第8話 由依ー夢幻牢獄
シノちゃん、タナカちゃん、タエコちゃんと同室の私は、夜中に語り合う。
「いやあー、あの謁見の間で宣誓した光彦くん、かっこよかったなぁ〜。おじさん惚れ惚れしちゃうよ」
「なんじゃ。しのはあんなのを慕っておるのか?」
思考がおっさんの割に、しのちゃんはミーハーで光彦くんの事を好いている。
まあ、顔はいいしスポーツはできるし、光彦くんは見る分には優良物件なんだろうね。
タエコちゃんは王様や王女に対してイエスマンだった光彦のことを一切合切信用していなかったからね。
タエコちゃんにとっては光彦くんの評価は地に落ちているっぽい。
「たしかににゃー。田中も光彦にゃんは格好よかったとおもうにゃん。でもあのときはギャグにしか見えなかったにゃ」
「わかる〜。私もなろうで何度もみたような光景がそこにあったら、笑うしかないってね」
「ほう、光彦が演説をしておったあれも、天ぷらというやつかのう」
むしろ天丼だよ。
「そうそう。だいたい、物語でもああいうのってリーダーシップのある人が率先してみんなを賛同させちゃうんだよね。」
「しかも日本人は場の空気を読む能力に長けているから、長いものに巻かれて流されちゃうにゃ。集団圧力にゃ」
「まあ、勇者なんて祭り上げられたら悪い気はしないけどね」
なんてシノが言うけど、テンプレ経験者の私としては………もう慣れたというか、一番大事なことは
「祭り上げられるだけの功績を残さないと、ただの金食い虫になるから、それだけは気をつけないといけないぞ」
「うえ、まあ、そうだよね………。自分の能力のこと、ちゃんと知っとかないといけないね」
勇者には責任が伴う。
私も夢の世界で聖女をしていたときに、何度もその責任に押し潰されそうになった。
瘴気の発見が遅れて到着まで時間がかかり、救えなかった命も沢山ある。
その度に苦しくなって、苦しくなって、やがて何も感じなくなるの。
冷たくなる心に火を入れてくれるのは、いつもタツルの役目。
朝の日常で笑い話にしてくれる。
世界は残酷だから。
ゲームのようだと、所詮は夢の世界の出来事だと、思えないのだから。
ましてや今は現実。私が夢の世界でみんなを救ってきたように、この世界もハッピーエンドを目指してみせる。
「妙ちゃん、由依ちゃん、田中ちゃんも、自分の能力はなんだと思う? あ、妙子ちゃんはステータスプレート? っての持ってるんだっけ。」
なんてシノちゃんが聞いてくる。
「しのにゃん。『ステータスオープン』にゃ。それで自分の能力はわかるにゃん」
「うえ!? す、ステータスオープン………あ」
タナカちゃんに促されて唱えると、シノちゃんは目を丸くした
「ど、どうしたのこれ、みんな、知ってたの?」
「私は知ってたよ。」
「ワシはこの二人に教えてもらったぞい」
「アビリティの名前はなんにゃ? ちなみに田中は
タナカちゃん、そのよくわからない能力をちゃっかり試していたのか。
なろうを知ってるタナカちゃんが最強とか言うのだから、そのよくわからない能力は利便性の高い能力なんだろうね。
ちょっと試しただけで応用の仕方までわかるんだから、このハイスペックオタクの底が知れない。
「もしかして、夕食の時にメイドさんの格好をしてたのって能力が関係するの? あまりにも自然だったから、タナカちゃんに気づくのが遅れちゃったし………。」
そう、タナカちゃんは夕食の時にずっとメイドさんの格好をして、ホワイトブリムだけは猫耳カチューシャのまま給仕を行っていた。
まるで熟練の侍女のように夕食会場のセッティングを行い、給仕を行い、皿洗いや片付けまで行っていた。
「そうにゃ。田中の
むふーっ、と腰に手を当てて胸を張るタナカちゃん。
胸を張る様なことかよー。
「そ、それって凄いのかな?」
と、シノちゃんが首を捻る。
しかしそれが最強だと言い張るタナカちゃん。
ちょっとその能力についての応用を考えて………確かに、最強だ。
しかも、タナカちゃんはハイスペックオタクなので、自分でコスプレ衣装を作ることもできる。
「田中が魔法少女のコスプレしたら、どうなると思うかにゃ?」
魔法少女の能力をまるまる使うことができるってこと?
まじで最強だ。もはやレベルもステータスも一切関係がない。
コスプレをしたらそれになれる。やばすぎる。
タナカちゃんがそんなやべー能力を持っているとは思わなかった。
「にゃははーっ! というわけで、田中は文学少女の美緒にゃんと物づくりが得意のさくらにゃんと共に魔王のコスプレでも作成するにゃん!」
拳を天井に突き出して
やりたい放題するつもりらしい。なんというか、味方でよかった。心強すぎる。
さっそく能力の検証を行い、自分のものとして扱うタナカちゃんには脱帽だよ。
「が、頑張ってね………………。おじさんのアビリティは、魔道士、ウィッチみたいです。魔道の勇者?スキルはとくに無いかな。魔法の適性はなんかいっぱいあるっぽい」
「魔法を使うのに優れたアビリティってことかよー。いいなー。」
と素直にシノちゃんを羨ましがると
「由依ちゃんは?」
とシノちゃんからお返しを受けた。
「私の能力は
「牢獄ってついているのにかにゃ?」
素直に答えれば、タナカちゃんも私の能力を知りたがっていた。
クラスメイトとはいえ、うかつに能力を喋るのは現状だとよした方がいいのかもしれない。
でも、それを知っていて率先して話したタナカちゃんにも報いたい。
「うん。牢獄に囚われているのは私の方。私とタツルは、眠ると夢の中で物語の中みたいな世界に飛んでっちゃうことがよくあるの。これはたぶん、そういう能力。」
「ふーん。そういえば夢で冒険とか言ってたにゃ。それもあって、転移の瞬間に即座に行動ができたってことにゃん?」
下唇に指を当てて首を捻るタナカちゃん。
このハイスペックオタクの理解力なんなの。怖い。
「そういうことだね。なんか肌をビリビリ刺すような嫌な感じがしたから、教室から逃げようとしたんだ。夢の中とはいえ、そういう不思議なことには慣れてたからね。」
「ほへー、だから樹と由依ちゃんは落ち着いていたんだね。妙ちゃんは?」
と、聞かれたタエコちゃんは、腰からぶら下げている瓢箪から、何かを一口含む。
米とアルコールの匂い。日本酒?
この腹黒タヌキ、中学生のくせに酒飲んでやがる!
「ワシは情報を開示するのには賛成しかねるのじゃが………田中と由依には借りがあるからのう。ワシだけ教えないのも義に反する。ワシの異能は
「たしかに、情報屋らしい能力にゃん。」
しかし、式神っぽい紙の人型はどう説明するのか。
あたまの葉っぱはなんだ。
言いたいことはあるが、流石に言いたくないことなんだろう。
まあ、予想はつくが。もう大抵のことでは驚かない自信がある。
タナカちゃんも私も、あえて言及はしなかった。
「そう言うわけで、ワシにはこのカードは今のところ必要性を感じぬのでな。由依にやろう」
そして、タエコちゃんは、使い道のないステータスプレートは私にくれた。
「わお、じゃあもらっとこうかな。針とか持ってる人いる?」
「ソーイングセットはオタクの嗜みにゃ! それを進呈しますにゃ。」
「オタクが針を常備してるとか初耳だけどありがと。タエコちゃん、指輪借りるね」
「うむ。」
現状だと、指輪がないとこの世界の言語がわからない。
ひとまず優先的に用意してもらった指輪は現在、妙子ちゃんと先生と光彦くんがしているよ。
赤子から始まる夢を見たこともあるから、言語の学び方はわかるが、流石に時間がかかるからね。
日常会話を理解するために1週間は時間が欲しい。
まあ、時間はおいおい作るとしよう。
タナカちゃんから借りた針でブスッと小指をやる。
「いったーい!」
出てきた血をプレートに付着させるとステータスオープンで出てきたものと同じものが表示された。
「………代わり映えないね。スキルがあるわけでもない。」
そう思うと、謎のアビリティだけが存在する私は、夢を見るだけの能力?
実質無能力じゃない?
まさか、私も主人公だった!?
いや、私とタツルは誰よりも魔法の使い方を熟知しているじゃないか。ないない。
「これ、身分証って言ってたね、お姫様。」
とシノちゃん。
「だったら、名前だけ見える様にしとけばいっか。」
プレートをいじって名前だけ表示できるようにした。まだ名前も書いてないけど。
住所とかは、後で市役所とかで書き込めるのかな?
「さて、と。ワシは夜風に当たってくる。皆は先に休んでおって構わんぞ」
みんなの能力談義も終わったと判断したのか、タエコちゃんはお酒の入った瓢箪を肩にかけて立ち上がる。
なんでこの子飲酒してるのよ。ってかそれ、持ち込めたってことは肌身離さず酒持ち歩いてたってこと?
中学生のやることかよ!
「月見酒?」
「まあ、そんなところじゃ。」
もはや否定すらしない。
まあ、こういう強キャラは好きに行動させておくのが一番だよね。
自由に動かしてた方が情報も集まるだろうし、ほっとこ。
明日から訓練らしいし、寝よ寝よ
☆
ぺけぽこぽんぽん♪ ぺけぽこぽんぽん♪
ガシッ!
「は?」
目が覚めた。
目が覚めたら、ベッドの上だった。
ベッドは、見慣れた私の部屋のもの。
「なんで?」
なんでが過ぎる。今まで、異世界に居たでしょ、私。
もしかして、今回の夢は逆行?
今日の日付は………?
「1日、経ってる」
スマホを確認してみれば、私たちがクラス転移してから、1日が経過していた。
「ご飯よー」
というお母さんの声を振り切り、私は寝巻きのまま家を飛び出した。
何故か、とても嫌な予感がした。
「タツル! タツル!!!」
ドン、ドンッ!と隣の家をノックする。
「なあに? あら、由依ちゃんじゃない! いらっしゃい」
「あ、おばさん。おはようございます。あの、タツルは………?」
「タツル? タツルって、なんだったかしら………」
ひゅっと息を呑んだ。
「失礼します!」
靴を脱いで上がり込む。ドカドカと足音を響かせて階段を上がって扉を開けば
がちゃ!!
「タツルの、部屋だ。」
見覚えのあるタツルの部屋。
だが、誰もいない。そのベッドで寝ているはずの、タツルの姿がない。
音がなったら高速チョップするはずの目覚ましが、止まることなくピピッピピッと優しく鳴り響いている。
「ちょっと、由依ちゃん! お隣さんだからってやっていいことと悪いことが………」
「おばさん、この部屋は?」
私を注意しに来たおばさんに部屋を見せる
「この部屋は………なんだったかしら」
「タツルの部屋だよ!! おばさんの息子の部屋! 私の、大好きな幼馴染の部屋なんだよ!!」
「でも、ウチに子供は………あれ、息子が、うぅ……でも、この部屋は………?」
タツルの記憶が抜け落ちている
常識が書き変わる。
「ミーム汚染だ………」
あの日、クラスメイトが異世界に転移した時に、私たちの存在自体が無かったことにされている?
「が、学校は、どうなってるんだろう?」
☆
ひとまず、制服に着替えて学校に到着すると、
「おはよー由依ちゃん。」
「おは、って、シノちゃん!?」
先ほどまで能力の話をしていた、シノちゃんがいた。
なんで!? タツルは居ないのにシノちゃんがいる?
これが夢だから?
「シノちゃん、昨日は何があったか覚えてる?」
昨日の教室で光った魔法陣。それを覚えているはずだ。
「おはよー由依ちゃん」
「は?」
しかし、帰ってきたのは二度目の挨拶。
「………正気じゃない!」
気持ち悪くなって、駆け足で教室まで向かうと
「おはよー由依にゃん」
タナカちゃんが由依と同じような挨拶を交わしてきた
「おはよう、カノンちゃん」
「もうすぐ先生が来るにゃ。はやく席に着くにゃ」
アイデンティティともいえる田中押しをまったくしない。
おかしい。タナカちゃんはカノンって呼んだら間違いなく田中を押してくるはずなのに。
その目には、光が無かった。
学校を問題なく動くようにできている、人形のようだった
「ここが夢なら………! 正気に戻って!」
私は聖女召喚された際に手に入れた浄化魔法の力を繰り出そうとしたが、まるで魔力がない。
「うそ、じゃあこれ、現実!? 夢じゃないの!?」
夢と現がごっちゃになる。
現実だと言うのに、タツルが居ない?
みんなは居るのにどこか上の空。
私だけ、帰ってこれたってこと!?
「どうなってるのよ………」
クラスメイト達がいつものように登校してくるが、目に生気を感じられない。
「なんなんだよ、この世界は………!」
何が何だかわからない。目の前に映る光景があまりにも気持ち悪くて、私は倒れるように意識を失った
「由依にゃん早く席に着いた方がいいにゃ」
薄れる意識の中で、タナカちゃんの無機質な声が私の脳を掻き回して。
☆
「ようこそ、いらっしゃいました、聖女様」
目を覚ますと、今度はよくある聖女召喚。
今回は一人、か。
「………穢れっぽいのを祓えばいいのね」
さっきのは、夢? 現実?
わからない。
私が主人公ならば、持てる力を全て使って解決してみる。
………
……
…
1週間後
世界の穢れは祓われた。
ラスボスが邪神みたいなのだった。さっさと浄化して可愛らしいショタっぽい精霊みたいなのが変質して邪神になったとか。知らん
もう、どうでもいい。
騎士団長とか宮廷魔法職員とか王子とか、興味ないんで。
元の世界に帰らせてもらいます。
☆
「っはぁ!!」
目を覚ました。
「はぁ、はぁ。」
全力だった。
夢の世界から戻るために、全力を使った。
眠っているはずなのに、疲労が一切抜けない。
「ここは………」
スヤスヤと寝息を立てるシノちゃんと、私のベッドに侵入して私を抱き枕にしているタナカちゃん。
あの、気持ちの悪い目をした無機質なシノちゃんじゃない。
機械的に返事をするタナカちゃんじゃない。
タエコちゃんの姿は見えない。
タナカちゃんをゆっくりと剥がして、用意されたベッドから降りる。
窓から見える景色は、まだ真っ暗だ。
日没で寝たからかな。早く起きたらしい。
朝方だからか、すこし冷える。
暖かいショールを羽織って外に出る。
タツルに、会いたい。
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