第2話


いつも通り授業を終えた愁は、机上に広げた教材を片付けようと腰を上げる。けれど、リュックサックへ筆記具をしまう朱音のそこに思わず手を止めた。思い出されるのは約一ヶ月前の出来事。


「それ、シールの得点集めたやつ?」


愁が指したリュックサックにはマスコットが揺れていた。顔を上げた朱音は、妙に嬉しそうな口調で話し出す。


「本当はこれ私の好きな人も欲しがってて、あげるつもりで集めてたんですけど、相手も同じ考えだったみたいで交換したんです。だからこれはその人がくれたやつ!」


お揃い、いいでしょうと自慢げに語る姿は無邪気だ。話を聞いている限り二人は両想いなのではないかなんて考えていると、廊下を歩く一人の生徒を見つけた朱音が、慌てた様子で扉を開けた。


「菜穂!私も帰る。下で待っててくれない?」


「いいよー」


女子生徒はマフラーの隙間から微笑み、ゆっくりと階段へ足を向けた。二人は同じ制服を着ているため友達なのだろうが、担当でない上に教室が違うので愁は相手の生徒をよく知らない。廊下ですれ違う程度の接点しかなかった。そして、去りゆくリュックサックのマスコットにも、今の今まで気付かなかった。


「実は付き合うことになったんです」


その囁きは聞き溢しそうなほど小さく、恐ろしいまでに冴えた愁の頭に反響した。


「それはおめでとう」


物寂しい心情の意味をようやく理解した。

そうだ。この生徒はどこまでも聡いのだ。愛おしげな瞳に魅せられ、自分の鈍感さを痛感する。見送った姿が建物から出てきて、並んだ二人の少女が歩くのを、愁は開け放した窓から長らく眺めていた。


(仕方ないか……)


後悔はなかった。

例え時が巻き戻ったとて、愁が何か行動を起こすことはきっとない。あの瞳に敵う気がしなかった。それでも、震える手の置き場を迷い、探してしまうのは何故だろう。冬茜の風は酷く鋭利で、愁う青年の心に冷たい傷を残した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬茜に愁う 刹那 @S-etuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ