないんだっけ?

銅貨を粉状にした方がよかったのかもしれないけど、さすがにお金を粉々にするわけにはいかないしな。


ひとまず塩を燃やして黄色にして驚かしといた。


「では、魔法はここまでに致しましょう! 次に皆様のアビリティについてですね。皆さま、ステータスプレートの登録はしましたか?」



「はーい。」



と、モブムーブの俺。 クラスメイトたちも続いて返事を行う。


「アビリティとは、そのアビリティがそのまま効果を表すものもあれば、スキルとしてその効果が現れるものもあります。」


ほむ。田中の転身願望メタモルトリップや俺と由依の夢幻牢獄ドリームゲート夢現回廊ドリームコリダーはまさに前者だな。

多分、マジシャン消吾の次元収納アイテムボックスもそう。



そんで、光彦の聖剣使いソードマスターなんかはスキルとして聖剣を出現させ、スキルとしてなんか斬撃とか使う。みたいな。


そのアビリティが無ければ、聖剣を召喚できないし、いろいろあんのね。


おっさんの水城しのの魔道士ウィッチなんかはスキルではないが、アビリティ自体が魔法を強化して、魔法の属性をたくさん扱えるようにしてくれているのか。



「もちろん、訓練次第で覚えられるスキルもあります。頑張って訓練しましょうね」



と、お姫様がおっしゃった。


能力アビリティを意識してしまえば、どのような効果があるのか。どのような使い方なのか。おのずとわかってきます。アビリティは焦らずに育てて下さいね」


訓練してたら、アビリティ専用のスキルとかが生えてくるってことかな。


俺も夢現回廊に意識を集中してみたが、ひとまずは寝ることしかわからん。

あとは夢を見て、どうにかなるかんじ。


詳しくは自分で検証を続けないといけないな。


この世界で見た夢の経験、レベルなんかは引き継げることはわかったが、これだけでは田中のアビリティに完全に負けている。下位互換だ。



というか、コスプレしたらその技能を頂けちゃうってヤバくね?

経験や知識は田中のものになるし、やり方さえ分かれば、田中は自力でその魔法を覚えたりできるだろう。

あいつ、ハイスペックオタクだからな。



稔の暴飲暴食ハングリーも十中八九ラーニング性能持ち。

スキルの数やアビリティを大量に獲得されたら、レベルがいくら上がっても足りない。


消吾は指に挟んだトランプをクルクルと消したり表したりしてるけど、どこまでがアビリティでどこまでが手品なのかわからん


「あ、ワイの通帳の預金残高がこんなところに!?」


マジックで消した預金残高がどうしてアイテムボックスに入っているのだとツッコミを我慢した。

文字なのか? 現金なのか?


たしかに、俺のアビリティはパワーレベリングが出来るだろうが、みんなヘンテコな異能を持っているのだ。取り残されたくはないな。



「ところで、俊平は?」


ミシェル姫殿下の授業中だというのに、俊平の姿が見当たらない。


どこに行ったんだ? と首を傾げていると



「俊平なら、中庭の方で王子と第二王女とおままごとしてるっぜい」


佐之助が答えてくれた。

探知してくれたのか。


「なんでまたそんな。俊平だってアビリティの話は聞きたいはずなのに。」

「王子と第二王女からの頼みなら、お人好しの俊平には断れないっぜぃ」


「それもそうなんだけどさあ。もしかして、お姫様たち、俊平の年齢を誤解してない?」

「…………実は俺っちもその懸念はあったっぜぃ」



やっぱりか。

俊平は俺たちのクラスでは一回り小さい。


13歳14歳の俺らの中で、完全に10歳程度の低身長なのだ。

俊平は食は細い方だが、お昼休みにみんなでドッジボールとかよく混ざる。


病気とかの話も聞かないし、そういう体質なんだろうが、なんというか、不憫な子だ。


「佐之助、後で俊平に魔法のこと、教えてやってくれ」

「言われなくても教えてやるっぜい」


とはいえ、アビリティについては俊平も聞いておかないと後から大変だ。

なんせ、俊平のアビリティは自爆。扱いを間違えたらみんなを巻き込んでしまうからな。



「しゃーねー。呼びに行ってやるか。」

「付き合うっぜぃ」



お姫様に、ちょっと俊平呼んできますと一言申し入れて、俊平をお迎えに行くのだった。

なんか保護者みたいだな。











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