第5話 もう一人の留学生
僕が入学した大阪朝陽丘学園高校の英語国際科には1学年2クラスしかなかった。
僕のクラス2年1組には留学生は僕だけだったが、2年2組にもう一人留学生がいた。
彼はノルウェイからの留学生で、僕よりも半年早く入学し、半年早くノルウェイに帰国するらしい。
彼の名前は、アンデルセン・ブレーデ、白人だ。
ノルウェイにはノルウェイ語もあるらしいが、彼ブレーデの英語は大阪朝陽丘学園高校のオーストラリアから来ている英語の先生よりも聞きやすかった。
僕たちは当然のこと直ぐに仲良くなった。
「ブレーデは、どうして日本に留学したんだい?」
ブレーデに聞いてみた。
「俺のワンピース(夢への冒険と仲間たちとの友情)を探しに来たんだ」
ここにもいた! 僕はそう思った。
「え? お前もか?」
「なんだよ。まさかお前もワンピースを探しに日本に来たのか?」
「僕はワンピースじゃないけど、五影(五大国をまとめる指導者・影たち)にいつの日かなるために、色々な世界を見たいと思って日本に来たんだ」
ブレーデも日本の漫画ファンだと知り、北米で読んできたMANGA、ブリーチ、銀魂、ワンピース、ナルトが全て少年ジャンプに連載されている漫画だと知った僕たちは、少年ジャンプに夢中になった。日本で手にする少年漫画雑誌は、手頃な料金で購入出来るし、何より漢字にはふりがなが付けられていたから、僕やブレーデでも読むことが出来た。
今までネットでしか読むことが出来なかったジャンプの漫画が、最新号を自分の手で持って読める事に、僕たちは感動した。
エリーがよく語っていたマーガレットという少女漫画雑誌が何かも、来日したことで理解ができる様にもなった。大阪朝日ヶ丘高校は女子校の様な学校だったので、かならず誰かが教室でマーガレットを読んでいたからだ。
僕とブレーデは、母国にいた頃の様に、ジャンプの最新号が書店に並ぶ翌日に、大阪朝日ヶ丘高校の教室でワンピースやナルトの話で夢中になった。
ナルトに至っては、最終回を僕は日本で読むことになった。ナルトの最終回をメープル4と一緒に読めなかったことは残念だったが、僕は一人、漫画の聖地・日本で、ジャンプを握りしめながら、
「ウオ~、ナルトが火影になりよった! 俺も五影になる夢、絶対にあきらめねーてばよ」
僕は、漫画の聖地の大地を踏みしめて、そう叫んでいた。
僕たち留学生は、社会や日本史など、ちんぷんかんぷんの教科の授業には出席しなくて良いことになっていた。
理由は、僕らには難しすぎるからと説明を受けたが、僕たちを相手にしていたら授業が進まないからだろうと、僕たちは本当の理由を容易に想像した。
しかし、社会や日本史の授業はほぼ毎日あるので、それらの時間は図書室で自習をする様にと担任の先生に言われ、僕が図書室に行くと、高い確立で隣のクラスのブレーデもそこにいた。
僕たちは自習時間、二人並んでいつも爆睡していた。
カナダの高校には留学生が基礎英語を学べるESLという授業があったが、大阪朝陽丘学園高校には留学生が日本語を学ぶESLに代わるクラス(Japanese as a second language)はなかった。学費が無料なのだから、僕とブレーテは一言の文句も言わなかった。いや、言えなかったんだ。
ブレーデも大阪朝陽丘学園高校に学費は支払っていないと言っていた。
ブレーデから聞いてまたもや僕が驚いたことは、ブレーデのクラス、つまり2年2組には男子生徒がブレーデ一人しかいないと言う。
僕は絶句した。
僕のクラスにはヒロキ軍団がいるが、留学生のブレーデのクラスには男子生徒がブレーデ一人だと言うのだ。
僕はこれを聞き、深くブレーデに同情した。しかしブレーデの凄いところは、彼はたった一人の男子生徒ながら、留学生活を結構楽しんでいることだ。
僕だったら、翌日に退学届けを提出し、速攻カナダに逃げ帰っていたことだろう。
もう一つ、ブレーデを心から凄いやつだと感心した出来事がある。
大阪朝陽丘学園高校の英語国際科は、各学年クラスが2クラスしかないので、僕たち男子生徒は極端に少ないこともあって、体育の授業は1組2組と合同クラスだった。
つまり、体育の授業だけは男子生徒が僕を入れて4人になるわけだ。それは、僕とブレーデとヒロキ軍団だ。
僕たち4人には体操着に着替える部屋さえ与えられなかった。
1組の女子の着替えは1組の教室が使われ、2組の女子の着替えは2組の教室が使われる。僕たちマイノリティの男子生徒は階段の踊り場(死角になる場所)で着替える様に要求された。
そんなことくらいは、僕だって対して問題にはしていない。
カナダの高校では、日本の高校の女子の様に教室で着替えなどはしない。
男子生徒用と女子生徒用にそれぞれに大きな更衣室が校内に備わっている。
更衣室だけではなく、校内には放課後に生徒たちが自由に使用できるスポーツ器具が整ったスポーツジムまでも完備されている。
それを贅沢などと考えたことさえ僕はなかったが、大阪朝陽丘学園高校にスポーツジムがないことに不満を抱いている訳でもないんだ。
僕がどうしても我慢出来なかったことは、日本人はそれを「ゼッケン」と呼んでいたが、体操着の上着に胸と背中にでかでかと布を貼り、自分の名前を油性マジックで書かされることだった。
僕たちは既に17歳の大人だ。
カナダでは16歳で車の免許が取れ、自分の車を親に買ってもらった友人たちは自分の車を運転して高校に通学している。
当然だが、学校も許可しているし、広い高校のキャンパス内には学生専用の駐車場も完備されている。つまり高校生は大人として扱われている。
それに比べて、日本に留学した僕はと言うと、このでかでかと自分の名前が書かれたゼッケン付き体操着を着用しなければいけない。
その目的はいったい何なんだ? 僕は理解に苦しんだ。
僕はこの体操着を着用している写真だけは撮影しなかった。それは、この上ないほどの屈辱だったからだ。
「そう思うだろブレーデ?」
と言ったら、ブレーデはこう言ったんだ。
「郷に入っては郷に従えと言うじゃないか。僕は日本にはサムライがまだいると思っていたから、日本に留学してあの髪型を要求されることを想像したら、体操着にゼッケンを付けさせられることなんて、なんてことないさ」
と言ったんだ。
「お前は馬鹿か。現代の日本にサムライがいるわけがないだろ」
「まじか、おまえは大人だな」
と逆に感心された。
僕は反論しておきながら、実は僕も忍者が今も日本には実存しているんじゃないかと大きく期待していたんだ。
英語にも同じ様なことわざがある。
「When in Rome, do as the Romans do.ローマではローマ人のようにしなさい」
僕は体育の時間がくるといつもこのことわざを「When in Japan, do as the Japanese do.」に変えて唱えながら、ゼッケンを胸と背中にあてた体操着に息を飲んで着替えるのだった。
体育の授業は男子と女子は分かれる。僕はこのゼッケンを背負った僕の姿を女子に見られるのが恥ずかしかったので、分かれて行われる授業はこれ幸いではあったが、大阪朝陽丘学園高校の英語国際科には男子生徒は4名しかいない。
体育の授業では4人で出来る競技に限られたので、ほとんどがトラック競技だった。
僕はトラック競技が得意だったので、ヒロキ軍団とブレーデと僕との力の差が大きすぎたので面白くはなかった。
トラック競技以外だと、時折4人で出来るスポーツということで、テーブルテニス(卓球)か軟式テニス(僕は生まれて始めて白いボールを使用するテニスがあることを知った)をすることもあったが、ラケットはホッケーのスティックを扱う様には上手く扱えなかった。
大阪朝日丘学園高校の運動会は最高だった。運動会は、英語国際科だけでなく、普通科の生徒も一緒になり、全学年が紅組と白組に分かれて、紅白合戦で競い合った。
小さな運動場のトラックの周りに、全生徒は例のゼッケンが張り付いた体操着に紅白帽を被って座らされた。
国際科は男子の生徒数が極端に少ないので、僕はやたら沢山の競技に駆り出された。
僕がトラックを走ると、「キャ~」と地鳴りが始まったのかと錯覚するほどに女生徒達から黄色い声援を受けた。
カナダにもスポーツデイ(運動会)はあるが、日本の運動会とは全く違う。
カナダでは、広大な運動場の中に、各種競技が同時に分かれて行われるので、観客は分散されてしまう。
日本だと、アリーナで選手たちが競技を競い、周りを囲む様に観客が応援してくれるので、
各競技が盛り上がる。
綱引き(Tug of war)は、カナダでもある競技なので、日本にもあるのかと知って嬉しかった。
日本に来て、北米と比較したら絶対に日本の方が良いと感じたものは、唯一運動会だったかもしれない。
日本の運動会のスタイルは、絶対に盛り上がる。いいね~日本の運動会は。
運動会が終わったら、次は文化祭なるものの準備が始まった。
英語国際科2年1組の出し物は、パヒュームの完コピをすることになった。
僕はYouTubeでパヒュームを何回も視聴し、女子に文句を言われない様に、必死になってパヒュームのダンスを覚えた。
主な練習場所はホームスティ先の自室だったので、なぜこの曲ばかり流れているのかと不思議に思ったケイが僕の部屋を覗き見してきた。
「ベン、何してるの?」
「見るなよ!」
「ブハハハ、何それ? もしかしてパヒュームの完コピしようとしてる?」
ケイに、「文化祭の出し物だ」と説明すると、
ケイも僕の部屋で僕の練習に付き合い始めた(決してお願いなどしていないけど)。
ケイはあっという間にパヒュームの完コピを身に付け、逆に僕はケイにダンスを教えられながら、なんとか形にすることが出来た。
文化祭では、体育館での3ステージを僕たちは完璧に踊りきった。
この頃になって、やっとブレーデが男子生徒一人でも2年2組のクラスに留まっていられた理由が分かる様になってきた。
運動会と文化祭を通して、僕は完全に大阪朝日ヶ丘学園高校英語国際科2年1組のメンバーに同化していた。
洋紀がいなくたって、ヒロキ軍団がいなくたって、クラスメートが全員女子だけだって、I don’t care というよりも、I’m all right. 的な感じになっていた。
僕が大阪朝陽丘学園高校での生活に慣れだした頃に、ブレーデの留学が完了し、ノルウェイに帰る時期が訪れた。
彼が帰国する前に、ブレーデに頼まれてお土産を一緒に探すために買い物に付き合うことになった。
僕たちは梅田のヨドバシカメラに出かけた。
僕は電化製品が好きなので、ヨドバシカメラには良く足を運んでいたのに、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
僕たちはヨドバシカメラの5階にジャンプショップを見つけた。
USJに行く時も駅からUSJに向かう道すがらにジャンプショップを目にしたことはあったが、毎回女子も一緒だったので、子供ぽいと思われたくなかったから入りたいと言えなかったんだ。
ヨドバシカメラのジャンプショップにブレーデと一緒に入り、僕たちは我を忘れ、ランランと目を輝かせて品定めを始めた。
ルフィンの麦わら帽子とチョッパーの帽子を見つけた時には、僕たちの興奮は最高潮だった。
僕は、ルフィンの麦わら帽子とチョッパーの帽子、そして暁のジャケットと木の葉の額あてを4つ購入した。今からミッチョとジョーダンとエリックに見せるのが待ちきれなかった。
木の葉の額あては、もちろん彼らへのお土産だ。やっぱり日本は最高の国だ!
暁のジャケットは来年のハロウィンにカナダの高校に着用して登校しようかと想像するだけでワクワクした。北米のハロウィンは、日本のハロウィンとは全く異なる。日本のハロウィンは大人が主役の仮装大会の様に感じた。北米のハロウィンの主役はもちろん子供達だ。夕方から、仮装した子供達に親が付いて近所をまわり、Trick or Treat と家々に声をかけてお菓子を貰うのだが、小学校、中学校、高校はハロウィンの日は仮装して学校に登校する。一日中、仮装したまま授業を受け、先生も仮装して授業を行う。
ハロウィンは日本人にも良く知られている様だが、北米にはユニークな記念日が沢山ある。セントパトリックデイには(アイルランドにキリスト教を布教した聖人パトリックの命日)、緑の物を身に着けて登校する。僕やミッチョたちは、髪の毛まで緑色にカラーリングして登校したりして、クラスメートを驚かせたこともあった。パジャマデイという日もある。パジャマデイには、実際にパジャマを着て歩いて登校する。先生だってもちろんパジャマを着用して授業をする。
留学期間の折り返しにも到達していないのに、既に沢山のお土産を買い込んだ僕は、上機嫌でブレーデとお茶でもしようと意見が一致した。
ブレーデがお勧めの喫茶店があると言うので、その喫茶店に入り、僕はブレーデが頼んだ同じ物を注文した。
運ばれてきた物はパフェと言う食べ物らしく、アイスクリームやフルーツ、たっぷりの生クリームの上に、ショートケーキが鎮座していた。
お値段は1000円と結構したが、その美味しさはこの世の物とは思えなかった。
僕が感激していると、ブレーデは
「ベン、今日まで日本でパフェを食べてこなかったなんて、半年間の留学生活を無駄にしてしまったな」
と言われた。
「お前は、どれだけこの美味い食べ物を食べつくしたんだよ?」
「大阪の全店とまでは言わないが、数えられないくらい食べ歩いたぜ」
「まじでか、一人で?」
「男一人のパフェ巡り、悪くないぜ」
「ブハハハ」
ブレーデは日本のパフェの美味しさに感激して、大阪市内のパフェが置いているあらゆる喫茶店を一人で巡って、片端からパフェを食べてきたと言うのだ。
ブレーデはパフェマップなどと言う自分だけが分かる手作りのパフェグルメノートを作っていた。
僕はそのグルメノートをブレーデに頼み込んで譲ってもらうことに成功した。
成功した秘訣は、そのグルメノート作成の後を引き継がせて欲しいと懇願したからだ。
つまり、いつかこのノートはブレーデに返さなければいけない訳だ。
僕はカナダに帰国したら、カナダでパフェ専門店を開けないかと考え始め、残りの留学期間はこのグルメノート製作に没頭することになる。
日本はチップという制度がないので、どこで何を食べても得をした感じがする。
北米では、レストランで何かを食べたら、請求額の10~15%のチップを支払わなければいけない。
北米でもファーストフードのお店ではチップの支払いは必要ではない。レストランとファーストフード店の違いは、ファーストフード店では、ウエイターやウエイトレスが水や料理を運んだり、さげたりしてくれるサービスがない。チップとは、サービスに対しての対価として支払うものなのだ。
つまり、美容院に行ったならば美容師に、ホテルでベルボーイに荷物を持ってもらったならばベルボーイに、タクシーに乗車したならばタクシードライバーにも、チップを支払う必要がある。日本は、こんなにもサービス大国なのに、どんなサービスに対してもチップを必要とされない。日本はサービスが無料だと言う不思議な国だ。
僕はブレーデに
「ホームスティの家は、学校の近くかい?」
と聞いてみた。
「全然近くないし。まじ遠いぜ」
「通学にどれくらいかかる?」
「一時間半ってところかな」
「えっマジで、僕もそれくらいなんだ。ということは、僕たちのホームスティ先は近いのかな?」
「俺のホームスティ先かい? 関西国際空港から近いぜ」
ブレーデのホームスティ先は、関西国際空港の近くだと聞かされた。
「とおっ!」
とっさに出た僕の一言だった。
大阪朝日ヶ丘学園高校を軸としたら、僕たちのホームスティ先は真逆に向かってそれぞれ電車で1時間半要する。
僕たちの互いのホームスティに遊びに行くとすると、片道3時間近くかかることになる。電車賃を検索したら、運賃は片道約2,000円。往復で4,000円だ。
僕たちは留学期間、お互いのホームスティ先に興味はあったが、交通費の負担を考えると決して遊びに行くことはなかった。
日本で買い物をしていて不思議に思うことが多々ある。
まずは、なぜにあれほどの過剰包装をするのだろうか?
例えば、百貨店で1000円ほどのチョコレートを買ったとしよう。
お洒落な箱の中に10個入ったチョコレートはそれぞれが銀紙で包装されて、お洒落な箱に入って、その上に薄手のプラスティックでシールされている。
それを購入すると、店員は包装紙で箱を丁寧に包装してくれる。
その上、リボンの色まで何色がいいか尋ねられる。
銀紙に包まれ、箱に入れられ、シールされ、包装紙で包装された、わずか1000円のチョコレートは、最後には百貨店の紙袋に入れられ、最後のとどめを刺すかの様に、
「お渡し様にもう一枚別の袋をお入れしておきますね」
とその店員は言った。
僕が使ったお金はわずか1,080円だ。全部の包装はいらないから、200円値引きしてくれた方が嬉しいと思ったほどだ。
カナダで同じ商品を購入したら、チョコレートは銀紙になど包装されてはいない。チョコレートは箱にそのまま収められている。そして、チョコレートが入った箱は、そのまま店の名前が印刷されたビニール袋に入れられて渡される。
それのどこに不満があるだろうか?
誰かに渡すプレゼントとして購入した品物であれば、モール内にあるサービスカウンターに行き、レシートと商品を渡すと、無料で豪華に包装をしてもらえる。その出来栄えは、日本人でも満足してもらえるはずだ。もちろん自分で食べるチョコレートならば、そのまま持ち帰って食するので、過剰包装など全く必要としない。
もう一つ、不思議に思ったことは、日本は都道府県が変わっても消費税が同額なことだ。
僕は、カナダのアルバータ州カルガリー市からやって来た。
州とは、日本でいう都道府県に値する。
カナダは世界で2番目に大きな国で、国土は日本の27倍ある。
それなのに、州(都道府県)の数は13州しかない。
日本はカナダの27分の1しかないのに、47都道府県もある。
カナダは13州ごとに消費税の率が異なる。
カナダの消費税(HST)は、国税(GST)と州税(PST)とに分けられていて、国税(5%)は全州同額だが、州税が州により異なるから、州により消費税率が異なるのだ。
トロントがあるオンタリオ州は州税が高いので、消費税(HST)は13%するが、僕が住むアルバータ州は州税が0%なので(アルバータ州では石油が取れるから豊かなのだ)、消費全はGST5%だけしか課税されない。
アメリカも州により税率は異なる。
異なるのは税金だけじゃない。北米では、法律も州によって異なる。
例えば、2010年冬季オリンピックが行われたバンクーバーがあるブリティッシュコロンビア州は、同性婚が法律で認められている。そう、男同士、女同士の結婚が同性同志の婚姻と同じ様に法的に守られている。
カナダでは、オンタリオ州とブリティッシュコロンビア州では、同性結婚が認められているが、他州では認められていない。
実は僕の従兄弟はゲイだ。
従兄弟家族は、アメリカのコネチカットに住んでいるが、アメリカは全州で同性婚が認められているので、彼は去年アメリカ人男性と結婚した。
カナダでは、同性婚は全土で合法ではないので、同性婚を望むカップルは合法な州に移り住んでいく。
カナダでは、成人の年齢規定も州により異なる。
ブリティッシュコロンビア州では19歳で成人となるが、僕が住むアルバータ州では18歳で成人として扱われる。
日本人に話すと驚かれるが、北米は州によって時間も違う。
つまり国内にタイムゾーン(時差)があるわけだ。バンクーバーが12時の時、カルガリーは13時、トロントは15時だ。
日本は、法律も税率も時間も47都道府県すべてが統一されている。
外国人の僕にとっては、とても不思議な国に思える。
日本全国統一されていることは便利ではあるだろうが、都会ではなく地方都市に暮らす日本人にとってはどうなのだろうか?
北米では税率、法律などから、住みたい州を国民が選んで移り住み、暮らしている。
日本は全てが横並びに同じだから、消費税が安いから〇〇県に住みましょう的発想にはならないから、国民にとって選択する利点が少ない様に思える。
例えば僕が日本の政治家ならば、沖縄の基地問題の解決策として、沖縄県は消費税0%にすることを提案したい。そして、沖縄の消費税分は他の都道府県が負担することを提案するだろう。
これで全国民が傷みを分かち合い、国民全員でアメリカ駐留の負担を補える。
消費税が0%の沖縄県には日本の生産業務を担う会社が沢山工場や本社を移動していくだろう。
つまり沖縄県では雇用が増える。沖縄県民の感情も緩和されるんじゃないだろうか。
今僕が語ったことは、外国人から見た、日本の不思議だ。
日本人から見たカナダの不思議もきっとあるだろう。
僕は、外国人からの視点が正しいとは決して言わない。
でも僕は留学を通して、日本人が知らないことを沢山気づき、考える力を身につけることが出来たと思っている。
日本政府は今、外国人への日本語育成のために多額の税金を投資している。
日本語が話せる外国人を日本で育成し、彼らが母国に帰り、日本との橋渡しになる仕事に就いて欲しいという日本政府の戦略のために、日本政府は日本語を学びたい外国人に奨学金を出している。
僕もこの戦略を活かして、いつか多言語を活かせる仕事に就きたいと思っている。
僕の夢は、五影(五大国をまとめる指導者・影たち)になることだ。具体的に言うと、僕は政治家になりたいと思っている。ゴールはカナダのプライムミニスター(総理大臣)になることだが、他国の政治家たちと直接話し合いが出来る様に、より多くの言語を身につけたいと思っている。
これだけの数の外国人が日本で暮らしている時代だ。
僕たちも日本の良い文化は自国に持ち帰りたい。しかし、日本も他国の文化に目を向けるべきだろう。
日本人は日本の国籍しか所持してはいけないらしい。僕なんて国籍を3つ持っているというのに。
日本は、なんて時代遅れの国なのだろうと感じたことは、正直な僕の感想だ。
最後に日本人に言っておきたい。
公衆便所の使い方、難しすぎるだろ。
僕は今まで、大の方のトイレに入るたびに、
どのボタンを押せば流せるのか、未だに直ぐに見つけられない。
英語表記はないし、一番大切な「流す」のボタンが明快ではない。
毎回、色々なボタンを押してみるけど、水が流れる音がしたので、安心して便器を覗くとものは流れていない。音だけだって、これなんなんだよ。
この前は、かたっぱしからボタンを押していったら、便器の中からシャワー水が出てきて僕の幹部を直撃した。個室の中で、「ギャー」と叫ぶ僕の声を聞いて、外にいた人は何を想像しただろうか?
同じ様な機械が水木ファミリーの家のトイレにも付いていたので、後日その機械の使い方をパパさんに教えてもらった。
僕は、公衆トイレに入って、「流す」の文字を探すことよりもまずに先に気を付けていることがある。トイレの便座に座ったら、『止』の漢字をまず探してから用を足すことにしている。なぜかって? 便器の中からシャワー水が出て僕の幹部を直撃した時に、僕はあまりの衝撃的な出来事に便器から飛びあがり、必死にシャワーを止める方法を探したのだが分からずにパニックに陥ってしまったんだ。あの恐怖を二度と味わうことのない様に、『止』は日本に来て、僕が初めに覚えた漢字だ。
僕はこのウォシュレットトイレを大いに気に入り、ヨドバシカメラで、北米使用が出来る商品が売られていたので購入した。
カナダの家に取り付けて、家族の反応を想像すると今から楽しみだ。
もう一つここに書いておきたいことがある。
日本人は意識をしていないだろうが、僕は日本で目にした自動販売機の量の多さに正直驚いたが、それは日本が実に安全な国であるかの象徴の様に思えた。
ニューヨークにだって、飲み物が購入できる自動販売機が屋外に備え付けられていることが希にあるが、屋外に設置されている自動販売機はケイジ(檻)の中にあって、飲み物が入ったペットボトルが出てくる箇所だけが、手を突っ込めばボトルを取り出すことができる。それ以外の箇所はケイジの中なので手に触れることは出来ない。日本の様な自動販売機をニューヨークのダウンタウンに設置したら、その日のうちに現金も販売機の中の飲み物も盗まれ、その上自動販売機は壊されて二度と使い物にはならないだろう。
日本には様々な自動販売機がある。僕が北米で知る自動販売機は飲み物が定番だし、屋外には滅多に設置されない。モールの中など、壊される危険性が少ない所に自動販売機は設置されている。
日本だと、飲み物がコールド(冷)とホット(温)と分かれているし、商品見本は必ずディズプレイされているし、タバコやお酒が自動販売機で売られているのを目にした時は衝撃だった。
果物(バナナ)、野菜(たまねぎ)、新聞、週刊誌、エロ本、ラーメン、うどん、などが買える自動販売機なんかも確か見たことがあったな。
とにかく変わった自動販売機を見つける度に、僕は写真を撮ってインスタにあげているので、僕のインスタには世界中からコメントが寄せられてくる。
実は北米ではとても当たり前なことなのに、日本にはないものだってあるんだ。
是非、日本も導入するべきだと僕は思っている。
日本に来て、日本も意外とリサイクルが進んでいると感じはしたが、まだまだ北米の方がリサイクルは進んでいる。
例えば、北米のスーパーでジュース(ボトルでも缶でも構わない)を1つ購入したとしよう。値段は分かりやすい様に1つ100円だったと仮定しよう。例えばカルガリーで100円のジュースを1本スーパーで購入すると5%の消費膳が加算され、105円になる訳だが、カナダはこの105円にボトル税5円が加算され、100円の商品が110円で売られている。消費税は日本と同じく税金だ。このボトル税の5円は何かと言うと、リサイクルのためにこの商品のボトル代を先に5円徴収しますという税で、飲み終えたらどこの店でも良いのでそのボルトを返しに行ったら、先に預かった5円を返してもらえるというリサイクス環境が整っている。日本の様に100円プラス消費税108円でドリンクを購入したら、ボトル代を徴収されていないので、飲み終えたら、駅の構内のゴミ箱に捨てたりするよね。しかし、先にボトル代として5円を支払っていると返してもらいたいという心理が働くので駅の構内に捨てず、カバンの中に入れて自宅に持ち帰るはずだ。
カナダはあらゆるところに、Bottle Depot (ボトルディーポット)という施設があり、スーパーに行かなくても家に溜めておいたボトルやビンをボトルディーポットに持っていくと現金に交換してもらえる。例えば、子供のお弁当に毎日パックジュースを一つ付けて持たせても、子供たちは飲み終えたパックジュースを家に持ち帰ってくる。もしくは学校内のリサイクルボックスに入れている。学校は、生徒たちがリサイクルボックスに入れたボトルやパックをボトルディーポットに持って行き現金に交換し、学校の備品購入にあてている。
毎日何かのジュースを学校に1つ持って行くと計算すると5円×週5日×4週間で1月に100円ボトルディーポットで貰えることになる。家で飲む大きめなオレンジジュースやリンゴジュースのパック全てにパック料金が購入時に課税されるので、どの家庭にも大きなリサイクルボックスが置かれている。1ヶ月も経てばジュース缶やパック、ボトルは山ほど溜まっているはずだ。そして、ボトルディーポットに持っていけば容易に1000~2000円もらえる量に達することになる。
ボトルディーポットまで行かなくても、スーパーに買い物に行くついでにボトルを持って行って渡しても同額が貰える。道端で5円が落ちていたら拾う人もいるでしょう。同じ感覚でボトルが道端に転がっていたら拾う人がいるので、公共のゴミ箱にボトルや缶が残っていることはまずない。その理由は現金と同じだから、誰かが拾うのだ。
僕が小学校の時に入っていたアイスホッケーのクラブでは、遠征費の補助になればと、クラブに所属する子供たちは週末に近所の家々を周り、空き缶やパックを頼んで寄付してもらったものだ。集まったボトルや瓶やパックは、監督さんがボトルディーポットに持って行き現金に交換して、子供たちの遠征費の足しにあてたりすることは、どこのクラブでもやっていることだった。
北米では当たり前のリサイクル方法だが、世界は広い。日本人だけでなく、北米人の僕が驚くリサイクルを試みている国も探せばあるのかもしれない。
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