第5話


※ ※ ※


「どうぞ入って入って!」


桃の部屋、家族は帰っていない為今は二人きり――

これまでの交友で、桃はすっかり油断しきっている――

やるなら今しかない!!


「わぁ!!紫、どうしたの!?」


ベッドに突き飛ばして、後は素早く爪を立てるだけ、簡単。

なんて簡単なのだろう、あんなに苦労していたキメハダピンクが、こんなに意図も容易く倒せるなんて――

こんなの笑いを抑えられる訳がない!

どうだ、驚いたか!敵を前に油断するなんてほんと馬鹿!これで私の勝ちだぁーー!!



「何かあったの!?大丈夫、私がなんとかするからね!!」


『大丈夫だ、俺がなんとかする』



――晴人はると!!



鋭く伸びる爪は桃の喉元に届く事無く腕の変身ごと消えてしまい、私は自分自身の手で桃の襟元を強く掴んだ。


「どうして・・・、あの時私を・・・。

情なんて、かけて欲しくなかった!

私が、全部悪いの!アナタは・・・アナタが傷ついちゃ・・・いけないのよ・・・」



桃は泣き崩れる私をただ黙って抱きしめる。

私がどんなに挑んでも、キメハダピンクを倒せなかった理由が、今ようやく分かった。





涙が出なくなるまで泣いた後、私は桃に全てを話した。

ハダアレイニーになった理由、昏睡状態の晴人にはもう時間がない事、そして私の叶わぬ願いについて。


「レインに関係する情報も全て教えてあげるわ。どうせもう、私には」


「叶えようよ!!」


私は力強く此方を見つめる桃に微笑みかけた。


「気持ちは嬉しいわ桃、でももう無理なのよ」


「無理じゃない!無理なんて無いんだよ紫!」


力強く私の手を握って、真っ直ぐ見つめる桃の瞳は、なんの曇りもなく澄んでいて、まだ叶えられるのではと私の心を少し揺らす。


「紫が、紫自身の中で一番輝いてないと思うものは何?」


私の中で、一番輝いてないもの――

もしかしたら、まだ叶うのかもしれない。

ほんの0.1%でもまだ叶えられる可能性があるのなら、私は手を伸ばしたい――

諦めたくない!晴人を助けたい!!


私は、首にかかった紐のネックレスを引きちぎり、チャームを長く垂れ下がった前髪に挿す。


「私の輝いてないもの、それはこの肌よ」


すると桃は立ち上がって部屋の奥から一冊の本を持ってきて私に渡した。

それは中学生の卒業アルバム。


「開けてみて」


言われるままページを巡るが、いつまでたっても桃の姿が出てこない。

等々一枚も見つけられないまま背表紙を閉じてしまった。

私は、見逃したのかもしれないともう一度アルバムを開こうとすると、桃は表紙にそっと手を置いた。


「いいんだよ紫、私は写ってないの。

名前だけは載ってるけどね。

私、ずっと内気で人が苦手で――、ずっとこの部屋に引きこもってたんだ。

だけどある日、レッドに出会ってさっきの質問をされたの。

――私の輝いてないものは、内気」


「それって――」


すると桃は、今度は部屋から飛び出すと大きな籠を抱えて戻ってきた。

その籠はズシッと、重量を感じさせる音を立てて机の上に置かれ、中には沢山の美容グッズやスキンケア用品がぎっしり詰まっている。


「さ、準備は万端!!今日から忙しくなるよー!まずはパッチテストからするから、紫手出して!その間にメニュー作るから、今日からこなしてね!」


「えぇぇっ?!」


「返事はイエスマーム!!」


「い、イエスマーム!」



――この日から、私の地獄の特訓が始まったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る