色のない海

義洋ぎようは、ふたごの妹である凛瀬りんせの教室にきた。凛瀬と楚愛そあが仲が良いことは、義洋も知っていた。

「凛瀬、ちょっときて」

 義洋は凛瀬をんだ。凛瀬は目をまるくしていた。

「めずらし、なにか用?」

「楚愛ちゃん、どこにいるか知ってる?」

「え、楚愛ちゃん?」

 義洋はそのわけを話した。

「お前、何か言ったの」

「いや、とくには」

 義洋がそう言うと、凛瀬は「わかった!」と言った。

「昨日、お前、やけに楽しそうに盛りあげてたんだってな」

「え……」

担任たんにんの先生を侮辱ぶじょくしてたって、言ってたぞ」

 凛瀬にそこまで言われて、やっとはっきりとした。そうだ。自分は昨日、仲間たちと先生の悪口でりあがっていた。──そして、そのとき。突然、何かが見えない速度でとんできた。それは、シャボン玉のような、みず風船ふうせんのようなものだった。あれにあたったとき、びしょぬれになって、自分もふくめ、みんなおどろいていた。──あれは楚愛がげたものだったのか。

「あぁ、そうだ」

「そこがお前の唯一ゆいいつの悪いところだ。あの直前ちょくぜんまで、お前のことをすごくおもっていたのにね」

 だからあんなにしずんだ顔をしていた。何も知らない自分に憤慨ふんがいした……。そうだったんだ。

 義洋は、うつむいた。大きな罪悪ざいあく感にむしばまれる。

「……もうしわけないな」

「だったら、あやまれば。あと、その軽率けいそつ絶対ぜったいにやめろよ」

「うん、わかった」

 そのとき、突然とつぜん教室のほうがさわがしくなった。

 何事なにごとだろうと、二人が教室の中をのぞいてみると、窓の外では、空からなんとも不思議ふしぎな水の球体がおちてきていた。それは、極限きょくげんまできとおった、水晶すいしょう玉のような水。美しい。この世にあるとは思えないような、不思議で美しい球体だった。

 それをみたとき、義洋はすぐに思い当たった。

「これ、楚愛ちゃん……」

「うん。たぶん、屋上おくじょうにいるんじゃ」

「すぐに、先生に知らせよう」

 凛瀬も義洋についていった。

 

 そのころ、楚愛は、おきあがっていた。楚愛の目線めせんの先にあるのは、海だ。遠くのほうにある海は、青の色をうしなっていた。ぼやぼやとしていた。まるで、楚愛の心情しんじょううつしだしているかのようだった。

 楚愛は、海に向かって歩いた。水のドームに守られていて、雨にはあたらない。シルバーのさくに手を置いて、海をみつめた。そのとき、海になりたいと思った。広くておだやかな海。今はくすんだ色だが、れた日の青い海は、とてもきれいなのだ。くすんだ色の私にも、広くおだやかによりってくれる。そんな海に、身をゆだねてみたら、なんとも気持ちのよいものだろう。

 楚愛は、海に向かって、手をのばした。しかし、のばしてものばしても、遠くはなれている海にはとどくはずもない。

 それなら、いっそ、ここを出てそのまま海に行こうか。

 そして、新たに球体をだそうとしたとき、屋上のとびらが開いた。

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