第9話 由依ーとりあえず月を二つ用意しておけば異世界っぽいよね
速攻で夢を終わらせたからか、起きた時間にしてはまだ暗い。
「タツル………」
あの、気持ちの悪い夢は、ただの夢?
クラスメイトが無機質な声で無機質な瞳で見つめてくる。
ホラーだった。
今までの夢とは一線を画する。
とぼとぼと回廊を歩いていると、パタリ、パタリ、と音が聞こえた
音源の方に目を向けると、タエコちゃんが窓枠に座り、膝を立ててお月見をしていた。
まんまるお月様がふたつ。
どちらも満月だ。
なんでこう、異世界って二つ月があるんだろうね。みっつじゃダメ?
「タエコちゃん。」
「なんじゃ、由依か。良い子は眠る時間じゃぞ。」
なんて言いながら優しい目を向ける。
「タエコちゃんはいい子じゃないのかよー」
なんて、苦笑しながら問うと
「ワシはいい子でも、子供でもないからのう」
などとしれっと言い放って瓢箪に口をつける。
ぱたり、ぱたり、と規則的に窓枠から音が聞こえる。
ふと、タエコちゃんの頭に目をやると、いつも頭に乗っけている葉っぱがなかった。
そのかわりにそこにあったのは、二つの丸い耳。
ぱたり、ぱたり、と規則的に音を鳴らしているのは、縞模様の尻尾。
「耳と尻尾、隠さなくていいの?」
「今更じゃろう?」
私の問いに、やはりしれっと返す。
「まあ、タエコちゃんみたいな強キャラはそんな秘密があっても驚かないけどね。頭に葉っぱ乗せてる時点で化けてるのは知ってた」
「そうじゃろうな。」
かかっと笑みを浮かべるタエコちゃん。
どこかその表情は悲しげだった。
「のう、由依。ワシは日本に残してきたものがあまりにも多すぎた。元の世界に戻るための情報が欲しい。協力してくれるか?」
「………。もちろん。だから、やけ酒はやめておいた方がいいよ」
タエコちゃんは、初めから元の世界に戻るために奔走している。戻れない焦燥感で、どうにかなってしまいそうだった。
「………由依も顔色がよろしくない。やけ酒に付き合え。」
タエコちゃんは、悪夢を見た私を気遣ってか、お酒の入った瓢箪を私に差し出した。
「ふはっ、本当に悪い子だ。普通、顔色よろしくない中学生にお酒勧めるかよー」
なんて笑いながら、私は瓢箪を受け取って口をつける。
「んっ、強いねこれ」
「大吟醸じゃ」
「ふーん、初めて飲む」
異世界で何年も過ごしていたら、そりゃあつきあいでお酒くらい飲むよ。
私はこの肉体では呑んだことなかったけど、まあ美味しい。
「由依、何があった? 先程の様子から、ただごとではないのはわかる。ワシでよかったら愚痴を聞こう。」
私は瓢箪をタエコちゃんに返すと、タエコちゃんは真剣にこちらをみた。
「私、夢で異世界を何度も旅したって言ったでしょ?」
「うむ。」
「それで、さっき、また夢を見たんだけど、たぶん………元の世界に戻ったの。1時間程度だけど。」
「なんじゃと?」
丸い耳をピクンと動かし、ぱたり、ぱたり、と音を鳴らしていた尻尾の動きも止まる。
「召喚されてから、1日経ってた。でも、みんな学校に登校して、普通に学校生活をしてたの! でも、みんなどこか上の空で、人形みたいだった。目に生気がなくって、気持ち悪くて………! どこを探してもタツルがいなくて、タツルのことを誰も覚えてなくて! 私には、あれが単なる夢だとは思えない。今、日本で起きている事実だと思うの! 確証なんてない。所詮は夢だから。でも、何度も夢を見てきた私だからこそ、あれが元の世界で起きている現実だって思えるの!」
ポロポロと涙をこぼしながら語る私に、タエコちゃんはそっと背中に手を添えた。
「…………つまり、ワシらは肉体をそのままに、精神だけコチラに飛ばされてきた、ということじゃな。」
こちらの瞳を覗き込むように私の眼を見るタエコちゃん。
夢で見ただけ、ただそれだけなのに、タエコちゃんは真剣に私の話を聞いてくれた。
「な、んで? 疑ったりしないの?」
と、コチラが逆に問うと、タエコちゃんは私の頭にポンと手を乗せて
「もちろん
「うぅ、うぅうううう!!!」
タエコちゃんは泣きじゃくる私の頭を抱きかかえ、その胸で心ゆくまで泣かせてくれた。
タエコちゃんとお話をして、泣き続けていたからか、空が白んできた。
夜明けが近いのかもしれない。
「由依!? それに妙子も!」
安心する、聞き覚えのある声が聞こえた。
「佐藤が泣いてるっぜぃ。俺っちは何も見てないから、樹っちがどうにかしろい」
「ん? 樹か。ならばワシは邪魔じゃのう。ほれ、由依。樹が来たぞ。」
ポンポンと私の背中をさすってくれるタエコちゃん。いつの間にか頭に葉っぱを乗せている。
耳も尻尾もない。
タツル? タツルが居るの?
タエコちゃんから離れて振り向けば
「何泣いてんだよ。怖い夢でも見たのか? ちなみに俺はゾンビパニックだった。俺より怖い夢はそうそうねぇぞ。」
おどけてそう言うタツルは、ちゃんといつものタツルだった。
私の知ってる、タツルだった。
「ふっ、はは、タツルだ。」
思わず笑みが溢れる。
機械的な反応じゃない。
いなくなってもいない。
いつものタツルが、そこにいた。
「おう、俺だぞ。どうした?」
私はタツルのシャツを掴み、額を彼の胸に押し付ける。
「安心した。」
泣き顔を見られたくなくて、私は俯いたままそう言った。
「おう。よかったな。」
タツルも、ただただ優しく、私の頭を撫てくれた。
双子の月は、優しく、私たちを見守って。
☆
さて、時間は飛びまして日も登った頃。
私たちは王様から私たち全員の分のステータスプレートと、言語を翻訳する指輪を賜った。
異世界に生きる環境が整ったとも言える。
私はタツルに昨日見た夢の話をした。
「ふぅん。学校に行ったら、クラスメイトみんな人形みたいだった、と。その次は聖女召喚。」
「うん、なんで、タツルだけいなかったんだろう」
「みんなの精神だけこの世界に来ている。そして俺だけがいない世界。だとしたら答えは出てるじゃんか。」
「なに?」
「俺は生身の肉体ってことじゃん? 生身で召喚されたのが俺だけで、みんなは精神だけこっちに来ているってこと」
「それって、どうなんだろう。」
「俺の部屋はそのまま残っているのに、母ちゃんが俺のことを忘れちまっているのなら、俺がいなくなったことの辻褄を合わせようとしているんだろう。他のみんなは精神だけこの世界に来ている。うは、マジか。それって俺が主人公みたいじゃね?」
現在は魔法の訓練中。
みんなが魔法を打つために、練習用の杖を持ち、体の中にある魔力を感じようと座禅を組んだり杖から魔法を出そうとして腕を伸ばしていたりする。
私とタツルは魔法の使い方についてはみんなよりはネタバレしている感じなので、座禅をしている風を装って、魔力の圧縮をしながら雑談。あ、私とタツルは杖なしでも魔法は使えるよ。余裕余裕。
一応念のため紛れるために杖は装備しているけどね。
「でも、昨日は主人公は俊平ちゃんだって………………」
「だとしても、やることは変わらねえよ。妙子が言っていたのもそうだが、由依の夢ってだけじゃ確証がない。」
「それは、そうだけど」
「逆に考えよう。俺だけ生身で、他のみんなが精神だけここに来ているとしよう。なんかみんなの能力をうまいことわーってやったら、みんなの精神だけ元の世界に送ることってできたりしないのかな? この際俺は後回しで」
「うーん? なにいってるの?」
「なんか適当なこと言ってるんだよ。こういうのは、ちゃんと時が進めばなんとかなるもんだって。」
「ふはっ、タツルは楽観視してるんだね」
「もちろん。これまでだってなんとかしてきたんだ。どうにかなるだろ」
タツルは両手を前に突き出して、風を操る。タツルの魔法の適性は火と風だ。
杖は……………ベルトに挟んでやがった。まあ、細かく動かすためにはむしろ杖はじゃまだしね。
「とはいえ、今回は脱出タイプDのシナリオの破綻が使えない。破綻できるだけの能力がないのもそうだが、自身に起きているシナリオだから、破綻のしようがない。俊平が主人公だと仮定した場合のハッピーエンドを目指しつつ、この世界から元の世界に帰れるように画策しないといけないな」
「うん」
「そのためにも、能力の検証が必要になる。」
「検証っていったって、寝るだけだよ? どうやって検証するの?」
私は圧縮した属性がつく前の魔力を身体中にめぐらせて、活性化。身体強化だ。
「もちろん、寝る。行ったことのある世界に行けるか、とか。狙った世界に行けるか、とか。夢を見ないことはできるのか、とか。いろいろな。俺と由依の能力の名前が違うんだ。夢幻牢獄と夢現回廊。系統は同じでも違う能力なんだろう。」
「………それはあるかも。」
「それに、妙子が陰陽ムーブをしているのに、アビリティは解析ときた。本当に元の世界の能力なのかもわからんし、ステータスにそれが反映されているのかも不明だ。」
「………たしかに」
「夢の世界の能力をこっちでも引き継げれば、万々歳なんだけどな。ステータスオープン」
たしかに。夢の世界の私たちは数え切れないほどの能力を持っているはずなんだ。
星を降らせたり、未来を読んだり、天候を変えたり、腕を生やしたり、穢れを祓ったり。
その能力を引き継ぐことさえできれば………。
「一晩経ってもとくにステータスに影響は………。なんかレベルがあがってんな」
「え!? どういうこと!?」
「昨日の夢、ゾンビパニックとダンジョンマスターだったんだが、ゾンビはめっちゃ倒した。そのせいか?」
「ステータスオープン」
私もステータスを開いてみる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
個体名:佐藤由依 Lv.45
種族:異世界人
魔法適性:水・土・聖
スキル:<癒しの光><破邪の矢><極光>
称号:夢幻の勇者
◆◆◆◆◆◆◆◆
………。本気出して1週間で世界救ったから、めっちゃステータス伸びてた。
「私も聖女召喚で、1週間で世界救ったから、その分だけ伸びてるっぽい………? しかもアビリティと魔法適性、スキルも増えてる。【聖女】だって。」
「なんだそりゃ。勝ったな。風呂行ってくるわ」
いや、まぁ、気持ちはわかる。
いっきに力が抜けてしまった。
つまりは、私の夢幻牢獄は、この世界で夢を見ると、その技能をいただけるみたい。
タナカちゃんとどっこいくらいぶっ壊れている能力ってことだね
「タツルも同じでしょうが。アビリティにダンジョンマスターとかは追加されてないの?」
「ないな。その辺が俺と由依の違いなんだろうか。それとも、ステータスに現れてないだけで、ダンジョンをいじれるのか………?ダンジョンコアがないから無理なのか?」
「要検証だね」
「由依、ステータスプレートは?」
「あー、昨日登録してたけど………。おっと、昨日のままだ。」
ポッケにないないしている私のステータスカードは、昨日血を垂らしたまま。最新の状態にはなっていない。
「ってーことは、ステータスプレートは血をたらすことで、情報を更新する。ステータスプレートなんて国が管理しているんだ。もう、うかつに血をたらすことはできないぞ」
「………そうね。このままじゃ私が主人公になっちゃうし。クラスメイトが死んでも寝覚が悪いからいざとなったら聖女のスキルを使うのも辞さないわ。いや、聖女には慣れているし、私が聖女として世界を救えば………あーでも、相手が穢れとかじゃなくて戦争か。聖女のアビリティも役に立たないな。」
「そうだな………。あと、レベルアップしたことで夢幻牢獄の能力にも変化があるかもしれない。注意しておいた方がいいかもな」
と、締め括ったタツル。
なんかタツルの周囲の空気がすごく熱いんだけど
「ねえ。ところでタツル。その魔法、何やってるの?
「理科の実験」
魔法の練習中だよ? しかも、魔力を感じるための。
シノちゃんは魔法を使う才能があったみたいだから水の魔法とか火の魔法とかバンバンだしているけどさ。
「マジでこの辺、空気がめっちゃ熱いよ? 大丈夫? 火の魔法使ってるの?」
「いや、使ってるのは風の魔法だけ」
「風の魔法だけで、そんなに熱くなる? 何が起こってるの?」
「俺の適性、風の魔法なんて言うからさ、今、めっちゃ
「まってそれ、何やってんのほんと」
タツルは頬に汗を垂らしながら、真剣に虚空を見つめていた。
うわ、こいつ魔法で遊んでる!!
こっちが真剣に相談しているってのに、なにしてんだよ。
「魔法で科学をするって、なんか楽しいんだよな」
「魔法で科学ってなにそれ!」
「魔法という不可思議な現象に法則を見つけて名前をつける。それが科学。魔法を科学することってできるんだぞ。」
「なんか言い始めたんだけど………」
「あ、由依、この辺の空気冷やしたいから冷水で空気だけ冷やせるか? 水蒸気が入ると台無しになるんだけど」
「そんな難しそうなこと頼まないで欲しいな………」
とりあえず、氷の柱を4本ほど立ててみた。
今の私のレベルじゃあ余裕だったけど、これ、目立つよね?
「わあ! ユイさん、氷の柱が出せるなんてすごいです!!」
授業の教師であるお姫様のミシェルが目をきらめかせてこちらを向いた。
ああ、やっぱり。
「さすが勇者様ですね!!」
でも、勇者補正のメガネの曇りようで、なんとかなっているみたい?
「うにゃー、由依にゃんすごいにゃ。田中も妄想力で負けてらんないにゃ!! お姫さま! 田中に魔道士のローブを貸して欲しいにゃ!」
「ふふっ、形から入るのですね、カノンさん」
「田中にゃ!」
「た、タナカさん?」
「そうにゃ。田中は田中であるがゆえに田中なのにゃ」
「ええ〜………?」
ミシェルが戸惑いながらも用意した魔道士のローブを手渡され、タナカちゃんが羽織った瞬間。
「来た来た! 魔力の使い方が手に取るようにわかるにゃん! 氷と風の合成魔法! <
魔道士コスのおかげか、
マジでタナカちゃんの能力は意味不明に強い。
雪符「ダイヤモンドブリザード」かな? なんだか
そんで、そのおかげか、私が氷柱を出したのなんかどうでもいいくらいにすごい魔法だった。。
「うごご………窒素が飛ばされる………………不純物が………いや、このさい不純物はあとで取り除こう。温度を下げるのが先決か」
こっちはこっちで何やってんの。
集めた窒素が飛ばないようにめちゃくちゃ踏ん張っているみたいだけど、空気は目に見えないから滑稽でしかない。
「ふにゃあ………疲れたにゃ………」
「す、すごいですタナカさん! まさか合成魔法まで会得するなんて!」
タナカちゃんは燃料切れでダウンしている。魔法の技術に伴う魔力の容量がまだ追いついていないみたいだね
ヘトヘトになったタナカちゃんを介抱してあげるお姫様がかわいそうだ。
「しかし、おかげで温度は下がった。試してみるか。」
「で、結局、タツルは何をやっていたのよ。」
私がタツルにそう切り出すと
「うーんと、舌と上顎の間に空気をためて、ぎゅっとすると少しだけ熱くなった気がしないか?」
そんなことを言いやがった。
「え? ………うーん。するかも?」
「空気を伸ばすと、逆にすこし冷たくなった気がしないか?」
「え、どうなんだろう?」
「まあ、空気を圧縮すると熱くなって、膨張させると冷えるんだよ。その性質を使って………」
タツルはどこからくすねてきたのか、ポーションを入れる瓶を取り出した。
そして−−−
ぶしゅううううう!!! と、派手な音と白煙が舞う
なんだ、何事だとタツルに注目するクラスメイトたち。
ぽた、ぽたたたっ とポーション瓶の中に液体が入り始めた。
「ふはは! 風魔法だけの冷凍サイクルで水を………というか液体窒素を錬成してやったぞこら!!!」
「「「 なにしてんのーーー!!!?? 」」」
タツルの常識外れの宣言に、クラスメイトの理系たちが思いっきり吹き出していた。
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