弟子と弟子 #1
「エリアス!」
遠くに友人の背を見つけて声をかけた。
日は既に沈みかけていて村はオレンジに染まっている。ほぼ冬の季節柄、この薄暗い感じが真っ暗闇になるのにそう時間はかからないだろう。一応村の大通りに続いている道とはいえ、中心部ではないからここらに街灯は置かれていないはずだ。
魔術を応用したとかなんとかいう、アレ。
────あの明かりは非常に便利だ。
王都では当たり前だが、こんな田舎で夜に道が明るいなんてありえない。
そのありえないことを、村の中心になる広場だけでも実現させたのは師匠だ。思い返せばあれもこれも、便利なことの起源を聞けば師匠に繋がる。あの人が村に関わり始めてから、この辺りの生活水準はかなり上がったと古老が話してるのを聞いたことがあった。
師匠はすごい。
・・・・これはルシアナの口癖だったか。
どうにしたって、あの人が特別なことに変わりはない。前を行く友人にとっても。
その友人は、疲れたように長い影を引きずりながら歩いていたがその足を止め、やたらきょろきょろと左右を見る。振り返ってみるという発想がないらしい。
「エリアス、こっち」
再度の呼びかけにやっと振り返り、久々の再会に破顔した。
「なんだ、メリオか」
「久しぶり」
友人は抱えていた荷物を地面に下ろす。
大袈裟でなく、どすん、と音がした。
遠目に見ていても妙に重そうな袋で、後ろ姿がやたら疲れて見えたことに納得がいった。
これは、疲れてなくても疲れる重さだ。
いやでもそれよりも。
「・・・なんかお前、埃っぽいな」
近くまで行くと、友人の全身が妙に白くて粉っぽいのに気付く。
「え?あれ、はらってきたんだけどな」
唐突な指摘に友人は焦ったようにぱたぱたと服をはたいた。薄暗くなっていく中でよくは見えなかったが、服をはたく度に煙のように細かな砂が舞うのがわかる。
「いや、全然じゃん」
「まずいな・・・」
「ルシアナに怒られるんじゃねーの」
「でももうしょうがないし」
いくらやってもキリがないことをお互いに悟る。
友人は重そうな荷物を抱えなおして歩きだした。その横に並んで歩く。手伝おうかと言いかけたが、全て言いきる前に丁重に断られてしまった。
これはオレの仕事だから、と。
思った以上に真面目なところは相変わらずだ。
「前会ったのいつだったっけ」
友人の問いかけに考える。
「・・・・先々月かな・・どうだったけ。涼しくなった頃な気はするけど」
村にはそれなりに通ってるが、友人と顔を合わせることは少ない。お互い働いてる上に、職種が全然違うから、すれ違ってしまうことが多い。
むしろ師匠に会うことの方が多い気がする。
師匠・・・師匠かー・・・一言で言うと不思議な人だ。
謎多き人でもある。
俺が師匠のところに弟子入りし通ったのは本当にごくわずかな期間だった。なんのことはない、学ぶことにとっとと挫折してしまったんだ。師匠はいろいろ話をし、手も尽くそうとしてくれたけれど、こちらから謝って早々に通うのはやめた。それでも師は師だから師匠と呼ぶことにしている。
俺が今商人をやれてるのは、その短い期間に学んだ読み書き算術のおかげだ。
かじった程度でもそれは貴重な財産で、だから師匠のことは尊敬している。
そんな自分自身の経歴があるから思うのだが、出来が悪かったと言い続けるエリアスの気持ちがよくわからない。通い続けたってことは学び続けたってことだし、だからこそ今の職について実績を残してるんじゃないのか?それは出来が悪いわけでも落ちこぼれでもないんじゃないだろうか。
師匠か・・・。
今では師匠と言うより上得意様と言うべきかもしれない。
「────・・リオ?」
「ん?あ、ごめん、なに」
なんとなく昔のこととか考えていたら呼びかけを聞き逃してしまったらしい。
聞き返すとエリアスは少し咎めるような口調で言った。
「師匠のとこには寄ったのか?」
「今日?今日は」
「いや、ここ10日くらいで」
「あー、前ここに寄ったのが2週間くらい前だから、その頃には行ったけど?」
「ってことは」
「入荷分持ってって、注文メモもらったが」
回答にはでかい溜息が返ってくる。
「お前かよ・・・」
「なにが」
「本。本が増えてた」
ああ。
「まあ、師匠が本以外に何か頼むことなんてないし」
「あの量は本棚増やした意味ないだろ!」
「そこはあの古本を探し当てた俺の力量を褒めるとこだろ!」
ぐ・・・と友人は言葉をのんだ。
何が増えたのか、確認はしてるらしい。
師匠の本に対する要求は高い。稀覯本を頼まれることももちろん多い。この村と王都を一番往復しているのが俺で、元弟子で、更にはこの要望に対する高い対応能力を総合し師匠が俺に信頼を置くのも当然だ。
こういう探し物は得意だ。
仕事に関することには自信を持ってる。
翻せばそれは、師匠を信頼してることにも繋がる。あの人から学んだのだから、自信を持っていいのだと。
「それにルシアナがいるんだろ。なんとかしたんじゃないのか?」
「なんとかしたって言ってた。確かに」
「本は増えることはあっても減らないし、お前も諦めろよ。師匠からの注文残はすごいぞ」
「そんなにあるのか・・・?」
「古いのやもはや伝説みたいなのもあるし、見つかったらってことになってるけどな。それよりも」
隣を歩く友人を見る。
友人と言うか、彼の持つ荷物を。
「その荷物は何だ」
歩くたびに何かがぶつかる音がしている。袋の端から工具が見えるから、そういうものも入っているのだろうが、膨らみ方が尋常じゃない。
予想はつくが、それでも一応聞いてみる。
「石だよ」
そして、予想通りの答えが返った。
「今調査してるとこのか」
「まあ、そう。10日くらい前に国境側の西の森の洞窟調査始めたんだよ。村に帰るのは2日ぶり」
「粉っぽいわけだな」
「洞窟から直行になっちゃったからな」
「そこは?何か埋まってそう?」
「これから調べるんだよ」
そのための荷物だ。
言って、友人は荷物を示す。
「まあ、儲け話になりそうなら俺にもまわせよ」
「ザンデルの後でいいなら」
「そりゃそっちが優先だよな。村の発展のためにも」
ザンデルは村で鍛冶屋のようなことをやってる。実際にはそこにはとどまらないなんでも屋で、加工を任せれば大体どうにかしてくれる。洞窟からとれる貴重な石はその辺の作業に使うと聞いたことがあった。
エリアスは地形や地質にやたら詳しい。この辺りにも人が増えてきてて土地を広げるのに調査は必須だから、調査団には重宝されてるはずだ。
弟子たちはみんなそれなりにそれぞれの場所で活躍している。
俺も、そう見られていればいいと、友人と話すたびに思う。
自信はあるが、それはそれとして、認められたいのは普通のことだ。
いつの間にか日は完全に落ち、足元も覚束ないような闇が下りてきていた。少し会話が途切れると、友人の荷物の音しか聞こえない。冬を迎えたせいか生き物の気配はほぼなくて、ただ静かな道を並んで歩く。
暗い道には慣れている。
仕事で夜に走ることもあるし、なにより俺たちはここで育ったんだから、日暮れ後の道くらい難なく進める。それに、既に目的地は見えていた。少し先に明かりのもれている家がある。店舗兼住居というのが正しいのだろうか。昼間であれば建物の影に小さな工房も見えたはずだ。
知ってる道で、明かりを目指せばいいのだから、楽な道程だ。
「遅くなったかな」
荷物を抱えなおしながら友人が呟く。
「仕事だったんだから怒られはしないだろ」
軽く告げると、そうだよな、と不安そうな声音で答えが返った。
今日の夜、同期で集まろうと誘われた。たまたま村にいて、ご機嫌なルシアナに見つかって、明日王都に戻るからその前に飲み会やるんで参加しろと声をかけられたのだ。
何日かとどまる予定だったから断る理由もないし、皆が集まれるのは稀だから快く了解した。
じゃあ、夕方にザンデルの店で。
そう言ってルシアナは森の方角へ消えて行った。多分師匠のところに行ったのだろう。そりゃ機嫌もいいわけだ。
俺はそのまま村で一仕事して、そして現在の状況だ。村の中心から少し外れた場所で、偏屈な職人よろしく常に工房にこもってる友人の店へ向かっている。真面目な友人と一緒に。賢い友人からの誘いで。
目的地に辿り着く。重い荷物を抱えた友人は、少し遅れ気味に俺の横に立った。
それを確認し、
「お邪魔しまーす」
と、少し大きめな声で呼びかけながら、ドアを開けた。
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