部下と上司 #1
城から町へ出て事務所へ向かうとき、真っ直ぐ東へのびる大通りへつきあたる。
大通りから一つ外れた路地の建物を借りてるのだから当たり前なのだが、その大通りに行き当たるとどうしても足を止めてしまう。
なんというか────横断するのに骨が折れるというのもあるが、どうしてもその「道」を眺めてしまうのだ。そうして大なり小なり時間を食って、きつめに部下に怒られる。
いい加減怒らせるのも申し訳なく、事務所の場所を間違ったかなとたまに考える。
もちろん利便性を優先すべきで、全然間違ってはいない。
繁華街のただなかでもあるし、部下にも割合好評だ。
城の中にいるお大臣様に会うにはこの立地が適当で、足を止めてしまうのは個人的な事情なのだから我儘は言えない。むしろ移転すれば激怒されるに違いない。そもそも足を止めなければいいだけの話だ。
しかし、わかっているのに、どうしても────そして今も、足を止めてしまう。そして、続く道をその先を見てしまう。
この道は城下から下町、そしてその先の広い農場を抜けるように続いている。
僕の足元で今はきちんと整備されている石畳の道は、城から離れるとともに舗装は徐々に中途半端になり、どこかで途切れ、土がむきだしのでぼこ道へと変わっていく。王都周辺で未だにこれだ。
もちろんそれだって比べれば随分マシで、地方はもう全く追いついていない。びっくりするほどでこぼこだとか。戦争の渦中となった地域は尚更だ。
この道は、そんな地方の道へ繋がっている。
ここからは見えないどこかでいくつかに分岐して、交通の要になっている。
なくてはならない道なのだ。
────と。
偉そうに語ってしまったが、僕自身はそれを見たことがない。
お恥ずかしいことにこの道の先のことは何もかもが部下からの伝聞だ。
部下の話はもちろん正しい。王都から地方への主要道路になっているのは地図上から明らかだ。が、地方へ行く機会がないから実際どうなってるのかはよく知らない。
確認したことがないから、道の先のことを聞いても実感がない。
自国のことなのに、情けないことこの上ない。
城下町から伸びていく道を眺めて想像する風景が、他人から伝え聞くいろいろが、正しいのかどうか一度確かめてはみたい。けれど未だその機会には恵まれない。
生まれて40年以上過ぎて城とその近郊にしか行ったことがないというのは、どれだけ役職が高くて金を持っていたとしても、割と情けないものじゃないだろうか。
どうだろう。皆もこんなもんなんだろうか。
まあ別に、そこまで高給取りでも偉い役人でもないのだけど。
ただ、就いてる仕事、やってる作業を考えると、この道の先へ行ったことがないのは片手落ちなんだろうなとずっと考えてはいる。
友人は、この道の先へ行ってしまったというのに。
どうでもいい話、僕は道を眺めるのが好きだ。
だからさっきからずっと道にこだわっている。
人の行き交う風景が好きだし、単純に道の造形も好きだ。整えられた道もでこぼこ道も同等に好ましい。王都以外知らないくせにと言われても仕方ないが、それこそ好きなんだから仕方ない。
ただ、実態への知識がこの程度でもわかるのは、整えられた道の方が確実に歩きやすいということだ。馬車だったら走りやすい。ぬかるみ道で脱輪するのは嫌だし、馬だって平坦な道を歩きたいだろう。
何が言いたいかというと、僕は、この国に蜘蛛の巣のような勢いで、ただただ満足できる綺麗な道を作るのが夢だということだ。そして今はそれに関わる職についてる。現場ではなく事務方として、全権を掌握できたのはこの10年だ。今は計画と進行を任されている。
友人におかしな奴だと常に言われた。放っておいてほしい。人の夢はそれぞれだ。
大体、整備された道は国家の根幹に関わる問題だろう。すぐに手をつけなかったことの方が余程おかしい。
王都を貫く大通りは理想の一つ。故に出くわせば無意識に観察してしまう。
しかし道そのものではなく、東へ延びるその先にも思いをはせてしまうのは、件の友人の存在が大きい。
その友人が行ってしまったのは、もうずっと前の話だ。
15年・・・20年近く前。彼はこの道を歩いて行った。遠い過去だが僕には彼の存在は重く、この通りを見るとどうしても頭の中をあの時の背中が過ぎる。
親しい友人だった。
まさかこんな結末になるとは思ってなかった。
当時は戦後の混乱期で本当にいろいろあった────なんて言うと言い訳になるのか。ともかく友人自身にもいろいろあって、結果、この先へ行かざるを得なくなってしまった。最後の決断は彼自身ではあるのだろうが、行かせてしまったのは僕だ。
あの時ほど全てを悔いたことはない。
この先へ行かせるような事態にさせたことを心底悔いた。
それからほぼ20年。
今の仕事場を構えて10年そこら。
通りは目の前にあるのだから、思い出さない日はない。
最初は後悔と罪悪感を抱えた。そんな息苦しさに徐々に懐かしさが混じっていった。そのうちに記憶は薄れ、感傷だけが残るはずだった。
そう。
過去形だ。
最近、当初の罪悪感が復活しつつある。
何故今更に友人への後悔が再燃しているのか。
城から続く長い道、その先を想像し過ぎて頭がおかしくなったとかいう話ではなく。
単純に、部下に、よく似たヤツがいるからだ。
配属当初からすごく気になっている女の子だ。
色恋とかそういう話ではなくて。本当に、ただただ彼女を見てると懐かしい友人を思い出す。
なんというか、話し方?考え方?所作?────いや、もう、あれは全体的な雰囲気だ。言葉にしづらい細々したことが、忘れてしまっていたいろいろな記憶をも刺激した。
当初はそれに気づかず、彼女を見るたび居心地が悪かった。
何かが引っかかるのにその得体が知れず、視界に入れば目がそらせなくて、答えは喉元まできているのにすんなり出てくれることもなく、正直、あんな年下の女の子に本当に惚れてしまったのかと自分を信じられなくなったほどだ。
でも、気付いてしまえば納得した。
あいつだ。
似ている。
懐かしい。
気づいたとき、こみあげてきたのはただただ懐かしさだった。
あいつはどこにいるのか。元気だろうか。ちゃんと生活して、ちゃんと食っているのか。今でも不器用なままだろうか。小難しいことばかり考えるだけで、本に埋もれて動けなくなったりしてないだろうか。
そして。
俺のしたことは、正解だっただろうか。
仕事場で漠然と部下たちを眺め、その子を見ながら友人を思い出し、懐かしさに溺れかけた自分を正気にしたのは薄れてなくなりかけていた罪悪感だ。
本当にいろんなことを思った。
後悔然り、罪悪感然り、そして、普通に、その記憶の中の懐かしい友人とまた、会って話がしたいと思った。
しかし、そんなわけにもいかない。
彼に許されてはいないだろうし、そもそも道の先のどこへいったのかを僕は知らない。
あいつの方がもう会わないと決めて、どこかへ消えてしまったのだ。
手を尽くして探したが足取りは追えなかった。友人が本気を出せばそれはたやすい。
会いに行くと言ったのに、こっちの話は無視して消えやがった。そのことには腹が立ったが、友人への罪悪感がそれに勝っていて、あまり怒る気にはなれていない。
あれきり連絡がないことも許されてない証左だろう。
それでも、あいつと会いたい。
罵倒でもいいから声を聴きたい。
どんな話題でもいい。懐かしい友人と話がしたかった。
────そんな感じで。
管轄する一部署の一部下でしかない新人の女の子を見かけるたびそんなことを思い、懐かしさと同時に複雑な気持ちを抱えた。
あまりにも気になりすぎてちょくちょく話しかけ、友人の代わりのように少し親しくなって、どうでもいい会話を重ねていく中で抱いている感情を消化していた。
その子には本当、失礼な話だ。
しかも友人は、男だというのに。
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