弟子と弟子 #3
ただ、本来なら、こんな空気から場を和やかにするには相応の苦労がいる。少なくとも一人、そういう人付き合いに慣れてない奴がいるから、話を変えようと言ってすんなり変わるものでは多分ない。
けれどそこをどうにかするのがルシアナであり、我々の長年の友情というやつだ。
場は和やかさを取り戻した。
むしろ、そこを通り越して騒がしくなったと言っていい。
常に不機嫌な奴だって酒が入れば箍も外れて口数も多くなる。ただし繰り広げられる会話のまとまりはなくなっていく。仕事の愚痴を言ってるそばで師匠の悪口を言い、それらを無視して食べてる料理を褒めている。
それに付き合って楽しく笑っていたけれど、頃合いを見てそっと輪から抜け出し外に出た。
そろそろ酔いを覚まさなければ明日に響く。
何日かここらにはいるが、仕事はわりと詰まっている。
外は当然、闇の中だ。窓からもれる光を頼りに、転がっていた木箱を見つけてそれに腰掛けた。冬の夜は冷えるけれど酔い覚ましにはちょうどいい。
晴れて星の綺麗な空を見上げ、明日からの予定を考える。
次の仕事は隣町での買い付けで、待ち合わせの時間は早かった。朝一番に出るとして、やはり俺はそろそろ切り上げてしまった方がいいだろう。他の奴らも酔い潰れる前に切り上げさせないと後始末が面倒だ。
「・・・・・」
そう思いながらも、行動に移せない。
そうしてしまうとこの時間が終わってしまう。それが、素直に寂しい。
日常と友人。
どちらもを選べなくてただ座っていたら不意に戸が開いた。窓からとは別の光が差し、闇が瞬間掻き消える。
「メリオ?」
光の中にルシアナがいる。
「────・・」
目を奪われた。
姿勢のいいすっとした立ち方、適当に結んだ背の半ばまでの黒髪、高めの通る声、逆光で表情は見えないが想像はつく。それは昔から知ってる友人であり、久しぶりに会って認識を書きかえられた綺麗な、女性だ。
・・・・・・ああ、いや、語彙のなさが頭の悪さを露呈するな。
そもそも昔っから彼女は綺麗だったし、俺は割と好きだったよ。
ゆっくりと空に視線を移す。
鼓動が跳ね上がったことを悟られないように。
「・・・?どうしたの」
「いや、別に。酔い覚まし。そっちこそどうした」
「二人とも潰れちゃったし、わたしもそろそろ引き上げようかと」
「そっか」
「昼には発つから」
「俺は朝方だな」
「何日かいるんじゃなかったの?」
「いるのはいる。一仕事してから王都に戻る予定」
「ふうん」
「?なんだよ」
「なんだかあっちが地元みたいになっちゃってるね」
「店があっちにあるからなー、しょうがないな。それより中の二人は放置でいいのか?」
「もう少し様子見てからかな。少しくらい片付けなきゃ」
場を提供してもらっているのだからと言いながら、彼女は戸を閉めて横に立つ。
再び周囲は闇におちた。
二人きり。
それは何かを期待したくなる状況だけれど────何一つそんな余地のないことを、俺は知っている。
ルシアナは師匠にぞっこんだから。
だから、そういう話をしても、意味がない。
「ルシアナ」
「ん?」
「この辺りにも役人が来るって話、本当か?」
故に仕事の話をするしかなかった。
自分でも芸がないとは思うが仕方ない。
「ん?んー・・・今は案が出てる段階でなんとも。地元からの意見と擦り合わせていろいろやってくらしいし」
「村の連中に聞いたんだろ?何て言ってた?」
「大まかには全員嫌そうだった」
「だろうな」
「メリオも反対派?」
「いや、俺は別にどっちでも。いたらいたで便利だろうし」
「そうか。メリオはいろいろ行き来するからみんなとは立ち位置違うか」
そうしてざっくりと、ルシアナはここ数日の話を語った。
国からの提案に、誰も乗り気ではないことを。それは中で潰れてる二人も同じで、異口同音に「今更何を」と告げられた。
ただ。
「師匠も反対みたいだったんだよね」
それには驚いて、思わず声が出た。
「反対したのか?師匠が?」
なんとなく、歓迎しそうな気がしていた。
「はっきり言ったわけじゃないけど、不満と言うより不安そうだったな。話聞きたかったんだけどそれ以上は無理って空気がすごくて」
「後ろ暗いことでもあるのかな」
「え?」
「って、ザンデルが言いそうだな」
「あー、言いそう」
それで、会話は途切れた。
二人してぼんやりと星を眺める。
まあ、皆の気持ちはわかる。
俺たちがまだ子供で、何も知らなかった頃、この国はクーデター騒ぎで大忙しだったらしい。
その前は、隣国との戦争で大忙しだった。
戦争には負けはしなかったが勝ったとは言い難かったと聞く。
とにかくこの20年くらいこの国は、住んでる奴らにかまける余裕がなかった。特にこんな僻地の村に気を配る余裕があるわけなかった。
いろんな後処理でもめて、いさかいがあって、王はいるしここはどこかの貴族の領地なんだろうけど彼らの存在は希薄で、そもそもクーデターで貴族自体があやふやなものになっていて、庶民としては圧政を受けることがない代わりに有事に誰からも守ってもらえない状況がずっと続いた。
皆は考えて自衛をし、飢えないように働いて、ここまで自力で食いつないだ。
付け加えるなら、ここには師匠がいる。あの師匠だ。
役人がいたからどうだというのか。今更、国に保護してもらう謂れはないのだ。
それが村の総意だろう。
まあ、そんなこと言ったって国に逆らえはしないのだから受け入れるしかないとわかっていても────意見を求められれば反対するに決まってる。相手が旧知のルシアナなら尚更だ。
「・・・ルシアナは報告するのが仕事だろ?悩む必要はないよ」
「あ、うん。それは悩んでない。心配させてごめん」
「いや、別に」
「なんかさ、戦争が終わって、王都も復興して、国に余裕ができたってことなのにね、これ」
「余裕は豊かさの象徴だな」
「だよね」
「野盗や危険動物の対応も国がやってくれりゃ仕事に余裕もできるし」
「エリアスが引き受けてる開拓とかも人増やせるかもでしょ?」
「将来的にそれくらい僻地に目を向けてくれるってのはいい話だな」
街道の整備もしてくれりゃいいのに。
手の回っていないところも国がやってくれりゃ楽だ。
「うん。わたしはいい話だと思う」
「でも」
村の面々を思い出す。
近所の知り合いや古老、その他大勢。
言いそうなことは想像できた。
「────そんなのずっとこっちの管理で事足りてた話で、税金取るために監視役置くくらいの話にしか聞こえない・・・・とか言われた?」
俺を見下ろす気配がした。
そうして絞り出した呟きは苦渋に満ちていた。
「・・・・・・言われた・・・」
「それなりに暮らしてる。役人に仕事はない。とか?」
「そうそう」
今の不便よりも更なる迷惑を被りそうなら拒否感は強いだろう。
印象がそうなのだから急には変えようがない。田舎特有の余所者嫌いな雰囲気がないわけでもないし。
それを一身に受けたルシアナはきつかったろうし、それを報告するのは気が重いはずだ。今はその後のことを彼女が関知しなくていいよう祈るしかない。
ただ、なんとなく、どうしても気になるのは。
「それでも師匠だけは反対しないと思ったのにな」
「それはさっき聞いた。でも嫌がってるのは確かだよ」
「まあな」
そうなんだろうけど。
・・・・・言っても仕方ないことか。
「みんなもそうなってみれば慣れてくるよ」
「上の人たちが上手いことやってくれるの期待する」
「俺も」
主に、ルシアナのために。
勢いつけて立ち上がり、光の漏れる窓を振り返る。中には未だ潰れている二人と宴の残骸があった。
この動作は話を切り上げる合図になる。ルシアナが中に戻っていき片づけを始めたので、俺もそれに続いて中に戻った。楽しい時間は終わりで、日常へ戻らなければ。
「起きろ、お前ら」
二人を叩き起こす。
不満気な唸り声に適当に答えながら、考えているのは引っかかり続ける1つのことだった。
師匠が、難色を示したと言う話。
実際はそうでもないのかもしれないが、あの人が役人を嫌がる理由がわからない。
だって、師匠は────ここの人間じゃないじゃないか。多分どこか、例えば王都から来たような、そんな人のはずだ。役人も使いようだと絶対知ってる。それに、いつからいるのか知らないが、どうにしたってそんなにこの田舎に思い入れはないはずだし、村のために知恵はくれても村の結束の中に入っていくような、そんな人じゃない。端的に言えば住み着いてるだけの部外者だ。村によくしてくれるし、俺自身は信頼してるし、悪い人ではないと思うが、どこか一線を引いてるのは明らかだ。
師匠が、村の総意と同じ理由で、役人を嫌がっているとは思えない。
というか役人自体は嫌いではないはずだ。そうならルシアナを王都に送りはしないだろうし、俺も含めて他の弟子への扱いを変える気がする。
この件で引っかかることがあり、嫌がったのはきっと個人の事情だ。
俺までこういうことを言い始めると話がややこしくなるというか────ルシアナに告げるのは怒りを買いそうで言えなかったけれど、謎の多い師匠が個人的に役人を嫌がってるとするのなら、それはザンデルが言うように後ろ暗い秘密を抱えているのだろうと、疑ってしまう。
師匠の過去に関わるような。
誰も知らない過去の。
それは秘密を暴く端緒かもしれない。
いや、別に、師匠に対し何かあるわけではない。ただ、そこに秘密があるなら知りたいと思うのは、人としては致し方ないことだ。相手への好悪は関係ない。どうせわからないと棚上げしていたことを知れるなら、それが師匠のことなら尚更、あくまで知的好奇心の範疇として調べてみたくもなるというものだ。
役人と言えば王都。
都合のいいことに俺にはそこに拠点がある。
調べてみるか。無理のない範囲で。
と。
一人でそう決意したものの、帰り支度を始めているルシアナを見て少し後ろめたくなった。この調査は裏切りになってしまうだろうか。無理に人の過去を暴くのは品性に欠ける行為だし。いやでも。
やはりそうは言っても。
師匠の謎はちょっとした浪漫だ。
少しくらいなら、いや、バレなければ何も問題はない。はずだ。多分。
そんな思いを隠して声をかけた。
「ルシアナ、俺も戻るから送ろうか」
「うん。ありがとう」
そうして、今回の同窓会はお開きになった。
結局起きることはなかった友人二人を残し彼女と帰路につく。
その道程は特別な意味で楽しくもあり────やはり後ろめたくもあった。
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