第8話 恋するフォーリンスチューデント

 僕はその日、大阪城で行われているイベントを見に行こうとエリーに誘われ、大阪城公園に出かけて行ったんだ。

あちらこちらのステージで、地域活性イベントが行われていて、色々なクラブの発表会が執り行われていた。

僕たちは、あるステージに釘付けになった。

そのステージでは、「よさこい」という始めて聞く言葉のダンスパフォーマンスが披露されていた。

華やかな衣装に、一糸乱れぬ軽快なダンス、手には見たこともない楽器の様な物を全員が小刻みに音を奏でる音楽。

迫力あるステージを観た僕たちは、演舞終演と同時に立ち上がって、惜しみない拍手を送った。

僕たちが観たステージには、大人の部、大学生の部、中・高校生の部、子供の部が行われていて、それぞれ勝者チームを選出するコンテスト形式だった。

僕とエリーは、記念に演者たちと写真を撮りたくて、高校生のステージで踊っていた女の子たちに声をかけたら、快く記念撮影に応じてくれた。

写真撮影の後、彼女たちの一人が僕に話しかけてきたんだ。

「写真送って欲しいから、LINEのIDちょうだい」

僕は来日したばかりの頃はLINEって何? と思っていたが、北米のフェイスタイムの様なものだと知り、反対に日本の高校生たちはフェイスタイムを知らなかった。

今では僕もクラスメート全員とLINEで繋がっている。

そして、いくつかのグループLINE登録にも参加している。

僕は、僕のラインのID yycben (YYCとはカルガリー国際空港の空港コードだ)をその女の子に伝えたが、携帯をふりふりした方が早いと、僕たちはふりふりし合い、お互いのラインの登録を終えると、その場で彼女に写真を送ってあげた。

その日のうちに、彼女(ヨサコイガール)からラインで連絡が入った。

漢字入りのメッセージだったので、僕は

「ひらがなプリーズ」と返信したら

「きょうはステージみにきてくれてありがとう!」

と返ってきた。

ひらがなとカタカナだけならば、日本に来て半年、毎日の様に大阪朝陽丘学園高校のグループラインで鍛えられている僕は、手馴れたものだ。

「すごくみりょくてきなステージだった。かんどうしたよ」

「ちょううれしいですけど。あなたはどこのくにのひと?」

「ぼくはカナダ人だよ。今、日本の高校に留学しているんだ」

「漢字つかってんじゃん。笑

私もこうこうせいよ。私は大阪ふりつの高校の学生なの」

「僕は2年生、君は?」

「私は1年生よ。きょういっしょにいた女の子はかのじょさん?」

「え? ちがうよ。高校のともだち」

「そうなんだ。私たち、日本高等学校よさこいれんめいで、よさこいダンスやってるんだけど、れんしゅう見においでよ」

「見れるの?」

「もちろん」

「行くよ!」 

「まいしゅう日曜日のゆうがたに、大阪ふりつたいいくかんでれんしゅうしてるから」

「All Right. ともだちもつれて行ってもいいかな?」

「Of course 」

「英語つかってんじゃん 笑」

「笑笑笑」

大阪城公園で知り合い、記念撮影を一緒に撮って欲しいとお願いしたことで、僕たちは友達になった。

彼女の名前は、立花さくら。

さくらは、ナルトに登場する、くのいちの主人公と同じ名前だ。

「春に咲く花の名前?」

と、さくらに聞いたら、

「私は4月生まれだから、きっとそうだと思うけど、漢字の桜ではなく、平仮名でさくらと書くのよ」

と教えてくれた。

大阪城公園で、よさこいダンスを僕と一緒に見ていたエリー、そしてなぜか洋紀までもが、さくらがいる「日本高等学校よさこい連盟に加盟する大阪チーム」に参加することになった。

僕のクラスメートは英語国際科に在籍する高校生たちなので、殆どのクラスメートが留学を経験している。僕が下手な日本語を喋っても大体は理解してくれるし、もう日本語が面倒で、僕が英語に切り替えて話しても、やはりなんとか意味を理解してもらえる。

しかし、このよさこいチームに所属する高校生たちは全く英語が話せない。まさにゼロ・イングリッシュだ。

「ゼロー」

あの報道番組の音楽に乗ったゼローが頭の中でこだましている。

僕は知っている限りの日本語の語彙力でよさこいメンバーたちとの会話に参加し、発言もする様に努力を続けたお陰で、僕はよさこいの踊りの上達と比例して、日本語力がめきめきと上達した。

僕は、もともとお喋りはそれなりに出来ていたが、皆目駄目だったのが筆記と読解力だったが、よさこいメンバーとのグループラインが日本語でのやり取りだったことが大きな成長に繋がったと思う。


 よさこいの練習の後、僕たちは良く体育館近くの銭湯に通った。

メンバーは女子だけでなく、男子高校生も結構いたのだが、僕は他人と裸でお風呂に入ったことが今までの人生で一度もなかった。

カナダにも温泉はあるのだが、カナダの温泉は男女混浴なので、水着着用が義務付けられている。

日本の銭湯はお風呂が男女に別れていて、男同士が裸になりお風呂を共有する。Oh my gosh!!

僕たちは裸になり銭湯の中に入っていくと、気のせいか、洋紀だけでなくよさこいメンバーの男子全員が僕の下半身をやたら覗いてくる。

「何見てんだよ」

「いや、白人のチン〇〇見るの初めてだから、どうなっているのか気になってよ」

「どうなっているって、お前らと同じに決まっているだろ」

「いや、同じじゃない。やっぱ外人のは凄いわ」

「すげーぞ、おまえらも見てみろよ」

アホの洋紀が、そんなことを言い出すから、その場にいたよさこいメンバーの男どもが僕のチン○○を覗いてくるから、僕は急いで湯の中に避難した。

ヤローどもにそう言われて、僕もアジア人の男のチン〇〇を見るのは初めてだと気付き、僕も彼らのものをまじまじと見てみると、実になさけないものだった。

それにしても来日後に、初めてチン○○という言葉を聞いた時は吹き出してしまった。

それは、なんとも情けない響きではないか。

英語にもチン○○に代わる幼児言葉がある。wee-wee(ウイウイ)と言うのだが、英語の響きの方が断然可愛い(幼児語なのだから可愛くていいんだ)。

銭湯の後に、コーヒー牛乳かフルーツ牛乳を飲むのが、銭湯の流儀だと彼らに教えられ、僕はフルーツ牛乳派に属することになった。

ある日、銭湯の帰りに僕は衝撃的映像を目撃した。

いつもの様に、よさこいの練習終わりでメンバー達と銭湯に入り、いつもの様の僕はフルーツ牛乳を飲み、メンバーたちと別れ、僕と洋紀は一緒に駅まで歩いていたら、

「もう我慢できねえ。ベンちょっとここで待っていてくれや」

と洋紀が言って、慌ててどこかに走っていった。

何なのだと思いながら、その場に立ち尽くしながら洋紀の後姿を目で追いかけていると、

洋紀が用水路の前に立ちズボンのチャックをおろして尿を放水し出したのだ。

数分後に戻ってきた洋紀は

「わりいわりい、待たせたな」

と、平然と言うではないか。

「お前、今何しに行ったんだ」

「駅まで我慢できなくて、立ちションしてきたわ」

「お前、最低だな。こんなところででおしっこするなんて、北米なら逮捕されるぞ」

「そんな大袈裟なことかよ。日本人の男なら、誰でもするぜ」

僕は絶句した(まだ日本には、こんなにも驚かされることがあるのかと思ったほどだ)

日本人の男は、トイレ以外の場所で、それも用水路におしっこを平然と出来るものなのか。この真実は、お風呂のため湯に家族全員が浸かるということよりも衝撃的だった。

もしも、2年1組に男子生徒がヒロキ軍団以外にもいたならば、僕はこの日を境に洋紀とは絶交していただろう。


 よさこい連盟に加盟している高校生は1年生もいれば2年生3年生もいる。

2年生の僕は、3年生の男子にも普通に接していたら、

「お前、2年生のくせに態度大きいぞ」

と注意された。

「は?」

 たかが1学年しか違わないのに、何の上下関係なんだ?

そいつの誕生月が1月だと後日知った僕は

「なんだ、おまえ1月生まれなんじゃん。僕たちカナダだと同級生だぜ」

と肩を組んでそう言ってやった。

北米では、一学年は1月から12月生まれで構成される。

つまり、僕の態度が大きいと注意してきた1月生まれの先輩と7月生まれの僕は、北米だと同じ学年になるわけだ。

そもそも北米では、先輩後輩的な上下関係なんか実在しない。

僕が長年所属していたアイスホッケーチームでも、僕たちは学年が違えども、チームメートであり良きライバルだ。

僕はメープル4以外に親友と呼べる友達がもう一人いる。

彼は、僕の家の隣の家に住んでいるマイコー(Michael)だ。マイコーは僕よりも一学年下だけど、そんなことを考えて遊んだことなどない。

どんな時だって、僕たちは友達だった。

それよりも、よさこい連盟の3年生の男子がマイコー・ジャクソンをマイケル・ジャクソンと発音したことの方が笑えた。

「先輩、マイケル・ジャクソンじゃなくて、マイコー・ジャクソンですから」

と、わざと先輩と呼んで、注意してやった。

一学年下には、板東英司という後輩がいた。愛嬌があって可愛い後輩だったが、

彼から名前を聞いた時に、僕が何回も聞き直したら

「知っていますよ。もと野球選手の板東英二と同性同名だって言いたいんでしょ。でも漢字が違いますから。僕の漢字は英二ではなく、司の方の英司ですから」

「????」

僕には、何のことだか全く分からなかった。板東英二って誰? だから~、僕は外国人なんだってばよ。

「いや、ちげーし。お前の名前、英語にするとBandageだし」

「何? Bandageって?」

「お前、Bandage知らないのかよ?」

洋紀が会話に入ってきた

「絆創膏のことだよ。絆創膏を英語で言うと、バンドエイジなんだよ」

「まじっすか? 洋紀先輩。俺、ショックなんですけど。俺、絶対に海外旅行に行けないじゃないですか」

「なんでだよ、行けばいいじゃないか」

と僕が言うと、

「だって、名前言ったら笑われるんでしょ?」

「英語のニックネーム付ければいいだけだよ」

「なるほど」

「僕の高校には韓国や中国からの留学生がとても多くいたけれど、みんな発音が出来ない様な難しい名前でさ、そんな人はミドルネームとして英語の名前を付けていたよ。お前もそうすればいいだけじゃんか」

「ミドルネーム? なんかカッコいいっすね。でも今までも、皆が俺のこと英司って呼んでくれるから、俺ファーストネームだけで勝負できないっすかね?」

「やめとけ」

「何でですか?」

「エイジと聞いたら、俺はAGE(年齢)しか浮かばない」

英司はしばし絶句して

「英語の名前って難しいすね?」

なんだか英司が可哀そうになって

「Eで始まる英語の名前だろ? う~ん、そうだな。エデイ・マーフィのEddieか、エルビス・プレスリーのElvisか、エルトン・ジョンのElton、どれが良い?」

「3人とも良く知らない人ですけど、エルビス・プレスリーは聞いたことがあるので、俺エルビスにします」

それを聞いた洋紀が

「お前がエルビスって顔か? どうみてもエデイ・マーフィだろが」

なんて言い出すもんだから、英司は

「いや、僕のことを今日からエルビスと呼んで下さい」

と頑なに譲らなかったものだから、洋紀と僕の2人して英司のことをエルビスと呼び出したら、最初は爆笑していたよさこいメンバー全員が自然に英司をエルビスと呼ぶ様になっていった。

僕の意識の中ではもう、エルビスと言えば、エルビス・プレスリーではなく板東英司しか思い浮かばない。

「エルビス」

「なんすか、ベン先輩」

「折角イングリッシュネーム付けたんだから、これからは英語に興味持てよな」

「まかして下さい。早々に質問ですけど。留学生って英語で何って言うですか?」

「嬉しいね。留学生は英語で色々な言い方があるけれど、日本人はInternational Studentsと言う人の方が多いけれど、もちろん正解だ。でも僕は Foreign Studentsフォーリンスチューデントって言うかな」

「フォーリンなんちゃらですか? なんだかバービーみたいっすね?」

「????」

「フォーリン・ラブじゃねぇちゅうねん。留学生は英語でフォーリンスチューデントって言うんだよ」

とエルビスは洋紀に頭を叩かれていた。

大阪よさこい高校生連盟に1月に入って3ヶ月が経ち、僕たちの学年は3年生へと進級した。

僕はさくらが好きだった。

さくらの雰囲気はナルトに登場するヒナタに少し似ている。

黒いロングのストレートヘアーに前髪がパッツンだから、そう見えるのかもしれない。

練習でさくらが、よさこいを踊るとき、黒いロングヘアーがさらさらとなびく。

僕は、さくらがよさこいを踊っている姿を見るのが好きだった。

僕とさくらは、クラブ活動以外でも、時々2人きりで会う様になっていった。

切掛けは、さくらから英語を教えて欲しいと頼んできたからだけど、悪い気はしなかった。


 3月に入り、桜の花の開花が始まった、

そこで僕は始めて知ったんだ。日本人が桜の花を熱狂的に愛していることを。

僕はカナダのカルガリー出身だ。

つまり寒い地域に住んでいる。

春の訪れは日本に比べると遅い。

だから桜の花にはあまり馴染みがない。

確かカナダでも、バンクーバーは西海岸で温かい地域なので、桜並木が綺麗だと聞いたことがあるが、それでもカナダ人は桜の花に日本人ほどに思い入れを持っていないだろう。

日本人はなぜこれほどに桜の花が好きなのだろうか。

僕がホームスティをする宝塚市の花のみちという場所にも沢山の桜の木が植えられていて、4月になったら満開となり、それはとても美しい景色だった。

僕は大阪朝陽丘学園高校の友達と、よさこいサークルのメンバーとも、そして水木ファミリーともお花見に出かけた。

大阪の造幣局の桜のお花見に出かけた時は、あまりの人の多さに驚き、USJの乗り物を待っている時の様に、ゆっくりとゆっくりと前列が動くのに合わせて進みながら桜を見てまわった。

そして、花見に出かける時にはビーチマットを広げて、それはまるで夏の花火が始まりを待つ様に、桜の木の下にビーチマットを広げて、お弁当を食べた。

カナダ人はピクニックが大好きだが、どこの公園に行ってバーベキューが出来る施設が整っていて、大きなテーブルとベンチも整っているので、ビーチマットを使用する機会は湖(カルガリーは内地なので海はないが、綺麗な湖が沢山ある)に泳ぎに行く時か、花火を見に行く時くらいだ。

日本の友達はビニールシートの上に正座して座り、膝にお弁当を置いて、桜の花を見ながらお弁当を食べている。

僕には正座は出来ないが、なんだが楽しかった。

僕はお弁当の代わりにビックマックセットをマクドナルドで買って花見に参加したが、女の子たちがみんな、自分のお弁当からおかずを僕に分けてくれた。


 4月はことのほか、さくらと会う機会が多かった。

ある日、二人で毛馬の桜之宮公園に出かけた時に僕は思い切って

「僕たち付き合ってみない?」

とさくらに聞いてみた。

「いいよ」

予想外に、さくらは即答で承諾してくれた。

僕のカナダ帰国は7月末だ。

付き合うと言っても残り時間わずか4ヶ月間しかない。

それでも僕は、どうしてもさくらと付き合いたいと思ったし、さくらを僕の彼女として扱いたかった。

僕たちは、それから僕の帰国日まで、放課後も週末もほぼ毎日会った。

僕がブレーデから受け継いだグルメノートは2冊目となり、さくらの助けもあって、パフェ店のリストはかなりの物となった。

梅田界隈のパフェが置いてある店なら、おそらく全店二人で巡ったと思う。

映画は、毎週1作品は二人で見に行った。

水木さんの家で家族と一緒にTVで洋画を見る時は声が日本語に吹替えられていて、一度カナダで観たことがある映画だと、声に違和感があり正直僕は映画が楽しめなかった。

映画館で僕とさくらが二人でチョイスする映画は、必ず洋画で字幕版だ。

僕は字幕を追いかける必要はないので、さくらは

「字幕を読むのに必死だから疲れる」

と良く言っていた。

日本で観る映画は。既にアメリカでは放映が始まっている映画なので、カナダの友人達から、大抵の映画のネタバレは既に聞かされていたが、さくらと映画を観る時間を共有できることは幸せだった。


 僕たちは高校生だ。デート費用にお金はかけられない。

二人で一番多く出かけた先は、やはり年パスを持っているUSJだ。

イースターパレードは二人で何回も見た。

さくらは、イースターが何か全く理解していない。

僕はクリスチャンだから、僕たち家族にとってイースターは特別なお祝いごとだ。

イースターは、十字架にかけられて金曜日に死んだ(Good Friday)イエスキリストが3日後に復活したことを祝うクリスチャンにとっては重要なお祭りだ。北米は、クリスチャンが多いので、イエスキリストが亡くなった金曜日から復活した月曜日まで祝日(ナショナルホリデイ)になっている。


 僕のカルガリーの家族は、イースターでは、イエスキリストの復活を祝い、家族揃って食事をする。

さくらに、

「北米では、イースターの前夜には、イースターラビットが家にやってきて、家の中に沢山の卵形のチョコレートを隠していくんだよ」

と言うと、

「何それ? 始めて聞いた」

「イースターの日の朝は、子供達は目を覚ますと、家に隠されているイースターエッグを探すんだよ。キンダーサプライズって知っている?」

「知ってる! 中にオモチャが入っているやつだよね」

「それそれ。家の中には小さい卵形のチョコレートが山ほど隠されているんだけど、凄い沢山のチョコが隠されているから、中には安いチョコも一杯あってさ。キンダーサプライズはその中でも豪華版なんだよ。キンダーサプライズを見つけた時は嬉しかったよ」

北米では、日本のお正月の様に家族が一同に集まりお祝いの食卓を囲むイベントは大きく4つある。最大のイベントがクリスマス、次にニューイヤー、サンクスギビング(感謝祭)、そしてイースター(復活祭)だ。

北米でも各家族化している。親と同居する子供は滅多にいないが、それでも日本の方が北米よりも各家族化が進んでいる印象を僕は持ったのだが、それは家族にもよるのだろうか?


 僕がさくらと毎日会うことで忙しかったせいか、今までいつも一緒につるんでいたエリーが、なぜなのか僕との距離を取っている様に感じた。

洋紀に

「最近、エリーはよさこいの練習にも来ないし、今まではランチは学校の食堂で、必ず一緒にお弁当を食べてくれていたのに、なぜか最近僕の相手をしてくれないんだよね」

と言うと、

「おまえは馬鹿か。なんで気づいてやれないんだよ。エリーがおまえのことを好きなことは、英語国際科の生徒なら全員知っているぞ」

「え? エリーが僕を好き? 嘘だろう」

今までそんなこと考えたこともなかった。

エリーと僕とミッチョ、ジョーダン、エリックの5人はいつも一緒にいて、僕たち4人は誰もエリーに手を出さないと約束していたから、エリーを女として見たことが一度もなかった。

僕がカナダに帰る日は刻々と近づいている。

僕は帰国する前に、どうしてもエリーと元の関係に戻りたかった。

エリーは僕にとって、かけがえのない親友の一人だ。

エリーを失うことなど考えられない。

それからの僕は、学校内では常にエリーを探しまわり、エリーを見つけたら、無理やりエリーの手を引いて、ランチタイムは一緒に過ごせる様に努力した。毎休み時間はエリーのクラスに行って、エリーの横に座っては冗談を言っては彼女を笑わせた。そんな毎日が続くと、エリーのクラスに僕が行くと、エリーの隣に座る女子が席を譲ってくれる様になった。

おそらくエリーは僕の態度に戸惑っていたに違いない。クラスメートの女子達は、僕とエリーが付き合い始めたと勘違いしていたかもしれない。

僕だってエリーのことが大大大好きだ。

僕なりに想像してみた。

エリーと手を繋ぎたいか? 繋ぎたいと思う。

エリーとキスがしたいか? なんだか恥ずかしいけど、決して嫌じゃない。させてくれるなら、したいに決まっている。

エリーと付き合いたいか? 今まで考えたことはなかったが、もしもアニメ研究会のメンバー達との約束がなかったら、もちろんエリーを女の子として意識していたかもしれない。

でもさくらへの思いと同じかと尋ねられたら、やはり違う。

手を取り抱きしめて口づけしたい相手は、ごめんエリーじゃない。

でもエリーを失いたくない。

男ってやつはと思うけれど、どう考えても気持ちの整理がつかなかった。


 僕の一年間の日本での留学期間を終える時がやってきた。

明日、僕はカナダに帰る。

さくらに会いに行きたい気持ちもあったが、その日僕は迷わずエリーに会いに行った。

「もしもし、エリー。今から会えないかい?」

「ベン明日帰るのに。時間大丈夫なの?」

「もちろん大丈夫だよ。次にいつエリーに会えるのかって考えたら、どうしても会いたいと思ったんだ。西宮ガーデンズで一緒にランチでもどう?」

「うん、分かった。今から準備して直ぐに行くね」

エリーは僕が住む宝塚市の隣町の西宮市に住んでいる。

来日したばかりのころ、必要なものを揃えるために、エリーが何度か連れて行ってくれたショッピングモール・西宮ガーデンズは、今ではその名の通り、僕の庭となった。

「ベン!」

ガーデンズの中に入っている阪急百貨店の入り口前で待っていた僕に、髪の毛をカールして白いワンピース姿のエリーが小走りで手を振っている。

「パーマかけた?」

「ホットカーラー、temporary(一時のこと)なお洒落だよ」

「似合っているよ。うん、実にかわいい」

「もうベンったら」

日本に来てから、何度もエリーと二人で出かけたことはあったけれど、親友として見てきたエリーの服装や髪型に気を留めたことがなかったけれど、エリーは女の子だったんだ。

何を今更と思うけど、今目の前にいる可愛い女の子は、やはり僕の親友の一人という存在だった。

僕はこの日、エリーとランチを食べ、水木さんの家の夕食(最後の晩餐)が始まるぎりぎりまで、エリーと買い物をしたりお茶を飲んだりして一緒に過ごした。

そして、二人して電車を待つ阪急電車の西宮北口駅のプラットホームで、僕はエリーを抱き寄せた。

エリーは驚いた様子だったけど、嫌がって僕の手を振りほどいたりはしなかった。

僕は、エリーを抱きしめたまま、プラットホームに立ちすくんでいた。

「ベン、みんなが見てるんですけど」

「うん、わかってる」

僕はただ、腕の中のエリーを感じていたかった。

1~2分、そのままでいたかもしれない。

僕は目を開けて、

「ごめんよ、エリー。エリー、この一年間いつも僕を助けてくれて有難う。僕はエリーが大好きだ。卑怯かもしれないけれど、これからもずっと友達でいて欲しい」

と言って、書いてきた手紙をエリーに手渡したんだ。


親愛なるエリーへ

エリーがカルガリーに留学して、僕たち4人と出会ったことは運命だった様に僕は思っている。

僕の高校生活の2年間、エリーはいつも僕の横にいてくれて、エリーの存在は、ミッチョ、ジョーダン、エリックと同じで決して失いたくない大切な親友の一人だ。

僕たちは、始めて君と出会った時に、僕たち4人の友情にヒビが入らない様に、僕たち4人は決して君に手を出さないと約束したんだ。君は知らなかったと思うけど。

その約束は、僕が日本に来た後も有効らしい。だから、僕は君にLOVEの気持ちを閉じ込めて付き合ってきたけど、

I love you very much as my best friend. I always love you even I go back to Canada.

Take care Ellie.                         〇×〇×キスハグ

と、手紙に書いた。


一夜明けて今日、僕はカナダに帰国する。

関西国際空港には沢山の人が見送りに来てくれた。

水木ファミリー、さくら、洋紀、寛貴、英語国際科のクラスメート、大阪よさこい高校チームのメンバー、そしてそこにはエリーの姿もあった。

僕は一人一人にハグをして、別れの言葉を伝えた。

もう涙を止めることなんか出来なかった。

大好きな日本、大好きな日本の家族、友達、さようなら。

いつの日か必ず日本にまた帰ってくるから。

Thank you JAPAN!!

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