約束

楚愛そあちゃん」

 義洋ぎようが走ってきた。とびらの向こうには、凛瀬りんせ棚橋たなはし先生の姿もあった。

 楚愛は、一瞬いっしゅんおどろいたがすぐに冷たい目を向けて、そっぽを向いた。

「楚愛ちゃん、ごめん。おれが悪かった。本当にごめん」

 義洋は楚愛に謝罪しゃざいし、頭をさげた。

 楚愛は、ちょっと信じられなかった。心のおくでは、またメラメラとほのおえはじめていた。それも、いかりなどとはちがうほのおが。あんなににくくて憎くてしかたがなかった彼にだ。自分でも意味がわからなかった。ちょろすぎる。これでは、また同じことをくり返すだろう。それはもううんざりだ。

 しかし、それでも、それを表面にだすことはできない。できてしまえば、自分はあまりにも単純たんじゅんな人間だとさらすのと一緒いっしょだ。それはよせと、楚愛にとりつく悪魔あくまめいじている。だから、何も言えなかった。

「……だからって、すぐに信頼しんらいを取りもどすのは難しいよね」

 義洋は言った。

「おわびとしてなんだけど、ずっと、君のためにつくすよ」

「……つくす?」

「ずっと君をおもって、そばにいて、ずっと大切にするから」

「……」

「楚愛ちゃんの言うことは、なんでも聞くよ。それで、君の信頼を少しでも取り戻せるのなら」

 そして、ようやく、楚愛はほほえんだ。

「いいよ」

絶対ぜったいに。約束やくそくだから」

 そして二人は、先生にばれた。しかし、楚愛はためらった。

「……私、帰れない」

「大丈夫だよ。俺がいるから」

 義洋にそう言われて、楚愛の気持ちは、だいぶ軽くなった。楚愛は義洋によりった。

 やっぱり単純たんじゅんだ。

 楚愛は水のドームを消して、中に向かう。


「わあ、二人ともびしょびしょじゃん」

 凛瀬は、雨にそぼつ二人をみて、言った。

「タオル持ってくるね」

「あ、ボクもあるよ」

 全身ぜんしんずぶれのふたりは、たがいにみつめ合ってみをみせた。


 先生と凛瀬がタオルを持ってきた。

「はいよっ」

 凛瀬は、義洋にタオルを投げた。

「サンキュー」

 先生は、直接楚愛の体をいた。

「すごく濡れてるわね。冷えてるでしょ。風邪かぜとかひいてないよね」

「うん。大丈夫」

 楚愛は、なんだかぽかぽかした気持ちになった。

 先生と楚愛の仲むつまじい様子を、みてほっこりとしたと同時に、ほんのり苦い気持ちにもなった。

「先生は、楚愛ちゃんの叔母おばさんだってね」

「え、そうなんだ」

「ああいう、優しいところもたくさんあるんだな」

「そうだな」

 義洋は、あらためて二人にもうけないと思った。そして、もう二度と軽はずみなこと、人にどろをぬるような口をきかないことを強くきもめいじた。


 れた日の放課ほうか後。コンクリートの海辺うみべこしをおろしていた。

 球体をうみだし、義洋をうつしだす。その内容は、彼が背後はいごからきついて、ほおにキスをする場面ばめんだった。それをみて、楚愛はうっとりとしていた。

 すると突然、背後から誰かが抱きついてきた。そんな感触かんしょくがあった。楚愛は緊張きんちょうして、身体からだがちぢこまった。もちろん、それは義洋だ。楚愛もかんづいていた。

 義洋はそのまま、スーっと楚愛のほおにくちびるかさねた。

 楚愛はもう、破裂はれつしてしまいそうだった。ぷくーっとバブルのようにふくらんでいた。

「どう? おのぞみのとおりしたけど」

「えっ!!」

「それにうつってるもん」

 楚愛はあせった。しかし、もうおそい。

「……じゃあ」

 楚愛は手を差し出した。義洋は球体に目をやり、

おおせのままに」

 と、その手のこうに唇をおいた。

 楚愛の心臓はバクバクと暴走ぼうそういきにまでたっしていた。本当に破裂はれつしてしまいそうだ。

「……あ、あ、ありがとう」

「とんでもないよ。俺の使命しめいは、楚愛ちゃんにつくすこと。約束したからね」

 そして、スマイルでとどめをす。

 楚愛のハートは見事にど真ん中をかれた。





 

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雨粒にうつる恋 桜野 叶う @kanacarp

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