第5話 樹ークラス転移において、最も勇者らしいのは主人公ではない。



「皆さまお目覚めのようですね、ようこそいらっしゃいました。勇者さま方!」


俺らが田中との会議を終えた頃、クラスメイトみんなの目も覚めていた。


そこに現れたのは、シンプルな白を基調とした青のラインの入ったドレスを着た、いかにもお姫様な格好をした銀髪の女の子。


17〜20歳くらいか?


中学生の俺たちよりは年上だ。



「あー、んー、あんたが、ココの責任者か?」


矢沢先生がお姫様(確定)の前に出て対話を試みる。


今のところ、先生も主人公候補候補なのだ。

クラス転移において、他の個性が違う者。

生徒ではなく、先生というポジションは、なろうに限らず、物語の主人公として資質の一つなのだ。



「はい。わたしはミシェル・ルルディア。ルルディア王国の第一王女です。皆様をお招きしたのも、わたくしが行った召喚魔術です。」

「しょうかんまじゅつ」



ポカーンと口を開ける矢沢先生。


「突然勇者様方をお招きしたこと、深くお詫び申し上げます。」



深々と頭を下げるミシェル。


「第一王女が召喚を一人で行ったってことは、まあ、相当な実力者ではあるはずよね?」

「独断か?」

「わからないにゃ。情報が不足しているにゃ。」


俺たちがこそこそと悪巧みをしている間に、どうやら王様との謁見を行って欲しいとのお姫様の言葉に従い、クラスメイトたちはお姫様と矢沢先生の後に続いて、召喚の間? らしき場所から出ることになった。




どうやらお城の広間みたいなところで召喚されたんだな。

つまりだ、このお城のこの広間は、召喚をするためだけに設計してある。


確信犯だ。


………

……



「田中。クラスメイトの中で、確実に味方に引き入れておきたい人物は誰だ?」

「味方にゃ? それは間違いなく葉隠妙子にゃ」

「タエコちゃんって、あの年寄りみたいな口調のあの女の子?」


葉隠妙子は、個性は揃いのうちのクラスでも、何を考えているのかいまいちよくわからない人物。

いや、まあみんなそうなんだけどさ。


葉隠は、焦げ茶色の頭の上にクヌギの葉っぱを乗せて、瓢箪をまるでアクセサリーかのように腰に下げている女の子だ。


「妙子にゃんは情報屋さんにゃ。いつもどこからか仕入れてきた情報をつかって、お金儲けとかよくしているにゃん。腹黒タヌキにゃん」

「なるほど。情報屋か。」



移動をしながらポケットからスマホを取り出して、黒い画面に映った葉隠妙子の様子を観察してみる


後方で、目をキョロキョロと動かし、窓や曲がり角を見てはメモ帳らしきものに何やら書き込んでいる。




そして、ポケットから人型の紙を取り出すと、すれ違う侍女や俺たちを警護? 警戒? する騎士の目を盗んで装飾品の陰やツボの中にふわりと投げ入れていた。


「明らかに陰陽系の異能をもってそうなムーブなんだけど」

「事態には困惑しつつも、私たちと同じようにこの世界の脱出のためにあらゆることを試しているのかもね」

「ならば味方につけるにゃん! 妙子にゃーん!」



コミュ力おばけの田中は早速、葉隠妙子へのコンタクトを図る。


「む、お主ら、珍しい組み合わせじゃな。二人の仲を割くでないぞ、花音。」

「田中は田中にゃ! 田中の前には花音なんて名前は格が足りないにゃ!」

「そ、そうかのう。田中よりはずいぶんハイカラな名前じゃとワシは思うのじゃが………。」

「そんなことはどうでもいいにゃ!」


と、話を打ち切る田中。


「して、花音よ」

「田中にゃ!」

「かの」

「田中にゃ!」

「………田中よ、樹に由依も。ワシになんの用じゃ?」



田中の押しに押し負けた葉隠妙子は根負けし、田中に何用かを聞く。


「妙子にゃんのしていることに協力させて欲しいにゃ。」



と、ここでこのコミュ力おばけは自分達に協力してほしいと頼むのではなく、相手に協力させてくれと頼んだ。


さすがだ、何度も異世界を経験している俺よりも、人心の掌握の仕方を知っている。

同じ志しだったら、俺ならば協力してくれと頼んでいただろう。

目指す方向性は同じでも、ここで差が出る。


「ふむ。ワシがなにをしようとしているのか、わかるのか?」


「わかんないにゃ。でも、元の世界に戻るためにと色々試していることは田中にはお見通しにゃ!」


「まあ、否定はしないがのう。まあ、良いじゃろう。樹と由依も。情報を提供してくれたら助かるぞい。コチラに移動する前の不可解な行動はコレを予見していたからじゃろう? ああ、ワシらを助けようとしていたことはわかる。疑ってはおらんよ。」


と言って、妙子は微笑んだ。

なんでこいつ、いつも頭の上に葉っぱ乗せてんだろう?

いや、まぁ、うん。いいや。


「いいぞ。俺と由依は、なろうのテンプレだと思ってすぐに行動を起こせたに過ぎないよ。」


「話を聞いて、田中もすぐに動かなかったことを後悔したにゃん。後から考えればたしかに、なろうっぽいってわかったにゃん」


「あと、まあ、私も夢の中とかでこう言ったなろうっぽい異世界にはよく来てたからねー。慣れかな?」


と言ったところで、葉隠妙子は首を捻る。


「ふむ。なろう、とはなんじゃ? テンプレ? 天ぷらのことかのう。」


そんなことをのたまった。

いや、まあ、中学生がなろうを読むかと聞いても、まあそうそう多くの人間が読んでいるわけではないだろう。

最近はなろうアニメがかなり多く輩出されているからイキリキッズが増えているのもある。

とはいえだ


「おい田中、こいつ情報屋のくせにポンコツだぞ! 本当にこいつでいいのか?」



俺は妙子を指差して田中に詰め寄る。

情報屋ならなろうの一つくらい知っててほしいものだがね!

田中も予想外だったみたいだが首をブンブン振って言い訳する。



「待つにゃ待つにゃ! 妙子にゃんはネットを触らないから知らないだけにゃん! 一から説明してあげれば分かってくれるはずにゃん!かくかくしかじかにゃんにゃかにゃん!」


………。



「ふむ。つまりお主らがよむ書物には集団神隠しによる、そういったある程度の定型が存在するということじゃな? 委細把握したぞい。」


「まあ、そういうことになる」


知らなかったとしても、知ることで武器にするのが情報屋の仕事だ。


「すまなんだが、そちらの方面ではワシは力になれそうにない。そういった流行り物には疎くてのう。ただ、情報提供は非常にありがたい。コレからも情報は共有してもらいたい。ワシも手に入れた情報は提供しよう。現状、ワシが仕入れた情報提供じゃと、あの姫さん以外の言語がまるで理解できん。指輪あたりに、なにかカラクリがありそうじゃ。会話の際に、右手の中指に意識が向いていたからのう。」



なんと、召喚されて15分と経っていないのに………。

この世界で会話したのは先生とお姫さまだけだ。

だというのに、妙子はその耳で騎士や侍女の声にも耳を澄ませて、そこからも情報を得ようとしていたらしい。

妙子はハイカラな事は苦手でも、情報収集能力は目を見張るものがある。

ポンコツなんて言った事は謝らないといけないな。



「うん。ありがとう、最後に妙子ちゃん。『ステータスオープン』と唱えると自分の能力とかが見えるから、後で確認したほうがいい」


「ふむ。試してみよう。そろそろ謁見の間につきそうじゃな。話はまた後でのう。」



          ☆



お姫様が俺たちを案内した場所は、謁見室。


叙勲式とかもここであげるのか、かなり広い作りになっているのがわかる。

パーティ会場も開けそうだな。



そんで、謁見の間にいるのは王様。大臣っぽい人や文官や騎士たち。


当たり前だな。


「よくぞこの世界、『アルカディア』に参られた。異界の戦士たちよ。私は“ガルヒム・ルルディア・アクト14世”である」


 発せられたその声は、威厳に満ち満ちていた。これぞ、『まさに王!』

 そう言わんばかりの王振りであった

 しかし、クラスメイトたちはこの王の言葉にざわざわと疑問顔を浮かべながら「王だ」「王じゃな」「王だっぜぃ」「俺は誰だ!?」と隣のクラスメイトと囁き合うばかり。


 状況についていけていないし圧倒的に情報が足りないのだ。

 多少騒がしくなるのは当然のことであった


そして、王様がなろうで何度も聞いた宣言して国の成り立ちとかなぜ勇者の召喚を行ったのかとか、

そういったことを言ってくれるのだが、その辺はみんなの頭にプレインストールされている情報だろうからダイジェストでお伝えしよう。


俺たちは校長先生の長話をあくびを噛み殺し、いかにも真面目に聞いていると言わんばかりの態度で聞き流すことに非常に優れる日本人のジュニアハイスクールスチューデントだ。


話にチャチャを入れることもない。


重要なところだけ抜き出すと


 今、俺たちが居る世界は『アルカディア』という世界らしい。って、なんで世界に名前があるんだろう。

 俺たちがいた世界にだって名前はないぞ。地球とかアースとかはただの星の名前だし。


 そんで、その中で、特に魔法についての深い理解がある国こそ、今俺たちがいる“ルルディア王国”だ。


 そう言われても、現代日本に生きてきた俺たちには実感はわかず、ざわざわと騒ぐばかりだ。

 多少、魔法と聞いて少しだけ浮き足立った程度であるが。


 そして、王家に伝わる秘術で異世界とアルカディアを繋ぐ門を開き、勇者の素質を持つ者を召喚さしたのだという。


―――なぜ、そんなことをしたのですか?


 手を上げてその質問をしたのは、光彦からだった。

 勇者を呼んだ理由は、まさに世界の危機だったからだ。


 魔王が数百年の封印を経て復活したからである。


 この世界には、5つの大陸がある。


 北東に人間の住まう大陸。  “ジラーダ大陸”

 北西に精霊種の住まう大陸。  “ラグナ大陸”

 南西に魔人の住まう大陸。  “トール大陸”

 南東に獣人種が住まう大陸。 “ヒタフジ大陸”

 神々が住まうとされる大陸。 “マベヒッツ空中大陸”



 人間が住まう“ジラーダ大陸”と隣接するのはエルフや妖精族、巨人族、小人族などの亜人が居る“ラグナ大陸”と人魚や狐人、犬人、猫人、虎人などの獣人種が住まう“ヒタフジ大陸”の二つであり、魔人が済むトール大陸とは、どちらかの大陸を経由するか海を渡るかしか、行き来する方法は無いとされている。


 神々が住まうとされる大陸、“マベヒッツ空中大陸”へは行き方すらわかっていないそうだ


なんかこう、うまいこと生活圏の区切られた大陸なんかはいつものことだ。だいたいそういう世界だ。


 そんな中、“トール大陸”に住まう魔人が、魔物を率いて侵攻を開始。

 “ラグナ大陸”と“ヒタフジ大陸”のほぼ全域を植民地として支配してしまったそうだ



 囚われた亜人や獣人種は奴隷のように働かされているとか


 このままでは魔人が“ジラーダ大陸”に攻めてくるのも時間の問題だ。


 しかし、人間族は獣人よりも身体能力が弱い。

 亜人よりも魔力の量も少ない。


 人間族がそういった亜人種より優れた点は高い繁殖力とどんな場所でも生きていける生存力だけだった。


 このままでは“ジラーダ大陸”も征服されてしまうのは当然だ。


 ならば、最終手段に打って出るしかなかった。

 禁忌とされる召喚魔法のその極意。


 異世界より勇者の素質を持ったものを召喚するという方法でしか、人間族には魔族に対抗する手段は残されていなかったのだから


 数百年前に勇者を召喚し、その力を持って魔王を退けた。

 現代に残るその魔法に頼らざるをえないのだ。


 しかし、その魔法には莫大な魔力が必要であり、王族に伝わる秘術で神々の大陸、マベヒッツ空中大陸から魔力を借り、それでもなお召喚できる可能性は低かったらしい。




 ひと月ほど前、神々との親和性の高い王族の娘であるミシェルが憑代となって神から力を借りると、その時、1柱の神から神託が下った。

 “異世界より勇者の素質を持つ者達をそちらの世界に送る”と



 すべての準備が整ったところで異世界とこの世界を繋ぐ門を作り、勇者の適性を持ったものをこちらに召喚したのだ。





                ☆


「なるほどのう。それでワシらが召喚された、というワケじゃな。」



 王が話し終えると、謎が解けたと言わんばかりに妙子は頷いた。

 頭上の葉っぱがぴょこんと揺れる。


「お主たちを巻き込んでしまったことを、本当に申し訳なく思っている。」


 深々と頭を下げる王。王が軽々しく頭を下げるものではない、ということは、さすがに中学生でも知っている。

 俺もそれには驚いたよ。


「そんな、頭を上げてください! この大陸がどれだけ切羽詰まっているかというのはよくわかりましたから!」


 それに対し、光彦が慌てたように頭を上げるように催促する


「そうか、だが、それでもお主たちの人生を狂わせてしまった事実は変えられん。私からできることは何でもすることを、ここに誓おう。」


 なおも頭を下げ続ける王に光彦も眉をしかめる。

 そんな彼に助け舟を出したのは、担任の先生である矢沢先生だ。


「ならば、私達の質問に答えていただきたい。先ほど、勇者と言っていましたね。勇者とはいったいどういったモノなのですか?」


 先生の質問に対し、ようやく頭を上げた王は、説明の続きをするために体を起こす


「勇者とは、魔族を打ち倒すことのできる、光の剣を持った神の使者である。念じれば剣が出ると、先代勇者の残した碑文に記されておったのだが………。そなた等にはそのような能力があるのであろう?」


「………お言葉ですが、我々はごく普通に暮らしていた、ただの学生です。争いごとを好みません。故に、剣などと言う人を傷つける道具を持ったこともありません。あとついでに言えば、あなた方の言う“魔法”というモノについても、私達は何一つわからないのです。」


「なんと………魔法の無い世界からとは………」


 驚愕に眼を見開く王。

 テンプレなんだよなぁ。

 俺と由依はその様子に顔を見合わせて苦笑した。俺たちは魔法のない世界からきたが、使い方は知っているのだから。


「それに、私達は合計で33人だ。勇者というのは、33人も居るものなのだろうか。これについてはどう思われるのだ?」


「それは………」


 王の視線が泳ぐ。

 それに気づいていながら、先生は話しを続ける。


「私達は、本当になんの力もない一般人なのです。いきなり魔王と言われても、勇者と言われても現実味に欠けていていきなり信じることはできないのですよ。ましてやそれを他人任せにして私達に倒してくれと。正直言って、なにをいってるのか全然わからないんだ」


 一見すると挑発しているようにも聞こえるこのセリフだが、王たちは誠意を見せるつもりでいることを先生は把握していた。

 先生はあえて、自分たちは今のこの現状に不満を持っていますということを前面に押し出し、交渉をしやすい場を作り出したのだ



「もうしわけない。我々に神託を下さった神、『サニエラ様』からは勇者の素質を持った者たちをこの世界に送ると言われておりましたが、さすがに33人というのは、我等にとっても予想外であったのだ。だが安心してほしい。我が国が誠意をもってそなた等を保護することを誓おう。我々が、全くこの世界に関係のないそなたらの人生を狂わせてしまったのも事実であり、これは決して許されることではないというのは我々も分かっているのだ。その上で、無茶なお願いをしているというのもわかっているが、どうか力を貸しては下されぬか」


 再び深々と頭を下げるガルヒム王に対し、まだ情報が足りないとすぐにうなずくようなことはせず、冷静に先生は


「もしも、俺の生徒のなかで戦いたくないという者が居た場合、どうするのだ?」


 先生は今自分が危ない綱渡りをしているという自覚があるが、それを表には出さず、情報を聞き出しながらできる限り穏便に元の世界に返してもらえるように交渉しようとしているみたいだね。

 今は“勇者かもしれない”という立場のおかげで優位な位置にいるように感じてしまうだけで、本来ならただの学生である俺たちはアウェーなんだよ。


「その場合は、こちらで仕事を紹介しよう。そなた等の身分は私が保証する。身勝手ながら、さすがに33人も食費を提供し続けられるわけではないのでな」


 先生が一番聞きたかったのはそこだ。

 こちらは33人。さすがに王城とはいえ、自分たちの面倒を見続けることは不可能のはずだ。

 さらに、自分たちはつい数十分前まで学校で修学旅行の話をしていただけに過ぎないただの学生とただの担任。

 戦争とは無縁の存在である自分たちに魔人との戦争をしろと言われても大半のモノは恐れてそんな危ない所に行こうとは思わない。

 たとえ、召喚されたなんらかの影響で特別な力を持っていたとしてもだ。


「わかりました。では最後に………元の世界には帰れるのでしょうか?」


 それが、クラスの全員が気になっていた事だ。

 こちらには呼び出せる。だが、元いた世界に帰れないではやってられないのだ。

 先生の中ではもはや帰れることが前提として話を進めていた。


 だが、そんなことは知らない生徒たちは息をのんで王の言葉を待つ


「それについては、すぐにできるというわけにはいかないが、可能である」


 その返答に安堵のため息を漏らす俺たち。


「具体的には?」


 先生はそれでも足りないと、どうすれば元の世界に戻れるのかを問う。


「もう一度異世界の門を開く。だが、こちらに呼び寄せるのとこちらからあちらに送るのとでは難易度が段違いなのだ。それに、『サニエラ様』よりお借りした神力をまだ返せておらぬゆえ『サニエラ様』から再び力を借りるわけにもいかぬのである。」


「方法がないわけではないのだろう? どうすればその借りた力を返せるのか教えてください」


「………そなたらが魔王を倒せば、その魔王の力を『サニエラ様』に譲渡することで借りた時以上の力を返すことができ、その余剰分の力で、お主たちを元の世界に戻すことが可能になるはずである」


 頭を右手でガシガシと掻き、先生は嘆息する。

 王が言うことを端的にまとめると、『元の世界に帰りたければ、魔王を倒せ』ということらしい。はいはいテンプレテンプレ。

 揚げて食えるくらいいっぱい見てきた。

 しかもそれで元の世界に戻れる“はず”ときた。

 そのくそったれな状況に、思わず舌打ちをしたくなったが、それを口には出さず


「………そうですか。わかりました。こちらからの質問は以上です。すこし、生徒たちにも考えさせる時間をください。」


「………わかった。」



 先生は質問を終えると、クラスメイト達に振り返る。

 何人かの生徒は王の口ぶりに気付いたようだが、大半の生徒は魔王さえ倒せば元の世界に戻れるのだ。

 と希望を見出し、表情が明るくなってきている。


「よかったぁ、ちゃんとかえれるんだぁ」

「本当によかったね、俊平くん」


 それに水を差すようなことは、気だるげながら生徒のことを第一に考えてきた矢沢先生にはできなかったっぽい。


 いつも気だるげな先生がいつになくまじめな表情でいることに生徒たちも黙って先生の言葉を待つ


「お前ら、どうしたい?」

「先生………」


 先生の出した答えは、『生徒自身に決めさせる』ことであった。


「わりぃな。ここは学校じゃねえどころか地球ですらねーから、先生っていう肩書はもう意味をなさねぇ。今の俺ぁせいぜいこの世界でのお前たちの保護者でしかねーんだ。てめーらの人生だ、てめーらで決めろ。俺ぁお前らが情けねェ答えを出そうが勇敢な答えを出そうが、それを称えはすれど非難する資格なんざねぇからな」


 自分ではどうすることもできないことに、悔しそうに歯噛みする先生。


「正直に言うと、俺はお前たちにそんな危ないことをしてほしくねーんだ。俺ぁてめーらを無事に帰らせれば、それでいい。そういうのは、大人である俺に任せておけばいいんだ。お前らみたいな社会を何も知らないガキにさせていいことじゃないからな」


 口は悪くても、先生は生徒のことを第一に考えるいい先生であった。

 だからこそ、生徒からの人望は厚いのだから。



「安心してください。先生は、俺らの先生ですよ。」


 一番最初に答えを出したのは、生徒会長の虹色光彦であった。

 そんな場面のテンプレも幾度となくみた。

 こういった、ヒーロームーブができるやつは、天才なのだ。なろうの鉄則だ。


「それに、先生ばっかりにかっこいい所を持って行くのはズルいですし、俺達も戦います。なにより、俺は困っているこの世界の人々のことを放っておけないんだ。俺達には“勇者の素質”っていうのがあんですよね? それをこの世界の為に使わなくて、いつ使うんだって話ですよ!」


「光彦………」


「それに、なんだかこの世界に来てからというもの、なぜかすごく力が溢れて今にも飛びだしそうなんだ。今なら俺、何でもやれそうなきがする! これが勇者の素質って奴なんだと思う。先生だって、いま似たような感覚が体の中にあるんじゃないんですか?」



 そう言われてみれば、みんな胸に手を当てて万能感みないなものに浸る。

 他の生徒たちも同様であった。

 俺と由依も同じようなモブムーブを行う。二人して苦笑した。


「俺達は、ここで何かをなすために他の誰でもない俺たちが召喚されたんだと思います。俺達が動かずしてこの魔人に対抗できるわけがない。俺達にしかできないんだったら、俺はやります!」



 光彦はなんかふわっとした宣言し、右手を頭上に掲げると、そこに光が集まり始めた。

 初めは蛍火のようなかすかな光だった。それが集まり、群れと無し、その光は形を作る。


 集まった幽かな光は次第にその姿形をあらわにする。


 ひときわ明るく光を放ち、その光量に生徒たちや王も目を細める。


 だが、誰一人としてその神々しい光景から目を逸らすことはなかった。


 次第にその明るさが落ち着くと、光彦の右手には【光の剣】が握られていた!!

 で、で、でたー!! なにやら伝説の勇者らしきものにしか使えなそうな伝説っぽい雰囲気の伝説の光の剣!!


「っ!………っ!………っ!」

「ふっ………はっ………!」


 何万回もなろうでみたような光景が目の前に広がり、俺と由依は笑いを堪えるのに必死だった。


「にゃふっ………………!」


 近くで静かに待機していた田中も、堪えきれなくて顔を押さえて俯いていた!!

 異世界経験は初めてのはずなのに、田中はテンプレ慣れしているおかげか、目の前の光景がギャグにしか見えなくなってしまったようだ。俺たちのせいだ! ごめん!

 ぴくぴくと動く肩は、間違いなく内心で大爆笑をしている。息を全部吐いて、みんなの雰囲気を壊さないように無理やり静かに大爆笑をしているのだ!!!

 耳とかもう真っ赤だよ。気持ちはわかる! 俺も同じだからな!


 そして、そんな伝説の剣っぽいのをみた王様たちは光彦をよいしょするに違いない。


「あれはまさしくそれは勇者の証! “光の剣”の伝承は本当だったのですね! さすがです! 勇者様!!」



「ぐっ………………!」


ほらきたよいしょ! 見慣れたもんよ!


 ガルヒム王の隣にいた女性、ミシェルが興奮したようにうっとりと光彦を見つめていた

 あ、これは惚れたな? ミシェル姫はテンプレ勇者ムーブを行う光彦に心を弾ませているのが伝わってくる。


「俺は人間を魔人に支配されたりなんか、絶対にさせない! みんな、オレについてきてくれるか!?」


 勇者の証である光の剣を握り締め、生徒たちを鼓舞するように生徒の心を突き動かし、自然と聞き入らせる、圧倒的なカリスマ。

 そうなったら、俺はとうぜんモブとして乗っかるに決まっている!!


「「「「 うおおおおおおおおお!!! 」」」」



 光の剣を出現させた光彦のそのカリスマに、生徒たちも、王のそばに控えていた騎士や魔術師らしき恰好をした人たちまでも拳を天に突き出して叫んでいた


「ま、光彦がそういうなら、オレは付いていくぜ! な、リキ!」

「………!」

「瞬もリキも勝手なことをするな! まぁ、私もお前たちが心配だからな。仕方ない」

「わ、私も、この世界の人たちの為に、やれることをやりたい!」



 生徒の中でまず決意表明をしたのは、テンプレ勇者“虹色光彦”の幼馴染である

 最速の韋駄天“早風瞬”

 無口ながらやさしい筋肉質“松擦力”

 空手部大将“百地瑠々”

 癒し系清純派大和撫子“北条縁子”

 という生徒会超人メンバーであった。


 さらには


「フヒッ、ここれでぼボクもひ、ヒーローになれるなら、いいかも、ね。クヒヒ」

「なんじゃ、お主笑い方が気持ち悪いのう、浩幸よ。独り言はやめた方がよいぞ。」

「俺っちはいまいち信用はしてねーけど、しばらくはなりゆきに任せるっぜぃ」

「おじさんも光彦くんにどこまでもついていくよー!」

「俺は誰だ!?」

「ワイもいっちょ世界の為に盛大なマジックショーを開いたろうかいね!」



 根暗の“坂本浩幸”

 謎の情報屋“葉隠妙子”

 エロガッパの“西村佐之助”

 おっさんの“水城しの”

 凄腕マジシャンの“加藤消吾”


 といった個性的な面々も光彦の宣言で魔人との戦争を前向きに捉えていた


「こ、こわいけど、がんばりますぅ! ね、美香ちゃん!」

「………うん。でもどうせ、濡れるけどね。あと私は死ぬのよ。」

「うまい飯が腹いっぱい食えりゃなんでもいいや」

「にゃふっ、たっ、田中も精一杯がんばるにゃん♪」

「ふむ。運動は苦手だが、バックアップは任せてくれたまえ」

「俺は誰だ!?」


 ドジッ子巨乳水泳部の“岡野真澄”

 なぜかピンポイントネガティブ雨女の。“池田美香”

 大食漢の団体一名様“太田稔”

 笑ってんじゃねーよ田中。“田中”

 インテリメガネ委員長の“硝子烏しょうじからす



「チッ やってられっかよ」

「でもゲームみたいで楽しそうじゃねーか?」

「俺はわくわくするな」

「俺は誰だ!?」

「アタシも、テンアゲなんだケド~。カナは?」

「うへへ、あたしはケモミミ少女が居たら充分かも」


 素行不良のチンピラ信号機赤“赤城雄大”

 チンピラ信号機黄“黄島蓮”

 チンピラ信号機青“青葉徹”

 ギャルの“内山ヒロミ”

 ケモナーの“上村加奈”



「ふぁ~ぁ。ねむ………でも、やってあげるわ」

「拙者の本当の実力を発揮する機会がようやく来たでござる。忍忍。くぁ~ぁ」

「優子のあくびが感染うつったわ ………ぁふ」

「くぁ………俺は誰だ!?」

「わたしは、本さえ読めればどうでもいいわ………ふぁ………。」

「おなじくっ! 私もね! モノづくりがね! できたらね! それでいいよっ! くぁ」


 あらゆるものを感染させてしまう感染系女子“荒川優子”

 輪ゴマー忍者の“服部はっとりゴンゾウ”

 園芸好きの裏番長“花咲はなさき萌”

 引きこもりの文学少女“本田美緒”

 モノづくり系女子“安達あだちさくら”



「異世界召喚上等! 私の唄で世界を平和にしちゃうわ!」

「HY YOU! 同じくやってやるYO!」

「俺は誰だYO!?」

「俺も俺も! 俺もやるYO!」



 ボケっぱなしの声楽部。“白石響子”

 ヒップホッパーの“佐久間太郎”

 便乗系男子“坂之下鉄太てつた


 さらには………


「僕にも、できることがあるなら………やってみるよ!」



 チビでチキンの“緑川俊平”までもである。

 光彦の宣言で、クラスは一つになった!!


「お前たち………」

「おお! やってくださるのか!」


 その様子に先生は若干呆れながらも生徒たちの意思を尊重しようと思い、皆の意思を統一してしまった光彦にやや恨めし気な視線を送ってから、頷いた。

 王やミシェルはホッとした様子で生徒たちの様子に満足そうに笑みを浮かべる


「ぶっふぅーー!!」

「ふっはー!」



 そんで、テンプレ経験者である俺、“鈴木樹”と“佐藤由依”の笑い声は、みんなの歓声に溶けて消えた。


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