弟子と弟子 #2

 で。

 「遅い!」

 と、ご機嫌なルシアナの声と、

 「・・・遅い・・・」

 という、うんざりしたザンデルの声に出迎えられる。

 建物の中は外の暗さに慣れてしまってたせいか明るいというより少し眩しい。少しの間目をしばたたかせ、時間をかけて中の状況を確認した。

 場所としては当然ザンデルの店だ。

 商店というわけではないから売り物はそうないのだろうが、それでも展示してあったらしいものは隅に押しやられ、空いたところに住居部分から引っ張り出したのだろうテーブルと椅子が置いてある。

 その上には酒瓶が数本と、少しのつまみが乗っていた。

 「悪い悪い。待たせた?」

 確認しなくてもわかる。

 ルシアナは既にできあがってて、それに付き合わされているザンデルがただただうんざりしている、いつもの風景だ。

 「ごめん。荷物重くて遅くなった」

 「荷物・・・ああ、それが言ってたやつ?」

 「後で見てくれよ」

 「そうだな、わかった」

 言いながらエリアスが床に置いた荷物をザンデルはそのまま簡単に持ち上げる。

 「力持ちだなあ」

 「は?」

 怪訝そうな顔をされた。

 後でと言っていたのに、ザンデルはそのまま奥のカウンター裏に持ち込み、ばらばらと床に石を転がして眺め始めた。余程ルシアナの相手に疲れたのだろう。半分見える背中が当分話しかけるなと言っている。

 まあ、確かに、この二人では会話はかみ合わないだろうからな。特に師匠については。

 「メリオー久しぶりー」

 「おう久しぶり」

 昼に会ったけどな。

 「ご機嫌そうで何よりだよ」

 座りながら適当に答えると、彼女は「師匠に会ってきたからー」と普段からは考えられないほどに浮かれた返事をする。

 ほんとに師匠が好きだなこいつ。

 エリアスは黙々と石を検分するザンデルに何か告げてからこちらへやってきて、テーブルを眺めて呆れたような声を出した。

 「食い物これだけ?」

 そこにあるのは、何かの干し肉の欠片と、何かの木の実一つかみぶんが乗った皿だけだ。

 木の実を口に放り込む。固い。

 「エリアスが来るの待ってたんじゃーん」

 「お前が作るしかないんじゃねーの」

 言ったのは同時で、言われた方は大きな溜息をついた。

 「先に着いた方がやっといてくれよ・・・」

 「私の料理は師匠のためにあるの」

 「たまには友人にもふるまえよ。得意だろ。────ザンデル、材料はある?」

 「ああ。勝手にやれ」

 「メリオは?何か作れる?」

 「芋剥くくらいなら手伝うよ」

 「わかった。手伝ってくれ」

 こうやって溜息一つで面倒ごとを受けてしまうのが、この友人のいいところでもあり悪いところでもあるんだろう。結局皆に使われる羽目になってしまう。とりあえず全身が粉っぽいことを怒られなかったことだけが、今日のささやかな幸運だったかもしれない。

 エリアスはいったん服をはらいに外に出て、改めて住居部分の台所へ向かった。

 ゆっくりとその後を追う。

 ────でも、まあ。

 俺だってこの状況ならエリアスを待つだろう。

 長年師匠の世話をしてきた分、友人の料理の腕は折り紙付きだ。機会があるなら作ってもらいたいのは、友人一同からエリアスへの共通の気持ちだ。

 本人には迷惑この上ないのだろうが。


 目を見張る手際で、エリアスは狭いとは言えテーブルの上を皿でいっぱいにしてみせた。

 固い木の実も材料の一部となって、今はもう原型をとどめていない。

 その頃にはルシアナはだいぶ酔いが醒めてきていた。どういう体質なのか知らないが、酔うのも早いが醒めるのも早い奴なのだ。ザンデルも一通り石を見終えてしまい、彼女の相手をするしかなくなっていたようだった。

 全員がそろったところで、改めて乾杯する。

 ルシアナだけ中身は水だったが。

 「たまにはこういうのもいいねー」

 「王都で飲み会はないのか?」

 「いや、やっぱり気を使うじゃない。先輩ばっかだし」

 こんな風に、同期で顔を合わせることは稀だ。

 年頃が大体同じで弟子になった時期も同じと言えばこの面子になる。

 そうなると少なくともルシアナが王都から戻ることが少ないから、この全員がそろうのはそうあることじゃない。だから基本的に付き合いの悪いザンデルもこうして場所を提供してくれるんだろう。

 村にも飲み屋はあるが、この面子で行くとゆっくり話ができなくなるので、こういう集まりはなんとなくここでするようになってしまった。村に姿を現さない師匠の代わりに、村の人は弟子たちに礼も文句も注文も言ってくるので、4人も集まってたら大変なことになってしまう。

 近況を話すくらいの会話しかなくても、稀な集まりなんだから邪魔は入って欲しくない。

 適当に飲んで食って他愛ない会話をした。

 ルシアナの職場の愚痴、エリアスの洞窟探検のこと、俺が訪れる町で見かけた珍しい品の話。ザンデルは「さっきの石は使えそうだ」とコメントを出した。

 そんなお互いの近況を聞いた後は、当たり前のように話題は師匠のことになっていく。

 師匠に惚れてる女と、師匠を崇める男がそろっているのだ。当然の帰結だ。この予想通りの流れが皆の変わらなさを象徴していて心地いい。

 「ちゃんと生きてたよな?」

 エリアスの不安は常にそこだ。

 「大丈夫よ。師匠は意外にちゃんとしてるから」

 ルシアナの絶大な信頼はいつものことで。

 「まあちゃんとはしてるよな。金払いはいいから」

 俺の論点は決まってて。

 「汚い金でもためこんでんじゃねーか」

 ザンデルの師匠嫌いはいつものことだ。

 「お前ほんと師匠のこと嫌いだよな。なんで?」

 「・・・・どうでもいいだろ」

 「いや、これはいつか知りたい謎だぞ」

 「うん。何がそんなに気に食わないのかわかんない」

 「世話になってるのにな」

 「ねー」

 「あ?世話してんのはこっちだろ」

 「それはこれまでの御礼みたいな、」

 椅子を倒す勢いでザンデルが腰を浮かし、エリアスの発言は中断する。

 「!!・・・」

 けれどザンデルは何か怒鳴りかけるだけで、やめた。

 椅子に乱暴に座りなおして舌打ちしている。

 「お前らにはわかんねーよ」

 「まあまあ。分かり合えないが信用できるとか、そういう話だろ?」

 「・・・・・・・・・信用?師匠を?」

 すごい顔で睨まれた。

 というか、信用すらしてなかったら、あんな長いこと森に通わなかったんじゃないか?

 ザンデルはたまに辻褄が合わないことを言う。

 そもそも俺としてはここまで意見が対立する相手と友人でいられることが不思議だ。お互いが相手の嗜好を尊重できるからだろうし、決定的な何かに触れることがないからでもあるのだろうとも思うが、それもそれでその辺りにも師匠の教えが生きてる気がする。そうでもないのかな。

 なんにせよ、師匠の資金の出どころは確かに謎ではあった。

 師匠の今の収入であの量の本を買い占めるのは無理がある。汚い金かはともかく隠し財産はあって、だから商売っ気のない商売を続けているんじゃないだろうかと俺はふんでる。

 ともかく、ここから先は本当に不毛な話になりそうなので、あからさまに話題を変えたい。

 いや、変えよう。

 「────師匠のことは忘れよう」

 「なんでよ」

 「ザンデルが怖いからだよ」

 俺は今すごく睨まれてるんだよ。

 「わかった。話は変えましょう」

 苦笑とともに才媛が場をとりなしてくれて、俺は視線から解放された。

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