こいほり

YB

第1話 僕が日本に行くその理由(わけ)

 僕はドイツの大都市ベルリンで生まれ、一歳の時に両親と一緒にアメリカに移住し、ニューヨークで10年間暮らした。

それから父親の仕事の関係でカナダのカルガリーに引っ越してきた。

ドイツ・アメリカ・カナダは二重国籍を認めているので、それぞれの国でシチズンシップ(市民権)を取得している僕の家族は、国籍を3つ持っていることになる。

それは、合法的にパスポートを3つ所持出来ることを意味するが、パスポートを更新する手間暇とその費用を考えると、僕は今カナダのパスポートしか所持していない。さらに、僕は生まれてからずっと毎年夏休みには、母方の婆さんが住むスペインで過ごしてきたから、ドイツ語と英語とスペイン語を流暢に話し、カナダの公用語(英語とフランス語)のフランス語も話すことが出来る。つまり僕は高校生にしてMULTI-LINGUAL (モルティリンガル)という訳だ。

英語が話せれば、世界の5分の1の人々とコミュニケーションが取れると言われている。スペイン語が話せるとポルトガル語とイタリア語も理解が出来る。この地球では、英語とスペイン語の二言語が話せれば、大半の国の人とコミュニケーションが取れる、つまり無敵というわけだ。


 僕の名前は、ベンジャミン・アレックス・ロゼック。

英語圏の国の人の名前には、ファーストネーム、ミドルネーム、ラーストネームで構成されている。

ファーストネームが日本で言うところの名前で、ラーストネームが苗字だ。

家族や友人たちは、僕のファーストネームを短くして、僕のことをベンと呼ぶ。

日本にはミドルネームに代わる名前はないけれど、ミドルネームは親から受け継がれることが多い。もちろんそうしていない人もいる。

僕の場合は、ミドルネームは僕の父親のファーストネームから付けられている。

僕の父親の名前は、アレックス・ジェームス・ロゼックと言う。

もうお分かり頂けると思うが、僕の祖父の名前はジェームスだ。


 僕は昨日、カナダの家族が住むカルガリーの家で、僕の17歳のバースデイパーティを沢山の友人を招いて盛大にお祝いをしてもらったんだ。

僕のバースデイパーティに来てくれた、付き合ってちょうと一年になる彼女のアビリルからは笑顔が見られない。

それはそうだろう。

明日の朝には僕(彼氏)は日本の高校に留学するために出発してしまうのだから、彼女のアビリルに笑顔が見られなくても仕方がない。

「ごめんよ、アビリル」

彼女から離れるのは淋しいけれど、いよいよ明日日本に出発するのかと思うと、僕は淋しさよりも興奮する気持ちの方が優っていた。


 僕が一年間日本の高校に留学することを決めたのは、半年前のことだ。

僕がグレード10(高校1年生)の時に、このカルガリーの田舎町に日本人の高校生が一人転校してきたんだ。

カナダは英語圏で比較的安全な国だから、僕が住んでいるこんな田舎街のカルガリーでも留学生が沢山やってくる。

僕が通っている高校には、韓国と中国からの留学生たちをキャンパスで良く見かけるが、日本からの留学生を見るのは今回が始めてだった。

僕は、子供の頃から家の中では4ヶ国の言語が飛び交っていたので、4つの言語を使いこなす僕はクラスメートたちから尊敬の眼差しで見られていることに気を良くしていたので、違う国の言語にはとても興味を持っていたんだ。

実を言うと、そんな僕でも日本については全くと言って良い程に何の知識も持っていなかった。日本がどこにあるのかさえ知らなかったし、中国大陸のどこかにある小さな国だと思っていたんだ。白状すると、日本は中国の一部だと思っていたほどに、僕は無知だった。


 そんな僕だったが、小学生の時に住んでいたアメリカのTVで放送されていた(もちろん英語で)ドラゴンボールに始まり、続けてポケモン、デジモン、遊戯王のアニメをTVで観て育った僕は、僕が通っていた小学校の子供たちを魅了している全てのアニメが日本発信の漫画だと知り、それからは日本に対して、憧れの様な気持ちを抱く様になったんだ。

高校生になってからは、授業で選択しなければいけない第二言語は、日本語が話せる様になりたいと思って日本語を選択したし、学校では親友たちと一緒に日本アニメ研究会なるものを発足したんだ


 僕たちの高校に、日本人の留学生が入学してきた。僕たち日本アニメ研究会のメンバーが、入学してきた日本人留学生を放っておくはずがなかった。

彼女、そう日本人の留学生は女の子だった。

江梨子(僕たちは彼女をエリーと呼んだ)がアニメ好きかどうかなんて僕たちには関係がなかった。

僕達は生まれて始めて見る日本人と友達になりたかったんだ。


 僕をリーダーとする仲間、ミッチョ、ジョーダン、エリックの男4人で、エリーが履修している留学生たちが英語を学ぶ授業ESL(English as a Second Language)のクラスに行き、アニメ研究会に入って欲しいとエリーを勧誘したんだ。

エリーの英語はあまり上手じゃなかった。

でも、ピカチュー、ベジータ、ナルト、などの単語は聞き取ってもらえた様で、僕たちのクラブが日本のアニメに関係していることは理解してくれた様だった。

お調子者のミッチョは、「ピカピカ」と言いながらと小躍りしたり、「影分身の術」と言って両人差し指を立てて印を結んで見せたり、言葉が通じないならばボデイランゲージを駆使し始めた。

僕は、紙に英語で

「We will come back here after the class and take you to our club. 放課後にクラブに連れていくから迎えに来るね」

と書いて、メモをエリーに手渡した。

「Excuse me, I didn’t say I am coming. あの~、行くって言ってないんですけど」

エリーの小さな声は、僕たちの耳には届かなかった。

ESLの教室を出た僕たち4人は、歓喜の雄叫びを上げたんだ。

日本人と生まれて始めて口を効いたこと、それに思っていた以上にエリーが可愛かったことに興奮したんだ。

「エリー、可愛いいじゃん」

「なんだかおとなしそうだけど、芯は強そうな女の子だったよな」

「うんうん。日本の漫画に出てきそうな女の子だったな。でもアメリカの漫画には絶対出てこないタイプだな。」

「PEANUTS(スヌーピー)なら出てきてもいいんじゃないか。ルーシーかサリーの友達役なんかでさ。パワーパフガールズだと無理だな」

「でも日本人だぜ。俺、友達になりたいよ」

「そりゃ、俺だってなりたいよ」

「お前、手出すなよ」

「お前こそ、絶対に手出すな!」

「じゃあここで約束しよう。俺たち4人は誰もエリーには手を出さないこと」

「わかった、約束する」

「特にジョーダン、裏切るなよ」

誰かが、一番のモテ男のジョーダンを名指しした。

「なんで俺なんだよ。はいはい、わかりました。エリーには絶対に手は出しませんよ」


 僕たち4人は、学校では日本アニメ研究会に属しているが、それぞれが地域のスポーツクラブに属しているスポーツマンだ。

僕は翌年にエリーを頼って日本の高校に留学することになるのだが、日本の高校と北米の高校では、学校のクラブについての認識が全く異なる。

日本の高校の運動部は、毎日放課後にクラブ活動があり、土日や夏休みも登校して熱心に練習に明け暮れるが、北米では、本格的にスポーツに励みたい子は、高校のクラブではなく地域のスポーツクラブに所属するのが普通だ。

僕とエリックは地域のアイスホッケーチームに所属している。

特にエリックはプロのアイスホッケー選手を目指している。

エリックは高校生なのに既にスポンサーが付いていて、彼のアイスホッケーにかかる遠征費などは全てスポンサーが出してくれている。

ミッチョとジョーダンは幼馴染みで、小学校の時から同じ地域のアメリカンフットボールクラブに所属している。

毎年2月になりスーパーボールの季節が訪れると、ミッチョとジョーダンは、アメリカン・フットボール・カンファレンス (AFC) とナショナル・フットボール・カンファレンス (NFC) のどちらが優勝するかを賭けあっている。

自分で言うのも何だが、僕たち4人は学校ではかなりのモテ男たちだ。

僕たち4人には、彼女がいなかった時期さえない。

僕たち4人がキャンパスを歩くと、どういう訳か女子生徒たちにキャーキャー騒がれる。僕たちは、まるでアイドルの様だ。廊下を歩いていると、女子生徒たちから必ず声をかけられる。

「ベン、今週末のパーティに来て欲しいだけど」

「ジョーダン、今度いつデートに誘ってくれるの?」

「ミッチョ、まだ彼女と別れないの?」

「エリック、次のホッケーの試合絶応援に行ってもいい?」

北米の女の子たちは、とても積極的だ。僕たちに彼女がいようが、そんなことはお構いなしだ。今の彼女と別れたら次は私を彼女にしてねと、僕たちは彼女たちにいつだって狙われている。

僕の彼女のアビリルは、僕が前の彼女と別れた翌日には付き合って欲しいとアプローチしてきた。こんな綺麗な子から告白されたら、フリーになった僕が断るなんて彼女に失礼じゃないかと思い付き合うことにしたんだけど、当時の僕はその程度の男だったんだ。

僕たち4人の学校の成績はストレートAだ(全教科優評価)。北米では、文武両立は当たり前で、スポーツマンは大概勉強も出来るものだ。日本ではスポーツばかり打ち込んでいるスポーツマンは馬鹿が多いと、「スポーツバカ」という言葉があると聞いたが、北米では考えられない。北米では、どれだけ競技のレベルが高くても成績が悪ければ試合には出してもらえない。北米では、勉強が出来る前提のもと、スポーツでも高いプレイを求められるんだ。


 そんな僕たちがエリーを無理やりアニメ研究会に入部させたことで、エリーはカナダ人の女子生徒たちからは総スカンを食らってしまい、可哀想なことをしてしまったが、その分僕たち4人は常にエリーと一緒にいて、僕たちはまるでエリーのナイトにでもなった気分で、エリーをカナデイアンガールズ(時にはボーイズ)から守る様に、僕たちの行動は常にエリーと一緒だった。

ある日、僕たち4人が廊下を歩いていると、白人の女子生徒数名にエリーが取り囲まれているのを目撃した。

「ベンたちにチヤホヤされているからって、いい気になるんじゃないよ」

「なに、そのダッサイ服、ジョーダンたちもこんなブスのどこがいいのかしら」

「早く日本に帰れ、このブス」

「誰がブスだって?」

「キャー ジョーダン。違うの、これはね」

ジョーダンが、彼女達をにらみつけた。

ジョーダンが発した言葉に。彼女達はアタフタしている。

「俺たちのエリーに、手出すんじゃねー」

普段温厚なミッチョまでも、ぶち切れた。


 ある日は、エリーがESLクラスの中国人留学生に告白されたと聞き、僕たち4人はその中国人の留学生を呼び出して、ボコボコにして「エリーに二度と手を出すな」と忠告した。

帰宅した中国人の留学生は、ホストマザーに事情を話した様で、僕たち4人は校長先生から呼び出されて、こっぴどく叱られ、1週間の自宅謹慎処分を受けるはめになった。親まで学校に呼び出されて、帰宅後に親からもこっぴどく叱られた僕たちだったが、それでもエリーにちょっかいを出す男が現れたら、僕たちは全力で阻止し続けたことだろう。

エリーは小柄で大人しくとても可愛かった。カナダ人の高校生女子たちは、派手なメイクアップに体形を強調させる様な洋服を身につけている子が多いが、エリーはまるで小学生の様だった。

だから僕たちのエリーに対する気持ちはLOVEとは少し違っていたが、僕たち4人は約束したんだ。

決して、誰もエリーには手を出さないことを。


 ドラゴンボールで始まった僕たちの日本のアニメヒストリーは、高校生になる頃には、ブリーチ、銀魂、ワンピース、ナルトへと好みは変わっていった。

日本でこれらの漫画が、漫画雑誌に最新作として掲載されると、数日後にはネットで英語版が配信されるので、日本人の高校生たちが例えばナルトの最新作について教室で語り合う様に、数日遅れではあるけれど、海を渡った大国カナダの高校生である僕たち4人も今週号のナルトについて語り合ったりしていたんだ。

日本の漫画が英語でネット視聴できると言うことは、間違いなく世界中の高校生たちが、僕たちの様に、ブリーチ、銀魂、ワンピース、ナルトに夢中になっているに違いないんだ。

その当時は、何の疑問も感じることなく、日本の最新漫画を僕たちが理解できる言語(英語)で読める無料サイトに飛びついていたが、大人になった今だから考えさせられることだが、もしかしたら僕たちが観ていたサイトは違法サイトだったのだろうか? 


 その当時、僕たちが知る生きた日本人の高校生はエリー一人だった。

エリーは

「私は、マーガレット派なの」

と僕たちには意味不明な用語を使ったりする。それが、少女向け漫画であることは、彼女の下手な英語の説明からでも何となく理解することが出来た。

僕たちは日本にはワンピースやナルトと同じくらいにファンがいる少女漫画という世界があることを知り、僕たちが知らない日本の漫画のことを少なくとも僕たちより知っているエリーは尊敬に値する存在だった。

エリーは、僕たち4人が

「日本の少女漫画、花より男子に登場するF4みたい」

なんて、またもや僕たちには理解不能なことを言ってくるので、ネットでその漫画を検索してみたら、英語バージョンの動画を見つけけることが出来た。

動画(アニメの声は日本語だが、画面下に英語の字幕[キャプション]が出る)を見つけた。

僕たち4人は興味津々、花より男子の漫画動画を視聴した。

F4、これがエリーの言う僕たちに似ている男子4人組らしい。

ブハハハ、僕たちは笑った。

そしてエリーは、僕たちのことを「メープル4」と呼ぶ様になった。

カナダの国旗に描かれるメープルリーフ(楓の葉)から名付けられた様だが、信じられないかもしれないが、エリーが名付けたメープル4という呼び名は学校中に広まり、今では僕たち4人は本当にメープル4と呼ばれている。


 ミッチョにはバンクーバーに親戚がいるらしく、夏休みにバンクーバーに遊びに行ったミッチョがバンクーバーダウンタウンのロブソンストリートーで日本の書店ブックオフを見つけ、ナルトの漫画を数十冊購入して新学期に登校してきた時には、心底ミッチョを羨ましいと思った。

カルガリーでもダウンタウンにある様な大きな書店に行くと、「MANGA」と書かれたコーナーがあり、そこには日本の漫画が沢山陳列されている。そう、MANGAという言葉は、今や世界共通語なのだ。

北米カナダで販売されている日本の漫画は全て英語に訳されているので、英語圏に住む僕たちでもストーリーが理解出来るので凄く嬉しいけれど、値段がとにかく高い。

ミッチョがバンクーバーのブックオフで買ってきた漫画本ナルトは1冊3カナダドル(約300円)だったと言っていた。

「なぜそんなに安いんだ?」

と聞いたら、

「ブックオフはセカンドハンド(中古品)専門の本屋だからだよ」

と教えてくれたが、ミッチョが買ってきた漫画本ナルトの状態は凄く良かった。

ミッチョから借りて読んだナルトの背表紙には販売価格が400円と印刷されていた。新刊でもわずか400円なのかと知りショックだった。

それに対して、英語版の日本の漫画は一冊12~15ドルする。1ドル100円の為替だとすると漫画本一冊が1200~1500円ということになる。当然だがプラス消費税が加算されることを忘れてはいけない。

一冊でストーリーが完結する小説ならばそれだけの値段を出して購入しても文句は言わないが、漫画はそうはいかない。ナルトで言うと全72巻まである。

ワンピースやドラゴンボールとなると気が遠くなってしまう。

僕は、ハンバーガーチェーン店のA&Wでアルバイトをしていたが、厨房でパテを焼いたり、汗をかきながらフレンチフライを揚げたりして稼ぐ時間給は10カナダドル(約1000円)だ。一ヶ月A&Wで放課後に週3日働いて貰える給料を全部費やしたとしても、数ヶ月働かないとナルトの全巻は揃えられない。つまり、僕たち高校生が英語版を全巻揃

えることなんて出来ない金額だと言うことだ。


 そんな僕たちが、ネットでナルトとワンピースの動画を見つけた時は歓喜の雄叫びを上げたんだ。ナルトもワンピースの動画も、アニメの声は日本語だが、画面下には英語のキャプションが付いていた。

日本でTV放送された翌日にはネットで英語版が配信されるので、僕たちは毎週放送日をとても楽しみにしていた。

僕たち4人全員が、高校で履修を必要とする第二言語は迷わず日本語を選択していたが、日本に行ったことがないので、無論僕たちは日本語が全く話せない。

しかし、このイングリッシュキャプション付きアニメの動画を観ている僕たちは、だんだんと日本語を習得していった。

もしかしたら、エリーの英語レベルくらいの日本語力には到達していたかもしれない(エリーが聞いたら怒るだろう)。

そして僕たちが話す日本語には頻繁に、

「だってばよ!」

「まっすぐ自分の言葉は曲げねえ、それが俺の忍道だから」

「海賊王に俺はなる!」

「ゴムゴムの―」

といった単語が良く使われた。

そんな僕たちが話すへんてこな日本語を聞いて、エリーはクスクスと僕たちの横で笑っていた。


 僕たち4人は、好きなアニメのキャラクターが違っている。

例えばナルトで言うならば、エリックが好きなキャラクターは主人公のうずまきナルトだ。

エリックがホッケーに取り組む姿は、ナルトに似ている。

エリックは、負けず嫌いで、悪戯好きで、良く喋り、本当に常に賑やかな男だ。

エリックは、ナルトが「俺は火影になる」と言う様に、「俺はプロのホッケー選手になる」と真似て言う。

僕たちは、本当にナルトが木の葉の里の火影になれるなら、エリックもプロのホッケー選手になれるんじゃないかと思っていた。


 ミッチョが好きなキャラクターはロックリーだ。ミッチョはとにかく努力家で、勉強もアメリカンフットボールも努力の手を抜かない。もしかしたら、ロックリーを好きなミッチョはロックリーの様になりたいと思って、頑張ることで自然に努力が身に付いたのかもしれない。いやいや、最初から努力家だったミッチョだから自分に似たロックリーが好きなのかもしれない。

ミッチョがロックリーに憧れて努力する人に成長したのか、ミッチョがロックリーに似ているから好きになったのか、今となっては本人ですら分からないそうだ。


 ジョーダンが好きなキャラクラーは、うちはイタチだ。

イタチの真実を漫画で読んで知った僕たちは、男泣きした。ジョーダンに至っては号泣していた。

僕には弟がいるが、兄としてイタチほどの愛情を弟に注げるだろうかと考えると自信がなかった。

ジョーダンはとにかくもてる。ジョーダンはめちゃくちゃカッコ良い。間違いなく、学校一のハンサム男だ。女子達が言うには、常にクールな対応がたまらないらしい。たしかに、ジョーダンはイタチに似ているかもしれない。


 僕が好きなキャラクターは、奈良シカマルだ。

僕はシカマルに似ているとは思っていない。僕は、シカマルの様にトップクラスの頭脳を持つ天才ではないからだ。それでも、ミッチョ、ジョーダン、エリックからは、

「だからお前が俺達のリーダーなんだよ。お前は俺達にとってのシカマルだから」

と言ってくれたりする。

それを聞いた僕は

「めんどくせぇ~」

とシカマルを真似てカッコをつけたりしていた。


 4人の中でも四言語が喋れる僕は、どうしても日本語が上手になりたかったんだ。高校生で留学するのは早いと反対する両親に拝み倒し、高校2年生の9月から高校3年になる前の8月までの1年間(北米では学年は9月にスタートし、6月末で一学年は終了する)、日本の高校に留学することを何とかして両親に認めてもらった。

僕は大きな図体で、

「日本に行きたい!行きたい!行きたい!」

と子供の様に駄々をこねてみせても、始め両親は日本への留学を許してはくれなかった。

親が協力してくれないのであれば、自分で何とかしようと考えても、どんな手続きをすれば日本の高校に行けるのかが分からず途方に暮れる僕だったが、やはり相談するのは唯一の日本人の友達のエリーしかいなかった。

エリーは僕の為に、彼女が通う高校の英語の先生にメールを送ってくれた。

その英語の先生から僕にメールが届いた。

少しショックだったことは、エリーの高校の英語の先生からのメール(英文)は、完璧な英語ではなかった。

先生の英文は言いまわしが長く、理解するのに苦しんだが、先生の言いたいことは何となく理解することが出来た。

この経験から知ることになるのだが、教育免許さえ持っていれば、その言語が完璧でなくても外国語を教えることが出来るのだと知った。

僕たちが選択している日本語教科のサチコ先生の日本語についてだが、もちろん僕たちはサチコ先生の日本語は完璧だと信じていたが、日系三世のサチコ先生が話す日本語はエリーいわく、笑えるほど下手くそなのだそうだ。

サチコ先生が教える日本語ビギナー(基礎)クラスで、最初に僕たちが習った日本の歌は

「お弁当箱の唄」だった。

僕たち4人が、日本の漫画の主題歌以外で唯一歌える日本の曲は「お弁当箱の唄」だ。

ヤロー4人が放課後に揃って、帰宅するために歩いていたら、ミッチョが「お弁当箱の唄」を鼻歌で歌い出した。ミッチョはきっと無意識だったのだろうが、気付けば僕たち4人は全員で「お弁当箱の唄」をハミングしていた。


 エリーの高校の英語の先生のメールには、日本のエージェント(代理店)の連絡先が書かれていた。連絡は英語で大丈夫だとも書いてくれていた。

僕は、本当は東京に憧れていたんだけれど、両親は知人が誰もいない東京への留学は許可しないと言うので、エリーが通っている大阪の私立の高校に一年間留学したいと代理店に英語でメールを送ったら、翌日にはエリーの高校の英語の先生よりもはるかに上手な、完璧な英語で代理店の人から返事が返ってきた。

代理店からの返信メールには、

「エリーさんが通う高校には、英語国際科と普通科があり、英語国際科では常に英語圏からの留学生の入学を受け入れている。留学生は学費が無料で入学できる」

と書いてあった。

エリーにそう伝えると、エリーの両親は僕が入学しようとしているエリーが在学している私立高校に一年間で約70万円の学費を支払っているそうだ。またエリーは僕たちの高校(公立校)を管理するカルガリー市教育委員会に一年間の学費として120万円支払ったと聞かされた僕はダブルショックを受け、エリーに申し訳なく思った。

日本の高校に、英語圏(カナダ)からの留学生が入学すると、学費は無料になるらしい。

僕自身で支払いが必要なものは、ホームスティ代と飛行機代とお小遣いだけだと知り、そう親に報告すると、ここまで自分で調べたことで僕の意思が硬いと知った両親は、学生ビザの取得方法を知るためにカルガリーにある日本領事館に足を運んでくれた。


 日本領事館で、日本政府が外国から日本に日本語を学びに来る外国人に対して提供している奨学金制度があると聞き、その制度につき色々と説明を受け、僕は該当するであろう奨学金に申し込みをしたら、年間80万円の奨学金が受けられることになり、この金額は僕がホームスティ先に一年間滞在するために支払う費用と同額だった。

つまり、僕の両親は、飛行機代とお小遣いだけを準備すれば、未知の世界(日本)に息子が留学する費用が賄えることを知り、日本への留学に必要な願書を揃える頃には、少し弱気になり始めた僕をよそに両親の方が積極的になっていた。

そして、意外にも低価格に抑えられた僕の日本留学は現実の物へと変貌していった。


 僕は両親に、

「エリーは、僕の高校に入学するためにカルガリー市教育委員会に学費として120万円を支払ったらしんだ」

と言うと、

「確かに、お前が通っている高校は公立校だから、我が家からはお前の学費として教育委員会や高校に直接お金の支払いはしていないが、教育委員会は市税で運営されているのだから、市税を納めている我が家の息子は無料で教育を受ける権利があって当然だろう。エリーの両親はカルガリー市に市税を納めていないのだから、それに見合う学費を支払うことも当然のことじゃないのかな。しかし、我が家は大阪市に市税を納めていないのに、なぜお前の学費が無料になるのかが私には分からないが、おそらく英語国際科に英語圏の国から留学生が来ることで、日本人の在校生たちの英語が伸びること、在校生たちへの良い刺激に繋がるなど、何らかのメリットが高校にあるから留学生は学費が無料なのだろうな。そうとしか考えられないじゃないか」

と、父親は自分なりの見解を僕に話してくれた。

父が言うことが正解なのかどうかは僕には分からないが、父の説明は僕なりに納得することができた。


 余談になるが、エリーは1年間のカナダ留学で、学費120万円、ホームスティ費80万円、お小遣いと航空費と日本でエージェント(代理店)に支払った手続きなどを入れると、約300万円の費用がかかったらしい。

これぐらい費用が高額になると、どうしても気になるのが為替だ。

高校生だった僕は、今まで為替について考えたことなど一度だってなかった。

けれど留学を決めてからは、ネットで日々の為替をチェックして、TTB(外貨を円に交換する時の為替レート)の動きを毎日確認し換金時を見定める様になり、その習慣は今でも続いている。

為替にはTTBとTTS(円を外貨に交換する時の為替レート)があることを知ったのだって高校生の時だった。


 僕が日本へ出発する前に、一年間の留学を終えたエリーは6月末に日本に帰国した。

カルガリー国際空港にエリーの見送りに来ていた僕たち4人は、それぞれがエリーとハグを交わして別れの言葉を交わしたが、僕だけが

「See you soon 直ぐにまた会おう」

と、エリーと約束を交わしたんだ。

僕以外の男3人は、大きな図体で小さなエリーを取り囲み泣いていた。

この時、僕たちは改めて、僕たちにとってエリーがとても大きな存在になっていたことを知った。

エリーを見送り、空港を出た直後に

「俺、やっぱりエリーに告白しておけばよかった」

とミッチョが言い出した。

「俺もだよ」

続けて、いつもクールで、学校一の美女と付き合っているジョーダンまでが同じことを言い出した。

そして、

「お前、日本に行っても抜け駆けは許さないからな。エリーに手出したら絶交だからな」

と、日本に旅立つ前に僕は三人から、「エリーに手を出すな」と改めて念を押された。


エリーの高校は、海外の高校に一年間留学することで、留学した先の高校から発行される成績表を元に単位の移行が出来るらしい。

「日本の高校を卒業するためには74単位の修得が必要なの。私の場合は、一年間カナダの高校に留学したことで、日本で在籍している高校から36単位認定してもらったわ」

と、エリーは僕に説明をしてくれた。

僕の高校が属するカルガリー市教育委員会に父親と一緒に話を聞きに行くと、教育委員会の担当者は、

「カナダの高校生が一年間海外の高校に留学することはかなり珍しいことだ」

と説明され、色々と調べてくれた結果、エリーの様に一年間日本の高校に行くことで、一年間のカナダの高校の単位として移行してもらえることになった。

「前例がない」

と初めは拒んでいたのに、本当に大丈夫だろうかとかなり僕は疑ったのだが、留年してでも行く覚悟を決めて挑戦するつもりでいたので、何とかなると思い僕は留学手続きに必要なアプリケーション(申込書)にサインをしたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る