第10話 キューピットについて考えてみた

冷や汗をかいて目覚めたら数学の先生が教壇に立っていて、まさに授業が始まる瞬間だった。たった5分間の仮眠で、僕は小野寺さんとの関係が近藤くんにバレてしまう夢を見ていた。


夢の長さから想像すると、体感での睡眠時間は1時間くらい。授業を寝過ごすわけにはいかないけど、意識を手放して夢の中までも、偽元カノの縛りに頭を悩ませてる僕を誰か救ってほしい。


スマホを見たら、小野寺さんからトークアプリの通知が来てる。


『さっきはありがとう彼氏氏〜!』


・・・彼氏氏?


『氏が一つ多くない?』


『そうだねー。じゃあ普通に彼氏って呼んでもいいですか?』


『元カレならわかるんだけどなんで彼氏?』


『元カレと言うほど疎遠ではありませんし。現に授業中の今、わたしとトークしてくれるのでもうわたしの術中に・・・』


『もう既読無視していいかな?』


『お慈悲を!お代官様!わたくしめにチャンスを!』


『苦しゅうない(ニコニコ)』


『有り難き幸せ(ニコニコ)今日一緒に帰りませんか?』


『今日は、どうだろう?厳しいかな』


『どうしてですか?』


『近藤くんが部活作るらしくてちょっと付き合おうかな、と』


『なぜわたしという心麗しき女子がいるのに、男なんかを・・・まさかそっちの気が?』


『断じて違う!』


『冗談ですよ。お邪魔じゃなければその部活に参加してもいいですか?それとも女子禁ですか?(キャー)』


『そんな如何わしい部活じゃないよ。恋のキューピット部だよ』


『(キューピー)ット!!!』


『3分クッキングならぬ3分でくっつかせる(うひょー)』


『楽 し そ う (ハート)』


もはやテンションがわからない。こんなことを気にするのは僕だけかもしれないが、どこか自分自身にツッコミを入れたくなる始末。


とりあえず、小野寺さんが恋のキューピット部に食いついたのがわかった。


『楽しいかな?』


『少子化問題をちゃんと考えてるなんて、北村くんやるじゃん(ぴこーん)』


いや、これ考えたの近藤くんなんだけど。そっか、彼は日本の未来を憂いて・・・。


ってんなわけあるかーい!近藤くん自身のためにやりたいだけじゃないか。彼は日本を変えるような、大層なことする感じでは無いね。


『僕じゃ無いよ。僕がそんなことするわけないじゃん』


『そうかも。でも、北村くんは裏方好きそうだからキューピット似合うね』


ずどーん。と僕の心に何か刺さった効果音がする。


あっ、これ二発目のやつだ。死ぬやつだ。


「気をしっかり持て!」


「なーにがしっかり持て、だぁ?」


数学の先生の視線が突き刺さる。名前は・・・なんだっけ?細川先生だったかな?


あ、どうやら僕は授業中に口に出して叫んでしまったようだ。


周りがざわつく。


「すみません、ちょっと眠気が来て気合いを入れました」


「ほう。良い心がけだ。だが、顔がだいぶ弛んでいるぞ。まるで放課後デートを待ちきれないみたいな顔しやがって!」


「先生、誤解です!」


「誤解なわけあるかぁっ!!高校生は年中発情期だからな。理論立てた行動なんて誰もしやしない。真面目なやつとそうじゃないやつの顔ぐらい、俺にはわかるんだよ!」


凄い気迫だ。中学の時にいた先生方とは全然違う。


「それで?まだ数学を始めて3回目の授業だ。どこでつまづいたぁ?それとも予襲復讐バッチリで余裕しゃくしゃくなのか、どっちだ?」


予襲復讐って字が違う!襲われる前提の数学って!?怖っ!!


「先生。違うんです。聞いてください。僕は近藤くんと一緒に恋のキューピット部を作るんですが、男女が片想いで終わる確率でどのくらいですか?」


「片想いぃ?北村、おめーは重要な行程をすっ飛ばして俺に答えだけねだるんじゃねぇ。場合分けをしろ。片想いって言ってもなぁ、色々あるんだよ。一括りにするな。ってまぁ脱線したな。よし、そうだな。絵で書くとわかりやすいんだが・・・」


先生は丸い円を2つ、真ん中で一部だけ重なるようにチョークで書いた。


「たとえば、だ。わかりやすくここに男グループ、女グループ、重なってる部分をパートナーがいるグループとする」


細川先生が白いチョークでそれぞれの円に男、女と書き、真ん中の重なってる部分を赤く塗りつぶした。


「男と女が同数で飲み会に・・・嫌な思い出しかねぇが、こういう合コンっていうのは、いつも全員がお互いのパートナーを見つけて幸せになれるわけじゃねぇ。どんな集団でも、大体カップル成立の期待値は10%そこらくらいになるんだ」


「まじかよ!」


「え?どうして?」


生徒の方から驚きの声が上がる。僕も普通に聞き入って驚いたよ。そんなに合コンって確率低いの!?


「おっ、眠そうにしてたやつらが食いついたな。北村、良いネタをありがとよ。また気が向いたらこんな話をしてやるよ」


僕の質問はどこへやら。だけど細川先生の話は面白かったな。また聞いてみよう。

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