第2話 エアカナダ、大阪に向かう
カナダの高校は6月の中旬で授業が終わる。
新学期が始まるのは9月からなので、夏休みは2ヶ月半ととても長い。
僕が住むカルガリーは、カナダのアルバータ州の第二都市で、1998年に冬季オリンピックが行われた場所だ。
日本人に馴染みがあるとしたらロッキー山脈の近くと言った方がイメージしやすいだろうか。
つまり寒いところだ。
7月8月の気温は25度前後で湿度もなく最高の気候だが、10月には初雪がちらつき、一年の半分は雪で覆われ、12月から2月にはマイナス20~30度になることもある。
そんな街で暮らしている僕が、あろうことに真夏の8月に訪日するために今飛行機に搭乗している。
僕はカルガリー国際空港からバンクーバーにエアカナダ207便で移動し、バンクーバー国際空港で乗り換え、同じくエアカナダの1951便でバンクーバー国際空港から関西国際空港に向かう飛行機に、今搭乗している。
僕の隣の席には日本人の女性が座っている。
彼女は、僕が口を利いた人生で二人目の日本人ということになる。
彼女の英語はエリーと違って(もちろん、エリーの高校の英語の先生よりも)とても上手だ。
彼女の話を聞くと、カナダ人と結婚し現在はカナダに移住してバンクーバーに住んでいるそうだ。
彼女から
「Where are you from? 出身はどちらですか?」
と尋ねられたので、
「カルガリー」
と答えたら、僕は彼女の一瞬の表情を見逃さなかった。一瞬、彼女は失笑したのだ。
そう僕は、バンクーバーに住む彼女からしたら田舎者なのだ。
素直に、
「カルガリー(アルバータ州)は田舎ですか?」
と尋ねると、彼女は慌てて
「そうじゃないの。私はアルバータ州立大学に留学していたから、アルバータ州の冬の厳しさを良く知っているから、8月に日本に行こうとしているあなたは正気かしらと思って、思わず笑ってしまったの。ごめんなさいね」
と言われた。
そういえば、エリーも8月に来日するのは自殺行為だと言っていたが、仕方がないじゃないか。
北米では、9月から新学年が始まるので、一年後の高校復学を考えると、どうしても留学先の日本の高校には9月に入学することがベストになるのだから、少し早めに入国を考えると、8月の渡航になってしまうわけだ。
隣席に座った日本人女性の名は岡本陽子さんと言うらしい。
大阪出身だと言う陽子さんは、
「大阪に留学するカナダ人なんて珍しい」
とケタケタ笑って、大阪の魅力をたっぷりと僕に聞かせてくれた。
陽子さんは、おもむろに鞄からメモとペンを取り出し、僕に
「日本語と関西弁は違うのよ」
と説明を始めた。
「関西弁って何?」
と陽子さんに尋ねると、意外にも日本語の単語を英語に織り交ぜ話す僕を見て、陽子さんは僕にクイズを出してきた。
「Thank you は日本語で何?」
と聞いてくるので、僕は自信満々に
「ありがとうございます」
と答えると、
「NO! 関西では、『おおきに』と言うのよ」
と教えてくれた。
陽子さんは、メモにスラスラと関西弁辞書を作成し、僕に渡してくれた。
そこには、この様なことが書かれていた。
Good morning おはようさん
Good bye さいなら
Sorry かんにん
Silly あほちゃいまっか
How are you? もうかりまっか?
I am fine. ぼちぼちでんな
Hello まいど
Why なんでやねん
I Love You. すきやねん
とメモには書かれていた。
僕が知っている日本語はそこには何一つなかった。
しかし、僕は不思議だった。
エリーがこれらの関西弁を使っていることを一度も聞いたことがなかったし、日本語クラスのサチコ先生からも習ったことさえなかったからだ。
今から大阪に向かう僕にとっては、陽子さんからの教えは天の助けと思い、陽子さんからもらったメモを大切にポケットにしまった。
陽子さんは、とても上手な英語で
「関西人は優しい人ばかりなので、心配しなくても大丈夫よ」
と、落ち込む僕を見て勇気づけてくれたが、陽子さんは笑いが止まらない様で、何だか楽しそうだ。
この時はまだ、僕は陽子さんの悪戯に気が付けるはずもなかった。
陽子さんの隣の席には、つまり僕の2つ隣の席には、カナダ人と日本人のハーフの小さな男の子がスヤスヤと眠っていた。
彼の顔はとても綺麗な顔をしていた。
僕はカナダ人と日本人のハーフの子供を見るのが始めてだったので、
「とてもハンサムな息子さんですね」
と陽子さんに言うと、
「私に似ていないでしょ」
と照れながら話す陽子さんの姿は、なんだか可愛い人だなと思った。
陽子さんに子供の名前を尋ねると
「ジョーと言うの」
「JOE? 英語の名前をつけたんですか?」
と言うと、
「JOEは英語の名前だけど、日本語の名前でもあるのよ」
と教えてくれる。
「私の息子ジョーは漢字の名前もあってね」
と言いながら、『成』と漢字を手帳に書いて見せてくれた。
「この漢字には意味があって、サクセス(成し遂げる)という意味があるの」
と教えてくれた。
陽子さんに、僕の名前を自己紹介した時に、
「僕は皆にベンと呼ばれている」
と伝えたら、陽子さんは僕に漢字の名前をプレゼントしてくれた。
僕の名前の漢字は「勉」がいいと、書かれた漢字のメモを手帳から剥ぎ取り、僕に差し出してくれた。
「実はね、私の初恋の人の名前が森本勉(モリモトベン)君という名前だったのよ」
と言いながら、陽子さんは一人でうっとりした顔でどこかを見つめている。
僕はモリモトベンさんを知らないので、僕には感情移入は出来なかったが、漢字の名前が出来たことで、なんとなく僕は嬉しくなった。
そして、陽子さんは「勉」にはSTUDYという意味があると教えてくれた。
よし、今日から僕の名前は、ロゼック勉と名乗ろうと、そして名前にふさわしく、大阪の高校で勉強に励もうと決めたんだ。
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