第4話 由依ーステータスはどうせインフレするから見ない


 ヒヤリとする石畳

 私は頭を振って起き上がる。

 流れる黒髪は佐藤由依のもの。つまり転移。


 パターンBの転移であることがわかる。


 パターンAは現在の年齢

 パターンCは高校生の姿だ。



 以前の聖女召喚でも、高校生の制服を着ていたからね。

 何度も転移していると、自分の本来の年齢よりも高い年齢で召喚されることがあるんだ。


 今回の夢はいつものやつかな………



「やりました! 成功ですわ!! お父様に報告しなくては!」


 との声が聞こえることから、恐らく、召喚者は女性。

 たったったっ、と遠ざかっていく足音。

 まさか説明役がどっかいっちゃうとは。そのパターンは初めてだよ。


 ドアも開いたままだ。


 巫女か神官か、聖女? 言葉遣いから王族の可能性もある。

 となると、


「うぅん、この感じは、勇者召喚?」


 勇者召喚の場合は大抵は1〜5人のランダムだ。

 そして、時折り巻き込まれた奴が現れる。


 さて、今回は何人が召喚され………


「なっ!!?」


 周囲に倒れているのは、我が素敵なクラスの素敵なクラスメイト達。


 そうだ、思い出した。


 これは夢じゃない!!


「タツル、タツル!! 起きんぐぁ!!」


 バシッ! と口元の音源を高速チョップされた。


「ここは、勇者召喚か? なんで由依がって、そうか、確か魔法陣が光って意識を失って」

「まず謝らんかい!」


 そういや、タツルって寝起きめちゃくちゃ良いんだった。


「ご」


 ヒリヒリする口を押さえて涙目で睨みつけると、手のひらを縦にして一文字だけで謝りやがった。


「ゆ!」


 しょうがないから一文字で許してやるよ。



「状況は理解した。クラス転移だな?」

「うん。蠱毒じゃなくて良かった」


 それについてはほっと息を吐いた。


「2.4.6………32。倒れてるクラスメイトの抜けはなし。先生も含めて、全員揃ってる。」


 クラス転移は初めてだけど、なろうだとクラス転移で転移漏れのパターンもあった。

 だけど、今回のクラス転移は全員揃っている。


「おい、光彦。起きろ。」

「ユカリコ、起きて。」


 ひとまず、タツルが倒れている男子のまとめ役、生徒会長の光彦を起こし、私はは女子の代表であるユカリコを起こす。


 ユカリコなんかは、俊平ちゃんを庇ったのか、中学生にしては大きな胸で俊平ちゃんを押しつぶしていた。

 窒息してないかー?


「ううん、ココは?」

「あれ、どうしたんだっけ?」

「教室で魔法陣が光ったのはおぼえてる?」

「ああ………」

「その後の状態がこれだ。」



 頭を振って起き上がる。2人にひとまず状況を説明したよ。


「とりあえず、みんなを起こしていってくれないか? 俺は由依と状況を整理したい」


「ああ、わかった」

「うん。俊平くん、起きて」


 すぐに行動に移してくれるあたり、2人とも優秀なんだよね。


「由依、今までの夢のスキルや魔法は使えるか?」


 それは私たちが一番気になっている奴。

 夢で手に入れた能力を使えるのか否か。

 夢の世界で手に入れた便利な足。瞬間移動の発動とアイテムボックスを念じて見たが、発動しない。



「だめ、発動しない。夢じゃないからかも」

「そうか。俺もだ。脳死なろう作家がやりそうなイキリ俺TEEEムーブでさっさと問題解決したかったのに」

「なら………」


 脳死だのイキリだの言ってるくせに、そういったなろうをいつもちゃんと読んでるあんたはなんやねんとツッコミを我慢しつつ

 検証を続ける。


 夢の使えないことに嘆いても仕方がない。

 そういった異能を使わなくても夢幻牢獄を脱出したことなどいくらでもあるのだ。

 使えないのならそういうムーブをするだけよ。


 それに困った時の『ステータスオープン』がある。


「『ステータスオープン』」


 ヴン! 

 出た。謎のウインドウ。

 となると、異世界に飛ばされたが、ここもなろうテンプレの世界ってことね。


 さてっと、表示されるステータスはっと、



◆◆◆◆◆◆◆◆


 個体名:佐藤由依 Lv.1

  種族:異世界人

  能力アビリティ:【夢幻牢獄ドリームゲート

  筋力:100

  敏捷:100

魔力障壁:50

  魔力:50

  通力:100

魔力浸透:100

  器用:100

魔法適性:水・土

 スキル:<  >

  称号:夢幻の勇者


◆◆◆◆◆◆◆◆




 あー………………。だめだ、謎のオリジナル数値の項目が邪魔でぜんぜん頭に入ってこない。


 いや、数値に関しては正直言ってどうでもいい。

 どうせすぐにインフレする。

 こんな意味のないもん見せんなと言いたい。


 そんなもん消して消して。



◆◆◆◆◆◆◆◆


 個体名:佐藤由依 Lv.1

  種族:異世界人

  能力アビリティ:【夢幻牢獄ドリームゲート

 魔法適性:水・土

 スキル:<  >

  称号:夢幻の勇者


◆◆◆◆◆◆◆◆


 ひゅーっ! これで見やすい!

 このくらいシンプルでいいんだよ。


「『ステータスオープン』」


 私がステータスを見たのを確信し、タツルもステータスを見る。

 どうやらステータス画面は本人にしか見えないようだ。


「レベル制か。まあ、こんなものはすぐにインフレするから数字はどうだっていい。無視でいい。」


 やはり幼馴染。異世界を何度も経験しているタツルも同じ感想だったようだ。


「私の異能は【夢幻牢獄】………元の世界の不思議な夢のことかな?」

「俺のは【夢現回廊ドリームコリダー】………まああの夢幻牢獄のことだろうな」


 なんかもう、名前だけでタツルも同じ系統の能力だとわかる。


「ほいっと」


 パシャ、と手から水が落ちる。魔法を使う感覚は夢と同じだ。慣れたものだ。


「適性のある魔法は使えるね。適性ないから火は出せない。」

「魔法とかの使い方が分かるのはずいぶんなアドバンテージだが、置いておこう。」


 タツルも指先にライター程度の火を灯し、すぐに握り潰した。


「なろうのクラス転移でまとめて召喚された場合、いくつかのシナリオがあるな。」

「詳しく、タツル」


「クラス転移なろうのテンプレシナリオだ。


 シナリオ A

 召喚国のきな臭さに気づいてこっそり抜け出た場合

 ルート1 魔族や獣人モフモフに協力する裏切りハーレム(幼女もつくよ!)

 ルート2 戦争を無くすために裏から奔走

 ルート3逃げた主人公以外は洗脳されて傀儡。


 シナリオB

 最弱のやつが嵌められ追放復讐、もしくはハーレム

 ルート1 裏ダンジョンレベル上げRTA(最下層で精霊みたいなヒロインゲットだぜ!)

 ルート2 強運の人脈と謎ユニークスキル無双(ハーレムゲットだぜ!)

 ルート3 国に処分を言い渡され処刑用の兵士を派遣され、ヒロインに助けられる。実は素敵な能力持ちだった件


 シナリオC

 再び同じ異世界に飛ばされた2周目異世界強くてニューゲームのイキリマン

 ルート1 俺強くないんですドヤムーブ。シナリオAに続く。

 ルート2 やれやれ、この銅像俺にまったく似ていないじゃないかやれやれ。まったくもうやれやれだなぁ。


 ………ってところかな」


「よくこの一瞬でスラスラと言えるよなー」


「ある程度適当だからな。レベル制だから、どっかのゲームの世界である可能性もあるが、困ったことに俺はなろうは読むがゲームはポケモンとスマブラとイカしかしないんだ。だけど、まぁ今までの経験をもとに推測くらいはできる。」


「でも、それに伴って主人公を設定する必要があるね。」

「主人公は地味で陰キャラだとテンプレなんだが」



 ちらっとユカリコに起こされる坂本浩幸陰湿根暗を見ると


「ククキキ、ゆ縁子がぼボクをおっ、起こして、くれた。や、や、やっぱりボクにほ惚れているのはまー、ま間違いない」


 なんて気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「ありゃあ寧ろ敵に回るタイプの陰キャだぞ。」

「そうなんだよねぇ」

「主人公属性持ちの陰キャラが、うちのクラスにはいない。全員個性派だ。」


 生徒会長の虹色光彦くん?


 あの人は勇者だよ。絶対に主人公じゃない。

 勇者と主人公は別物だ。なろうにおいて、安易に一緒くたに出来るものじゃあない。


 かわいそうに、ラブコメなんかじゃ当て馬に、なろうでは勇者に。そうなる運命なのが、私とタツルの中では確定しているのが、あの虹色光彦という男なの。


 ほら、なんか名前からして特別じゃん。虹とか光とか。彼には無いけど、聖がついててもそう。


 だから初めから主人公格としては除外してるよ。



「はやいとこ主人公ウォーリーを探さないといけないね」




 なんて冗談を言ってると


「2人してイチャイチャ、なーんの話をしているのかにゃー? 田中にも教えてほしいにゃん!」


 ぬっ!

 と私たちの間に現れたのは、猫耳のカチューシャをつけた不思議な不思議な生き物。


「うおっ! 田中!」

「カノンちゃん!」

「にゃはー! 田中は田中にゃー! 花音の名は田中の前には不足にゃん!」


 腰に手を当ててふんすと息を吐くのは

 アニメ研究部所属の田中花音たなかかのん

 なんのアニメの影響かは知らないが、やけに作り込んだそのキャラクター。


 本来ならば浮いているはずのその行動なんだけど、

 この子のすごいところは、陽キャラオタクという、超絶ポジティブで、スポーツ、ジャニーズ、アニメ、ラノベや文学なんでもござれのハイスペックオタクなの。

 あらゆる方面に友人が存在している。それが、この田中花音という生き物。


なぜか自分の名前じゃなく苗字で呼ばせたがる、自分の田中という苗字に絶対の自信を持っている。正直言って意味のわからない生き物なのだ!


「それでー、2人はこそこそとなんの悪巧みにゃん? ココに来る前にあった不可解な行動の説明もしてくれると田中はすっごく嬉しいにゃん!」


 口をωこんな形にしているが、目が笑っていない。

 事態に混乱しつつも、状況を理解してそうな人物。

 つまり私とタツルに直接問いただしにきたってことかな?


「そうだな。オタクの田中ならあるいは………。田中は、なろうは読むか?」


「あ、あー! そういうことかにゃ? もういいにゃ。なんでそんな行動取ったか全部理解したにゃん。むしろ遅れをとったことに田中は悔しさが滲み出すにゃん!」


「ふはっ! 状況理解が早い!」


 あろうことか、タナカちゃんはタツルが一言質問しただけで完全に全てを理解した。



「つまり、なろうテンプレのクラス転移ってことにゃん? それ以上の情報は不要にゃん!『ステータスオープン』にゃ」



 そんで、こちらがなろうを読むかを聞いただけで、タナカちゃんは早速『ステータスオープン』してみせた。


「ふむふむにゃ。レベル1。まあ、こんなのはどうでもいいにゃ」


 チラッとコチラを見るタナカちゃん。


「夢幻牢獄、ドリームゲート」

「夢現回廊、ドリームコリダー」


「あ、それ田中におしえていい奴かにゃ? まあいいにゃ。田中は転身願望、メタモルトリップにゃん。」


 タナカちゃんも実にあっさり自分の異能らしきものを教えてくれた。


「称号の欄に勇者とついているから、みんな何かしらの勇者みたいだ。」


 と、タツル。

 私は夢幻の勇者。

 タツルは夢現の勇者

 タナカちゃんは転身の勇者、らしい。


「となると、脳死なろう作家が考えそうなことは、ありふれたやつの流行に乗って、称号は無いけど追放後に超絶異能かにゃ? 称号はあるけどクソザコ追放の裏ダンジョンリアルタイムアタックかにゃ?裏切り最下層ダンジョントラップかにゃ?」


「ありそう」


 と頷くタツル。

 タツルの想定したシナリオにも一致する。


「ふっはー! 理解早すぎて草生えるんだけど!」


 私も、タナカちゃんの理解の速さに笑うしかない。思考回路が完全に私たちと同じ方向を向いている。



「ここがテンプレの世界とは限らないけどにゃ。追放には御用心にゃ。ようし、いっちょ田中も主人公探しに協力してやるにゃ!」


 改造制服の萌え袖の中で両手をグッと拳を握るタナカちゃん。


「あ、もちろん光彦にゃんは除外してるにゃん?」

「なんで分かるのこの人」

「なろうテンプレだと優秀な人は主人公じゃないにゃん。でもご都合主義で優秀に祭り上げられるにゃん」


 やるべきことと除外するべき人間まで理解している。

 このハイスペックオタク、心強すぎる。


「ひとまずはこの召喚を行った人間が渡してくるものを迂闊に装備したら奴隷になるタイプかもわからないにゃ。行動は慎重ににゃ!」


「危ねえ、それもあったな。」


 このハイスペックおにゃんこを味方につけてよかった。

 私たちだって、常に正解の道を歩ける訳じゃ無い。

 だからこそ、夢の中で数日から数年過ごすことになるのだ。しかも複数の物語で。

 夢幻牢獄で目覚めて誰が主人公か確定しない状態で速攻無茶魔法をぶっ放して物語を、街を、世界を壊滅させると、どんな物語であれ、自分自身が主人公の魔王ムーブを行わないといけない。


 私たちが見る夢は、ちゃんと主人公を設定した上で成り立っているのだ。


 間違えることもある。選択肢をミスって死ぬことだってある。


 でも、今回は夢じゃなくて本番だ。


 選択ミスは許されない。



 クラスメイトみんなが起きた頃、ドアから先程の女性が姿を現した。




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